三人で囲むお茶の席

 リゼルティアーナは騎士二人を伴って館へと戻った。

 なぜだか慌てふためいた女官らが急いで茶の支度をし、急ごしらえのお茶の席が整えられた。フェリクスは遠慮なしに皿の上に盛られたマドレーヌに手を伸ばしている。

 お茶を飲んでいると正面に座るヴィーの手に引っかき傷があることに気が付いた。


「あらやだ。あなたラーラに手を引っかかれたのね。あとでいちゃもんつけられても困るから手当てしてあげるわ」

 リゼルティアーナが言うと、すぐさま女官らが動いた。トルネア宮廷の女官たちは優秀だ。

「別にこんなの放っておいてもすぐに直る。大体こんな傷一つでいちゃもんなんてつけない。そこまで器の小さい人間じゃないんでな」

「いちいち引っかかる言い方をするわね」

 二人は再びにらみ合う。


「まあまあ。ほら、甘い物でも食べて」

 フェリクスはヴィーの取り扱いを完全に心得ているらしい。

 女官が持ってきた手当て用の布や水、それから軟膏の入った容器をリゼルティアーナは覗き込む。

「わたしが代わりにやるわ」

「いえ。姫様。わたくしどもの仕事でございます」

「でも、ラーラの付けた傷だし」

「それよりも、おまえは引っかかれなかったのか?」

 大人しく手当てをされながらヴィーが尋ねてきた。

「わたし?」

「ああ」

「わたしは平気よ」

 今回は特に何もない。たまに虫の居所が悪いと本気で引っかいてくることもあるが。


「そうか」

 ヴィーの表情が少しだけ和らいだ。

 なんだ、こんな顔もできるのかと感心した。


 人通り手当てを終えた女官が後方へ下がる。

 その後はフェリクス主導の下穏やかな会話が続いた。リゼルティアーナは祖国からトルネアへの道中の話などを聞かせた。

 なごやかな雰囲気になって、リゼルティアーナは言いたかったことを思い出す。


「あ、あの。王太子殿下に伝えてほしいの。ラーラの同行を認めてくれてありがとうって」

 リゼルティアーナがおずおずと申し出るとなぜだかヴィーが言葉に詰まって、こちらをまじまじと眺めた。

「な、なによ」

「いや。殊勝だなと」

「あ、あなた失礼よ」

 リゼルティアーナは頬を真っ赤にした。


「ヴィーのことはともかく。王太子殿下にはちゃんと伝えておきますよ。姫君が感謝していると」

 再び剣呑な雰囲気になりかけた場をフェリクスがとりなす。


「ありがとう。侍女も女官たちも連れて行けないし、ラーラも最初は姪のヘルミナの元に行く予定だったの。……でも、ダメ元でこちらの王太子殿下に頼んだら、猫くらいいいよっておっしゃってくれたの。わたし、とても嬉しかったのよ。ラーラはね、わたしが十歳の誕生日にお母様が下さったわたしの妹なの。それからずっと一緒だったの。わたしの親友。だから、彼女と一緒で嬉しいの」

「そうだったのですか」

 フェリクスが目を細めた。

「うん。……ただ、彼女には悪いことをしちゃったなって。わたしのわがままに付き合ってもらって、知らない土地まで連れてきちゃって。彼女繊細なところがあるから、新しい家に慣れないようなの。だから、シュヴァルアイツの宮殿にいた時よりも落ち着きが無くなっちゃって」

「わかりますよ。まだ不安なのでしょう。姫君と同じで」

「わたしと?」

「この迎賓棟で、心健やかにお過ごしください、と我が主からの伝言です。少し、忙しくて今はまだ会いに来られませんが、あなたのことをちゃんと気にかけておられますよ、わが主は」

「そ、そうなの……」

 暖かな言葉をかけてもらったリゼルティアーナは目に見えて安堵した。


 本当は不安だった。

 国王陛下とは対面したのに、どうして夫となるはずの王太子は自分と会おうとしないのだろうと、気になっていた。


「励ましてくれてありがとう、フェリクスはいい人ね。そっちのヴィーって人は嫌味だけど」

「どうして俺を引き合いに出す?」

「自分の胸に手を当ててみればいいのではないかしら」

「どういう意味だよ」

 二人の間にバチバチと火花が散り始める。


 それに慌てたのはフェリクスだ。

「まあまあ、姫君もそのへんで。ヴィーはとても優秀で、ええと。彼もまた、姫君のことを心配しているのですよ」

「本当に?」

 いまいち信用ならなくて疑惑の目をヴィーに向ける。

 視線を向けられたヴィーはリゼルティアーナのそれから逃れるように目を動かした。


 それからしばらくして出てきた言葉は。

「……俺だって、一応心配してる」


「さきほどだって、真っ先に姫君に駆け寄ったくらいなのですよ」

 フェリクスがにこやかに言うから今度はリゼルティアーナが視線をさまよわせた。なんだか胸の奥がぽわぽわする。

「あ……、ありがとう」

 リゼルティアーナは今度は素直にお礼の言葉を言った。おずおずと彼の瞳に視線を合わせると彼の長い前髪の奥にある、水色の瞳とかち合った。

「ま、王太子殿下の花嫁殿を怪我させるわけにもいかないからな」

 彼はそっけなくそんなことを言ってふいと目線を逸らす。


「あなたはまたそのような……」

 フェリクスはあきれ顔をつくった。

 午後のお茶の席は、少しだけ砕けた空気の中過ぎていった。

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