13.生まれつき

二の腕になにかの境界線がある。



それに気づいたのは功刀くぬぎさんの一言があったからだ。


「部長って、ウチの部じゃありえないような日焼けしてますよね」


「ああ、これ?毎日袖を捲ってるし、日焼け止めもたいして塗ってないからね」


「そうじゃなくて、場所ですよ、場所」


そういって功刀さんは自分の二の腕を指さした。


「その部分ってちょっといけばもう肩じゃないですか。運動部でもないのにどうしてそこまで日焼けするんですか?」


「どうしてって、ワタシ、暑がりだからさ。あの制服じゃ通気性悪いから半袖でも汗かくんだよね。だからいっそのこと極限まで袖をなくしてやろうと思ってさ」



いかにもお嬢様気質の功刀さんが訝しそうにワタシの二の腕を見ていると、さつきちゃんがすかさずフォローを入れてきた。


「まあまあ。ミサキ先輩も健康的でいいじゃないですか。何かと湿っぽいと思われる美術部に、いかにも体育会系のひとがいたら周りの見る目もだいぶ変わりますよ」


そうは言っているものの、すでに着替え終わった皐ちゃんは長袖タイプの水着に身を包んでいる。

日焼け対策はばっちりと言ったところか。


「もうみんな着替え終わってるので、私も先に行ってますね。着替えは受付に言えば預かってくれるので。ちょっと強面だけど優しい人ですから安心してください」


「ありがとうね、皐ちゃん。いろいろ準備させちゃって」


「いいんですよ!私も毎年この海の家でバイトしてるので、なんでも注文してください!一番えらいひとが身内ですし!」


早く浜辺に来てくださいね、と言葉を残して皐ちゃんは更衣室を後にした。


「あのちっこい皐ちゃんが毎年海の家でバイトしてるとはねえ。見えないところで何してるのかわかったものじゃないね」


そう思うでしょ?と功刀さんに同意を求めようと振り向くと、眉間にしわを寄せて怪訝そうな表情をしていた。


「どうしたの、功刀さん」


「あの…部長。背中のファスナー、閉じてもらえますか……」





夏休みに入ってまだ一週間。


その手に詳しい皐ちゃんによると八月初旬はどこの海水浴場も人でごった返しているらしい。


部活の合宿とは銘打ったものの、中身はちょっとした小旅行だ。



これまでの強化合宿の主催者である顧問が異動し、目的地を自由に選ぶ権利を手にしたワタシたちが選んだのはなんと海だった。

次期部長ポストの皐ちゃんの親戚が小さな海の家を経営しているとのことで、そこに白羽の矢が立った。


部活動に特に介入してこない新しい顧問は流れ作業のひとつであるかのように計画案に判を押し、日帰りなら顧問の監督責任はないと職務怠慢ぶりを発揮したおかげで、部員のみで海に行くことになったのだ。





「すいませーん、荷物を預けたいんですけどぉ……」


ここに来るまでに来ていた服と、そのほか諸々の所持品が詰まれたカゴを持ち一つしかない受付のなかを覗き込む。

皐ちゃんは受付に強面の人がいるとかなんとか言っていたが、その気配はどこにもなかった。


「あれ?いない?」


功刀さんと顔を見合わせ、どこいったんだろうね、と窓口の隙間から覗いていると、野太い声が遠くから背中をたたいた。


「ちょっと待ってて!このパラソルを片づけたら荷物預かるから!」


そういったのはきれいな小麦色に焼けた、いかにもサーフィンを嗜んでいる若い筋肉質の男性だった。


重そうなビーチパラソルを軽々と担ぎあげ、海の家の外にあるちょっとしたスペースに置いた。

きっとこの海の家で貸し出しているものだろう。


「ゴメンゴメン!受付担当の人、だれもいなかった?」


いかにも海の男と言わんばかりに日焼けした男の人が、爽やかな笑顔でワタシと功刀さんの私物が入ったカゴを受け取る。

二つ合わせたら結構な重さのはずなのに軽々と持ち上げてしまった。


「もしかしてキミが皐の先輩?」


「はっ、はい。ミサキって言います……」


目の前に立たれると、ワタシなんかよりもニ、三倍身体の厚みがあるのがわかる。

それが不思議な緊張感を生み、しどろもどろになってしまった。

ここまでザ・体育会系の男性と対峙するなんて初めてだ。


「皐から詳しく話は聞いてるよ。ウチもしょぼい店だけど部活の力になれて嬉しいなあ」


なんとも爽やかな笑顔だ。

これが正真正銘の好青年なんだろう。


「あの、皐ちゃんとはどういったご関係で……?」


「普通の従妹いとこだよ。皐が四歳下なんだけど、小さいころからちょくちょく遊び相手になってたんだ」


皐ちゃんからみて四歳差ということは、この人はいま大学三年生ということか。誠実そうだし、学校でも人気があるんだろうな、とあることないこと勝手に想像してみる。


私の陰に隠れている功刀さんは興味がない素振りで自分の爪を見ていた。


「まさか皐が美術部に入るとは思ってなくってね。昔からけっこう活発な子でさ」


「そうだったんですか。すごくまじめで落ち着いた後輩で、ワタシの後を継がせて次期部長に推薦しようと思ってたんですよ」


ちらっと背後にいる功刀さんに目をやると、しっかりとワタシの目を見据えていた。こんなところで来年度の役員事情を打ち明けられるとは思ってなかったらしい。


まさか、功刀さんも部長の座を狙っている?


「絵を描くよりも外で遊ぶほうが性に合ってる気がするんだけどね。まあ高校に入ってなにか転機があったのかは知らないけど」


小麦色の顔をテカらせて笑った顔は、皐ちゃんの先輩であるワタシに気を使っているのか、控えめに感じた。



「ミサキせんぱあーい!こっちですよー!」


大きく手をぶんぶんと振る皐ちゃん。


確かにその姿からは部室にいる時とは違う、元来のおてんばな性格の一端が感じられた。


「はいはい。いま行くから!」


「熱射病には気を付けなよ、お嬢さんたち。過度な日光浴と日焼け跡は女性の敵だからね」


皐ちゃんの従兄おにいさんのセリフに気恥ずかしくなりながらも「ありがとうございます」と答え、功刀さんとともに砂浜にぶり返すどぎつい陽の光を浴びようと海の家を出た。


焦げるほどの熱さと、溶けるほどの暑さを素肌に感じる。


たまには何もかもを忘れて遊ぼう。



忘れることができたら、の話だけど。






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