8.現在進行形

 「よりによってわざわざメールでお誘いとは、どういう風の吹き回しかな?」


「さすが、要くんだね。『風の吹き回し』なんて本の中でしか聞いたことなかったよ」


「一度は言ってみたかったんだ。この台詞」


 二人並んで歩くその横を、たくさんの高校生を乗せたバスが走っていく。その影が徐々に小さくなっていくのを眺めながら一歩、また一歩とゆっくり歩みを進めた。


   

                *


 きょうの午前中のことだった。英語の授業が終わったあと、唐突にメッセージアプリに通知が舞い込んだ。


差出人は京華さん。

『放課後、時間ある?』という短文と、最近流行っているらしいアニメキャラクターのスタンプ。


同じクラスで、席も近いのになんで直接言ってこなかったのかと疑問に思っていたがそれを追求することはしなかった。

『部活が終わってからなら空いてるよ』と授業中にコソコソと隠れて返信し今に至る。



正直なところ副部長の僕が欠席でも日々の部活動には問題は生じない。

事実、ヒラ部員だった昨年なんかは一週間に一回はサボっていた。


それでも僕が見栄を張って部活の存在を匂わせる理由は文芸部の部長の美咲さんと京華さんのつながりがあるからに他ならない。


僕がサボっているのを京華さんは必ず美咲さんに告げ口するだろうし、それがバレたときには何をされるか分かったものじゃない。



何はともあれ、今日はしっかりと眠い目をこすりながら部室の隅で途中まで読んでいた本を読み、部室の戸締りまで遂行してから学校を後にした。




 校門を出て京華さんを探しているとちょうど『正門前のコンビニで待ってる』とメッセージが届いた。

彼女にはきっと、京華さんを探している僕が見えている。


車道を挟んで真向かいにあるコンビニにいるのかと、

横断歩道を渡ろうとしたそのとき。


その向こう側では片手にビニール袋をひっさげた京華さんがにやにやしながら手を振っていた。


「せっかくだし、このまま駅まで歩いて行こうよ」




                      *




「それで、一緒に帰ろうとしてまで僕に伝えたい要件は一体なに?」


「そのことなんだけどね……特にないんだ」


「……は?」


僕はこれまで京華さんと帰路を共にしたことは一度もない。

中学時代を含めても、だ。


初めて二人きりで帰るのだから、それなりの理由があるのだろうと期待していたが

見事に裏切られてしまった。

真横を走る自動車のエンジン音が、僕の心のざわつきをかき消す。


「まあせっかくだからコレ、あげるよ」


そういって京華さんは持っていたビニール袋からアイスキャンディーを取り出した。

ソーダ味のそれは、小学生のころによく食べた記憶があるけれど、

ここ数年はご無沙汰だ。


「あ、ありがと……」


きっと僕が呼び出しに応じたことへの彼女なりの厚意だろう。

一口かじると、七月特有のカラッとした暑さにアイスのさわやかな冷たさが心地いい。


「要くんはさ、最近美咲ちゃんとはうまくいってるの?」


僕の隣で紙パックのカフェオレを飲んでいる京華さんが小声で聞いてきた。

ともなれば帰路の喧騒に埋もれてしまうほどの小ささだった。


「うまくいってるかどうかは自覚がないけど、そもそも京華さんの思うような恋人関係にはなってない……かな」


「そっか。美咲ちゃんも気難しそうな性格だからね」



僕は墓穴を掘ってしまったのかもしれない。

周りにはいわゆる彼氏と彼女の関係で通っているのに、どうしてそれを否定するようなことを言ってしまったのだろう。

それも、よりにもよって京華さんに。



このままでは偽装の間柄が発覚しかねないと、あわてて話題を変えた。


「前から気になってたんだけど、京華さんっていつから美咲さんと仲良くなったの?」


「今年からかな。今年になって美咲ちゃんと初めて同じクラスになったし」


「それまではお互い顔も知らなかったの?」


「そりゃあそうだよ。数か月前に『はじめまして』して、いまはもう一緒にお昼も食べる仲になったんだから」


相変わらずの友情形成力の高さに舌を巻いた。

コミュニケーションのレベルは底無しだ。



「僕には京華さんと美咲さんが波長の合う人同士とは到底思えないけどね」


「私も最初は『神経質な人そうだなあ』って敬遠してたんだ。美咲ちゃんなんて頭もいいし、ファンクラブみたいなものがあるって噂も聞いてたし、完全に私と住んでる次元が違うって思ってたの。触らぬ神にたたりなしって言うじゃん」


「その考えを覆す出来事があったってことか」


「そういうこと。要くんはやっぱり行間を読むのがうまいね」




学校から駅に向かって歩き始めてから十分。

大きな川に架かる橋に差し掛かった。

水面に映る夕日は川を黄色に染め上げ、文字通り黄昏を感じさせるものだった。



それはそうとアイスが溶けた液が指につき、べたべたして妙に気にかかる。


「私と美咲ちゃんのなれ初め、もうちょっと詳しく教えてあげようか?」


僕の顔を覗き込む彼女の表情は悪戯に笑っていた。


「僕から話す話題もないから聞いてあげるよ。言いたげそうにしてるし」


「要くんったら失礼だなあ。そういうことは思っても口に出さないのが礼儀でしょ」



そんな言い草でよく美咲ちゃんに怒られないね、と

ぶつぶつ呟きつつも話題は四月上旬のころに移る。



「あれはねえ……たしか私がコンクールに出す絵の構想を練っていたときだったか

な」


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