剛剣クルス


「それで、依頼の達成報告をしたいのですが?」

「今度!今度一緒にお茶に行きません――ッ痛い!」

「聞いてますか?」

「あああ、でもやっぱり服は豪華なのが・・・?」

「・・・・・・・・・・・」


(ウザイ)


 その一言で表せる邪魔な人だ。なんだか、真面目な人から物凄く面倒な人に評価が変わったよ。

 まったく、子供に対して恋愛感情抱く受付嬢って、そんなの特殊な人にしか価値はないと思いますよ?


 なんて頭で考えても口には出さない。喋るだけで、この人物は嬉しくて叫びだしそうな雰囲気があるのだ。

 溜息を吐いて、俺は隣の受付に行った。


 そこでは、男性の受付が担当しているため、面倒なことにはならないはずだ。


――と、信じていたのに。


「ハァハァ。ちっちゃくて可愛い少年ッ!ハァハァ!」


(そっちぃ!?)


 男性の方も特殊な性癖もってやがった。このギルドの今後を心配しながら、俺はさらに隣の受付で報告を行った。

 此処は、何があっても基本的な仕事しかしないと有名らしい。


 まあ、基本的でも仕事をしてくれれば大丈夫だ。今回は、その点で助かったといえるだろう。


「すいません。亜竜討伐の達成報告を」

「はい。わかりました」


 そう言って亜竜の牙を提出し、報酬を貰った。既に金級の冒険者なため、そこまで驚かれたりはしない。

 報酬を貰った俺とリリナは、宿屋に向かった。


 ”空中の花床亭”という名前の宿屋は、かなり接待が上手だ。金額も安く、それでいて料理は美味しく、女将も接しやすい性格をしている。

 何故、確実に人気が出るはずなのに人気が少ないのか、というのは簡単だった。


『旦那がねぇ~。近所の酒場で暴れまわるのが趣味なんだよ』


 なんとも独特な夫婦が経営している宿屋である。

 皆、旦那の噂を聞いて辞めるらしいが、この宿屋の接待を見たら確実に泊まるだろう。

 此処では、かなり良い繁盛をしている、と自信を持って説明出来る。


 大通りを曲がり、少し進むと宿屋が見えてきた。しかし、少しだけ何時もと雰囲気が違う。

 女将さんが、誰かと話しているようだ。


「だから、リュウっていう少年が泊まってるでしょ!?」

「いえいえ、泊まっていませんよ。それよりもその少年に何の用ですか?」

「言えないの!良いからリュウを出しなさい!」


(・・・・・・・・・・)


 俺とリリナは顔を見合わせて、頷いた。この声の正体は分かったし、女将さんに迷惑が掛かるのは駄目だ。


「女将さん。その人は俺の知り合いです」


 そうやって声を掛けると、女将さんは振り返り、微笑んだ。やはり、女将さんはこの顔の方が良い。


「そうだったの?」

「ええ。カレン、何の用ですか?」


 カレンに声を掛けると、彼女は俺とリリナの間を凝視していた。

 その場所に視線を向けると、俺とリリナの手が見えるだけである。


(別に指を絡ませて手を繋いでいるだけで、何なんだ?)


 そう思う俺だが、カレンはそうは思わなかったようで。


「貴方!いくら子供だからって、手のつなぎ方にも限りがあるでしょうが!?」


 大声でそう叫ぶカレンに、俺とリリナは顔を見合わせた。リリナは、俺との手を繋ぎ方を一度見て、顔を上げて笑顔をつくった。

 満面の笑みに、俺も笑みをつくって手に少しだけ力を入れた。


 それに気付いたリリナは、少しだけ頬を赤くして笑みを浮かべる。やっぱり、笑顔が一番可愛い。

 そんな俺達を見て、カレンが顔を真っ赤にしていた。


「貴方達、本当に子供!?特にリリナ!既にあんた”女”じゃない!」

「?リリナは元から女だろ?性別なんて変わらないぞ?」

「だー!違うの!・・・・・・・・もういいわ」


 なんだか不満そうなカレンだが、俺の顔が本当に不思議そうにしていたのを見て諦めた。

 溜息を吐いたカレンは、俺に恨みがましい視線を向ける。


(可愛い)


 自然と手が伸び、カレンのさらさらな髪を撫でた。ビクッ!と反応したカレンだが、すぐに大人しくなった。

 その頬が少し緩んでいるのを見て、俺は微笑ましい気持ちになった。


「って、そうじゃなくて!お父様が貴方を呼んでるのよ!行くわよ!」


 そう告げたカレンは、腰から青い水晶を取り出した。ラピスラズリに近い色をして透き通るその水晶が輝いた。

 次の瞬間、俺とリリナ、そしてカレンの姿は先程の庭にあった。



 今日は、昨日いた大人たちは居なかった。それと同時に、キールさんの姿もそこには無い。

 荒れ果てた庭を見て、俺は顔を青くした。


「大丈夫よ。庭のことは誰も咎めないわ」


 そんな俺を見て、そう補助してくれたカレンに、俺はありがとう、と伝えた。お陰で、かなり気分が楽になった。余裕が出来たお陰で、俺は気付いた。

 前方に歩み寄ってきた人物に。


 カレンの父が前に出た。


「リュウ殿。私の名前はクルストフィア・ルーティア。気軽にクルスと呼んでくれ」

「クルス様。俺はリュウ・シルバーです」


 緊張を表に出さないように挨拶をすると、クルスさんは笑った。その屈託の無い笑みに、どこか威厳を感じさせる。

 慎重に、しかし好奇心には勝てずに、俺はステータスを見た。


(強い……)


 それこそ、今の俺では勝てない強さを持っている。もし、本気の殺し合いなら俺も全力で戦わないと勝負にすらならないだろう。

 俺の勘とLVの高さがそう告げている。


 警戒する俺を一瞬、クルスさんはチラリと見る。その頬が、弧を描くように吊り上がった瞬間、圧倒的なまでの重圧が圧し掛かる。


(重い…………!)


