未知には触れぬが仏
意識が浮上する。
光が瞼の裏を
(!)
バッ!
と目を開くと、そこは見知らぬ広大な土地――いや、違う。
(カレンの、家か……)
それと同時に、記憶がリピートされていく。鍛錬をしたこと、無理をし過ぎたこと。そして、それによって死にかけたこと。
「ッ!」
「おにーちゃん!」
「リュウ君!」
聞き慣れた声に視界を横に動かすと、俺を心配そうに見上げるリリナと、不安そうに見るキールさんの姿があった。
さらに奥を見れば、先刻と同じ大人の姿、そしてカレンの姿もあった。
「だいじょーぶ?」
「ああ、ごめんな、リリナ。兄ちゃん心配かけちゃったな」
「んー!リリナはつよいこだからだいじょーぶ!」
せめてもの償いと、頭を優しく撫でてやる。さらさらの髪が指の隙間を滑っていく。心地良い。
「リュウ殿、大丈夫ですか?」
「キールさん……ええ、大丈夫です。心配をかけてしまい、申し訳ありません」
「まったくですよ…………貴方は、自分を鑑みることをよく学んでください」
普段言われれば少しイラッとくるところだけど、今は何も無い。それどころか、心配で言ってくれてるのがよく伝わって、返って申し訳無い気持ちになる。
やっぱり、少し無理をし過ぎていたか。
――その時。
「リュウ君」
「…!っ、はい」
一人の男性が声をかけてきた。大人達の中で、真ん中に立っていた人物。顔立ちは、どことなく見知った顔に似ている。
「……また後日、私の屋敷に招くとしよう。今日は、これで返って頂いて構わない。呼び出してすまなかったな」
何か思うところがあるのだろうか。
少しだけ、暗い陰を見せながら男性はそう言った。
(私の屋敷、か)
なら、やはりカレンの父親なのだろう。少しだけ、皺の寄った威厳のある顔を見つめてから、俺はリリナを連れて屋敷を後にした。
最後まで、カレンから声は掛からなかったなぁ、なんて、短い付き合いでもそう思ってしまう俺が居た。
◆◇◆◇◆◇◆
リリナを慰めるのは難儀した。小さな子供だからこそ、遠慮も無く、感情をありのままにストレートでぶつけてくる。
「もう、いなくならない……?」
「大丈夫だよ、いなくならない」
さっきから、一度も止むことなく流した涙によって目元は赤く腫れ、涙の痕が痛々しく残っている。
場所は宿屋の中。道中でも泣きながら歩いていたので、周囲からは軽蔑の視線があった。怖い。
散々宥めて三〇分程の時間を要し、やっと泣き止んだのはそれから一〇分後だった。
「ふぅ……それじゃあ、リリナ。ちょっと冒険に行こう!」
「うん!いくー!」
元気な声で頷いたリリナと一緒に宿屋を出て、向かうはギルド。冒険ついでに、そろそろ生活費が危ない――主にリリナの食費――ので、しっかり稼ごうと思う。
◆◇◆◇◆◇◆
ギルドの中は昨日とは別物のように賑わっていた。
多くの若い男達が武装して板を見つめていたり、はたまた酒場で酒を飲み騒いでいる。
そんな中に入った俺達により、場は一瞬で静まり返った。
小さな声で、「あれが金・・・・・」「子供じゃねーか?」「餓鬼は帰れ」などと聞こえてくる。やはり、昨日の輝きが金級と定められる条件だったのだろうか。
まあ、別にどうでも良いのでその横を通り、俺は受付に向かった。
昨日と同じ女性の場所に行き、声を掛けた。
「すみません」
「はい?」
「収入の高い依頼で、日帰りで出来るものをお願いします」
「わかりました」
既に俺を子供扱いはせずに、しっかりとした対応で応えてくれる。こうして子供扱いをされないのは良い気分だ。
失敗は許す。そこから、どれ程贔屓を入れずに媚び諂わないかが、真面目な人間への第一歩。
前世でそう思ったので、やはり好印象に映る。
数分ほど待っていると、女性は数枚の紙を渡してきた。
「はい。これが提示された条件の依頼になります」
そう言って出された紙には、二つの依頼があった。亜竜の討伐依頼と、護衛依頼の二つだ。
===============
亜竜討伐をご依頼したい。【討伐】
先日、森の奥から縄張りを移動してきた亜竜によって、生業としていた林業ができません。どうか、討伐を宜しくお願いします。
討伐対象 亜竜
報酬 亜竜の贈呈
================
迷うことなく、俺は亜竜討伐の依頼を選んだ。そちらの方が簡単な上、護衛は苦手だからだ。一応、護衛の依頼に目を通すとこうなる。
=================
貴族の護衛【護衛】
とある曰く付き貴族への調査の一貫として、襲撃への対応力を測りたい。そのため、見せ掛けの護衛依頼を要請する。
護衛対象 ―――貴族
護衛日時 一日(場合により延長)
