7.脱力
小さな体から放たれる全体重を受け止めたせいか、パイプ椅子のギギギと錆びた音が部屋中に響く。
いつも思うのだが、この音を聞くと自分の体重が増えたかのように感じてしまう。
お昼ごはんの分だけ増えているのは認める。が、それ以上に増えることはないはず。
ワタシだってうら若き乙女、俗にいうジェーケーなのだから、体重にだって敏感だ。
部室中の長机を四角く囲うように並べ、黒板の前、いわゆる上座に座って部員の顔を見回す。
ワタシから見て斜め右にいる
うんうん唸りつつメモ帳に文字を並べている。
その皋ちゃんの右隣にいるウェーブのかかった長めの黒髪をいじっている
「どこか行きたいところ……って言われてもねえ……」
沈黙を破るかのように功刀さんが小声でつぶやいた。
「ミサキ部長はなにかいい案あるんですか?」
「この脱力した姿がすべてを物語ってるでしょ」
姿勢を正すこともせず、さきほどから十分近く背もたれによりかかって堕落した姿を見ろと大手を振ると、それを見た斜め左に座る
ナチュラルに七三分けされた前髪を掻き分け、ワタシと同じように脱力モードに入った。
例の現場取材が決まった昼休みから数時間後、また同じようなことを決めなければいけなくなってしまった。次は部活単位だ。
六時限目が終わり普段通り部室に行くと、顧問の先生が何やらせかせかと作業をしていたところに出くわしてしまった。
この先生は今年赴任してきたばかりで、担当している学年もワタシのいる三年生ではない。
しかもそこまで部活動に熱心ではなく、めったなことでは部室に顔を出さないため、正確な本名を覚えていない。
その顧問が言うには、先代の顧問曰く代々夏休みに合宿があるらしいから行き先を勝手に部員で決めてほしいということだった。
その伝言を残し、作業中だった書類をかき集めてそそくさと部室を後にする姿を横目にため息をつく。
またこの季節がやってきたか。
伝統だか知らないが、「創作を愛する人たちへ送る缶詰体験」と銘打たれた合宿は、過去二回とも凄惨たる内容だった。
「むかしの作家たちは極限状態で名作を生みだした」と豪語する前の顧問に半ば強制的に連れていかれ、田舎の山奥の古びた旅館に監禁されて一日中作業を強いられる。
あの時間だけ、社会の教科書で見たような植民地支配が進んだ地域を彷彿させた。
先輩たちはその中でも黙々と作業をこなしていたが、当のワタシは辛うじて作品を一つ作り上げるだけで精いっぱいだった。
材料の少なさ。ワタシの頭と手が機能しなくなる最大の原因だ。
目の前に置かれた真っ白なキャンバスに、好きなものをかけよ、と促されてもなかなか筆が進まない。
考えてみれば好きなものなんて山のようにあるがモデルにするには想像力に欠ける。
生憎、目隠しをしながら絵を描けるなんていう特技は持ち合わせていない。
写実主義のワタシにとって、手に取れる位置にモデルがいなければ満足できないのだ。
そんな制約しか存在しえない地獄のような合宿も、顧問の異動によってめでたく終わりを迎えたかのように思えたが、まさか置き土産として新しい顧問に合宿の存在を伝えていたとは。
「いまの二年生……功刀さんとか皐ちゃんたちには言っておくけど、去年みたいな監
禁状態にはしないから気楽に考えて。あの顧問もたいしてやる気じゃないみたいだし旅行気分でいいってさ」
「部長は受験控えてるけど行くつもりなんですか?」
「まあ息抜きもしないとね。それとも、丹羽くんはワタシに来られてなにか都合の悪いことでもあるの?」
そんなことは、と言い慌ただしく首を横に振る丹羽くん。
これでもワタシのことを形式的であれ心配してくれているのだろう。
そう考えるしかない。
「それに部長兼唯一の最高学年として引率も担当しなきゃいけないしさ」
ワタシの代ではもともと少なかった入部者のなかで、生き残った三年生として監督責任は全うするのが使命だ。
「旅行感覚でもいいって言うなら……」
そう手を挙げたのは皐ちゃんだった。
「私の親戚で、海の家をやってる人がいるんですけど……」
この部には似合わない場所だと思ったのだろうか、その声はどこかたどたどしかった。
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