――そして。


「・・・・・・・リュウ殿。私と、手合わせをしてくれないだろうか?」


(!)


 強者の余裕。肉食の覇気。絶対なる経験と自信の積み重なった目前の男性が、どこか遠い人物のように感じる。

 手を伸ばせば触れる距離にいるのに、見えない覇気オーラが頬を強く靡く。


「・・・・・・・・・・・・・良いでしょう」


 とても楽しそうなクルスさんの顔を見て、俺も戦いたくなった。

 これ程の強さを持った相手ならば、俺にとっても経験になる。力になる。それになにより。


(勝ちたい!)



【複製により、”焔炎”を取得しました】


 クルスさんの魔力適正を複製した俺は、”炎剣”を発動した。炎を象る剣が具現化する。

 そして、そこからさらに強化する。



【複製により、スキル”魔力適正””魔力剣”を取得しました】



「〝魔力剣〟〝弱毒〟〝閃光〟〝対処〟〝反撃〟〝炎電〟〝氷抵抗〟〝適応〟〝強奪〟〝絶空〟」


 こんなに強い相手ならば、俺の全力で相手をする。そうでもしないと、戦いにすらならない。

 既に炎剣には先程の面影は残っていない。弱毒の効果で、薄い緑の液体が纏わり、魔力剣の効果で焔が纏われている。


 何重にも重ねられた魔力の剣を構えて、俺はクルスさんを見据えた。全ての動作、攻撃された時の対処、一歩目、それが分かる。

 クルスさんから、微量に能力を吸収しているのが伝わる。

 身体が軽くなったのが感覚で理解出来る。自然に溢れた魔力を侵食して自身の魔力で満たせば、既に俺の領域だ。


 勝ち目は唯一クルスさんが俺の”手札”を知らないこと。奇襲の畳みかけで、学ばせない。対処をさせない。


 試合の開始は、何時でも唐突に訪れる。



 風が吹き、そして花弁が俺の視界を遮った瞬間、クルスさんは一歩目を踏み出した。

 その瞬間、俺の攻撃が始まる。一歩目の次に来る、二歩目の場所を特定し、そこに氷の刃を召喚する。


 さらに、その場所の上から炎。そこへ目掛けて突進する。一瞬で氷の刃がクルスさんの足裏を貫き、炎の壁が覆った。


 その炎の壁から、クルスさん目掛けて突っ込んだ。

 炎の先には、




 ――刃が迫っていた。


「ッ!!」


 咄嗟に首を横に傾けて、剣を振り上げる。そこへ、クルスさんの魔力剣が迫る。炎焔と、焔炎が激突し、その火花を散らした。


 拮抗は長くは持たず、クルスさんが、炎の壁目掛けて吹き飛んだ。しかし、この程度で倒れないのも承知だ。

 今のは、クルスさんの動揺が決め手となって弾けた。〝強奪〟による身体能力を吸収しているのも理由だ。


 追撃のために飛び出す。



 ――そこへ、炎の刃が迫ってきた。


「なッ?!」


 驚き、声を上げながら、俺は剣で防いだ。その先には、クルスさんの姿がある。


(読み間違えたかッ!?)


 それか、そのための道具があるのかもしれない。冷静にクルスさんを見つめながら、俺は対抗策を考えた。

 俺はまだ、この世界に慣れていない。


 次々とこの世界の道具を使われたら、かなり危ないだろう。俺が奇怪な手数と奇抜性で勝負しているのに、クルスさんもその分野まで広げられたら勝ち目は無い。


 なら、最短で勝負をつけるだけだ。


ッ!!」


 俺は地面を蹴り、クルスさんの懐に走りこんだ。そこで、強引に”強奪”の威力を上げる。

 一瞬だけ、クルスさんの動きが遅くなり、俺の動きが早くなる。


 その一瞬を逃さずに、俺は剣を切り上げた。この一撃で、決める。


「ハァッ!!」


 しかし、クルスさんも歴戦の戦士なのは、戦う前から気付いていた。意地で防御を追いつかせて、俺の魔力剣の前に剣を置いた。

 だが、そのお陰で俺には対応するための時間が出来た。


(今だッ!)


 クルスさんの真後ろに、炎電の弾を召喚し、放つ。それに対応出来ないクルスさんは、背中からダメージと衝撃を貰った。

 そして、それによって体勢を崩したクルスさんの首元に、俺は剣を突きつける。


 その瞬間、炎の壁は消える。

 長い沈黙の後、クルスさんは告げた。


「私の負けだ」

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