報酬 銀貨二〇枚
=================
素直に受ける気にならない。こんな面倒なのに巻き込まれたくない。その上、それでは冒険にならないのだから。
「それでは、ご武運を」
そう女性に言われて、俺はギルドを出た。向かうのは、この王都から東に位置する森の奥だ。
そこで、亜竜が目撃されたらしい。
◆◇◆◇◆◇◆
「此処がその森か」
「うん」
そう俺が呟くと、リリナの肯定が返って来た。最近、リリナの言葉使いが四歳にしては可笑しい気がしてきた。
もしかしたら、俺の常識が間違っているのかもしれないが。
「それじゃあ、いこうー!」
そう言って、俺の腕をひくリリナはまだ幼い。しかし、既に大人顔負けの可愛さと、言葉遣いを覚えている。
その事実に、俺は少しだけ漠然とした。
まあ、そんなことはすぐに良くなってリリナに引っ張られている。既に索敵の中には亜竜の反応があるので、そこに向かって進むだけだ。
俺とリリナは、暫く会話しながら森を進んだ。
「GAAAAAAAAA!!!」
亜竜の領域に入った途端、この声が聞こえた。恐らく、亜竜が自分の領域に俺が入ったことを怒っているのだろう。
そう判断して、俺はそのまま進んだ。
なんにせよ、討伐することに変わりはない。それで、リリナの生活が安定するなら尚更だ。
俺は、右手を前方に翳して魔力を集めた。
「”粒子砲”」
魔力の光線が、前方に向かって放たれた。
それは、索敵によって把握していた亜竜の身体に直撃する。
「GYURUWAAAAAAA?!」
効果は高く、その翼を貫いて消えた。怒り狂う亜竜に対して、俺は二発目、三発目と撃っていく。
その度に亜竜の身体は貫かれていく。
そして、丁度一二発目だろうか。亜竜はその場に崩れ落ち、絶命した。
なんとも惨い殺し方だが、別に何も感じない。
流石に可愛そうな奴だな、程度しか思わないのだ。早速、”保管庫”に収納した俺とリリナは帰宅しようと進み出した。
そんなこんなで王都に戻って来た。最初は昼ごろだったのだが、今は既に夕方だ。
歩くだけでこんなに時間が経ったのは初めてかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はギルドに戻って行った。
「終わりましたよ」
「え?あ、え、きゃっ!?」
女性にそう報告すると、何故か二度見してから可愛らしい声を上げた。一体、俺の何処が変なのだろうか。
俺は自分の姿を見回してみた。
身体には何も変化が無いし、服も汚れていない。唯一、魔力が何時もより多く漏れているが、これはどうしようもない。
亜竜戦で中途半端に使って余った魔力が自然界に溶け込んでいくのだ。
つまり今、俺は何も変では無いはずだ。なのに、この女性は驚いている。何故?
「えっと、どうしたんですか?」
「あ、あああああの!」
「は、はい?」
「もももももしかして、リュウ君、ですか?」
「ええ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
どうしたのだろうか。俺がそう思って首を傾げると、後ろの方から女性達の黄色い悲鳴が聞こえた。
ふむ、一体なにがあったんだ?
そういえば、途中からリリナが物凄く落ち着いている。しかし、先程からチラ、チラと此方に視線を向けて来るのが気になる。
本当に何だろうか。
「あの、本当にどうかしたんですか?」
「あ、え、その・・・・・・・・・・魔力が膨大に溢れてまして・・・・・・・・その、かなり・・・・・・・」
「えっ・・・・・・・・・・・・」
まさかの魔力問題!?とりあえず、微量の魔力で鏡に似たものを生成した。
それで自身の姿を見てみる。
(・・・・・・・・・・・・・・・あ、うん。スゲー)
そこには、身体から溢れる金色のオーラを纏った俺の姿があった。この金色は、恐らく魔力なのだろう。
そして、魔力が膨大過ぎて可視化されている、と?
ていうか、今の俺の美男さが凄い。魔力によって髪が少しだけ揺れていて、なによりも顔がかなり美化されている。
何故こうなったのかは不明だが、自分でもちょっと怖い。
(人ってこんなに一瞬で変われるもんなんだなぁ)
魔力の漏れはどうしようも無いが、それが止まったら直るのだろうか。もしも直らないと俺は正直悲しい思いになる。
なにせ、生まれ持った顔が使えなくなるのだ。
俺にも心がある。できるなら、顔は戻るようにしてもらいたい。
そう思った俺だが、まずは依頼の達成報告をすることにした。
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