12.看取
「……僕もかくかくしかじかあったんだけど、発端は読書してる時に向こうから話しかけられたんだ。京華さんと同じで」
「美咲ちゃん、意外とコミュ力高いんだね。見ず知らずの男の子に本を読んでるってだけで接近するなんて」
「僕もびっくりしたけど、まあ悪い人ではなさそうだったし。それに文芸部に誘ってもらったのも美咲さんのおかげだからさ」
出会いに感謝だなあ、と独り言ちる僕を横目に京華さんが何か言いたげに、不自然な咳払いをした。
「それで……どっちから告白したの?もしかして要くんのほうから?」
京華さんは突然歩みを止め、僕の前に立ちふさがった。
不気味なくらいに目がきらきらと輝いている。
他人の恋愛事情に、どうしてこれほどまで興味を抱くことができるのだろう。
その目を直視することになぜか恥じらいを覚えた僕は目線を泳がせながら、次に続く言葉を考える。
まさか『彼氏のふりをしてほしい、と頼まれた』なんて言えないだろう。
でも、いつか京華さんには伝えなければいけないことなのかもしれない。
普段から僕と美咲さんの間に割っている彼女が迷惑だと感じたことは一度もない。
むしろ僕には成しえない次元にいる美咲さんの良き理解者として、京華さんの存在はなくてはならない。
その良き理解者相手に、嘘をつくなんて出来るのだろうか。
というよりも、いつかはきっと気づいてしまうだろう。
京華さんが、僕らの恋人関係をただの話のネタとして消化しているのならこの心配は必要ない。
けれど同じセンスをしている二人を引き離してしまう要因になってしまえば、この責任の所在は間違いなく美咲さんと僕にあるし、これまでの仲良し三人組の間に決定的な亀裂を生みかねない。
京華さんが、僕たちの本当の関係を知っていたなら。
「明確にどっちが告白した、なんてことは無かったかな……。自然発生的というか、時の流れがそうした、というか」
「ロマンティックの欠片もないじゃん。本ばっか読んでる二人のことだからもっと映画みたいに壮大なラブストーリーだと思ったのに」
「みんなはカップルだなんだって囃し立てるけど、当の僕たちにはそういう意識はないからさ。親友みたいなものだよ」
「初めて会ってから二年ちょっとで親友に昇格なんて、要くんは思ったより単純なひとなんだね」
べたつくような笑みをしながら僕の顔を覗き込んできた京華さんの頬が夕日に照らされている。
「じゃあさ、知り合って五年近くのワタシは要くんにとってどんなポジションなの?」
「中学からの顔見知りだし、高校でもいろいろ世話になってるからなあ。しいて言うなら、気が置けないひと……かな」
ちょっとうっとうしいけど、なんて軽い冗談を交えつつ京華さんの顔色を窺った。
回答としては百点満点だろう。
「ありがと。ワタシにとってはそれくらいがちょうどいいレベルだよ」
「それくらい、って。気が置けないひとって割と高いレベルだと思うんだけど……」
「美咲ちゃんのこと溺愛するのもいいけど、まわりのことが何も見えないくらい没頭しちゃったら痛い目見ると思うよ。たまにはワタシのことも気にかけてほしいけどね」
知り合って五年近くの関係だからこそ、気兼ねなく言える言葉だ。
読む人が読めば告白のそれだと思われるだろう。
ワタシ達ったらなに言ってるんだろう、と、小さいけど生暖かく温度を感じる笑いが僕と京華さんの間を往復する。
あと五分くらい歩けば、もうじき駅に着く。
京華さんはこのあと用事があるみたいで、別方向の電車に乗るらしい。
たまにはバスじゃなくて歩いて帰るのも悪くない。
それに、隣には気兼ねなく話せるひともいる。
この瞬間は美咲さんといる時間とは違う、リラックスできるものなんだ。
京華さんと趣味嗜好が同じだとは思わない。
それでも数少ない材料からお互いの魅力を探りあってるのだろう。
「じゃあ、また明日。バイバイ」
駅の改札を通り抜け、肘が出るまで制服の袖を折り捲った姿が人の波とともに別のホームに吸い込まれていく。
一緒にいてリラックスできるひと。
僕の知らない本当の『彼女』って、きっとそういう存在なんだろう。
すこし気恥ずかしいけど、そういうこと。
京華さんに『一週間に一度でいいから一緒に歩いて帰ろう』なんて提案したら、どうなるのかな。
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