王都#3 妹の恐怖





 リリナの元へ追い付くと、そこには瞳を輝かせるゲテモノ好きの姿があった。

 その視線を辿った先にあるのは、何かの液体に漬けられた蟲。

 そう、蟲である。


「も、もしかしてリリナ。あれ、食べたかったりする?」


 思わず、否定してほしいという願いを込めながら聞くと。リリナは、その顔を歳相応の可愛らしい笑みに染めて――


「うんっ!」


 ――そう告げた。


(ま、マジですか・・・・・・・・・・・?)


 っと、考えてしまうのも仕方無いと思う。なにせ、あれは見るからに駄目な雰囲気が漂っている。

 お腹を壊すだけで済むのか・・・・・・・・・・・。


 そんな思考を中断することになったのは、奇しくも昨日の少女の言葉によるものだった。


「そうね。私も気になるから食べてみましょうよ」

「え・・・・・・・・・・・・?」


 驚いて、少女の顔を確認。どうやら、本気で言っているようである。


(え?嘘だよね?まさか本気で食べるの?えぇ~・・・・・・・・・・・・・)


 ゲテモノ好きも此処まで来れば極まれるのだろうか。俺は、苦笑いを隠すことも出来ないまま、露店へと近付いていった。


「すみません、これを三つ」


 俺の言葉は、随分と理解出来なかったようだ。

 よもや、こんな子供がこんなデテモノを、しかも三つも頼むとは思わなかったのだろうか。

 たっぷり数秒ほど俺の顔を見つめてから――


「あ、はい!銅貨7枚になります!」


 焦ったように対応しながら、蟲の入った瓶ごと俺に渡してきた。

 それを手に持って、一言。


(き、気持ち悪い・・・・・・・・・)


 まだ若干生きているのか、中にいる芋虫のような蟲は、その無駄に多い足を動かしている。

 それが、堪らなく気持ち悪い。


「ほ、本当に食べるの?2人とも・・・・・・・・・」

「うん!」

「ええ」


 リリナが笑顔で頷いて、少女は肯定する。どうやら、本気で食べないと駄目な雰囲気のようだ。

 2人に瓶を渡し、俺は手に持つ蟲を見つめる。


 芋虫だ。


 誰がどう言おうと、生きてる芋虫を液体に漬けている。俺が、悩んでいる間に、リリナは液体から芋虫を取り出して――


「はむっ!」


 口の中に押し込んだ。


 瞬間、芋虫の身体から溢れ出た緑色の液体が、リリナの口元から見える。恐らく、相当な量あるのだろう。

 今にも口から汁が滴りそうだ。


 それを横目で見ながら少女の方を見ると・・・・・・


「ッ・・・・・・・ッ・・・・・」


 物凄いビクビクしてた。

 リリナの手前、強気になっていたのだろうが、今更になってその見た目に気付いたのだろう。

 俺も、これは見たくない。


 というより、これを食べようとする人なんて居るのだろうか?少女を護衛する騎士を見れば――


「………(ススス…)」

「………(サササ…)」



――避難している。それも、たっぷり数メートル。


(おい…それでも騎士かよ……)


 まったくもって騎士がそんな役割を持つとは思っていないが、それでも言う。大人を見せろよ、と。

 しかも、離れた距離がしっかりと剣の間合いなのだから尚更苦笑が染みつく。


 そんな事を考えるくらいには、俺の意識はコレから離れていた。


(でも、彼女がこのままは良くないかな)


 流石にこんな気色悪いモノを少女に持たせていたら、あらぬ疑いも掛けられない。

 コレを持って立っているだけで通る人々から視線を集めているというのに。


「はい。俺が食べるから、君はこれを食べてくれないかな?」


 この子の性格だ、普通に受け取ってもダメだろう。

 そう考えた俺は、持っていた甘いパンのような物を代わりに渡して受け取った。というより、奪うように取って、後ろに下がった。


 そんな俺に、彼女は驚いたように目を見開き――


「べ、別に食べれたのよ?・・・・で、でも、貴方がこれを食べれないなら、代わりに受け取ってあげるわ」


(素直じゃないな・・・・・)


 そんなことを考えながら、俺はこの食べ物を見つめた。


(さて、どうやって処分しようか)


 元から食べるつもりは無い。残念だけど、無い。無理。嫌だ。受け付けない。


 チラリと横を見れば、純粋な瞳で俺を見る少女が一人。既に手元の瓶は空。いつのまにか、口元の液体すらキレイに消え去っていた。


(無理だろ……)


 素直にそう言いたい。だって、無理。不可能。見たくも無い。

 そのレベルで、本能的な恐怖と畏怖を生み出す食べ物(蟲)。俺の脳内選択肢が、全力で試行を繰り返す。




 √A、リリナに食べてもらう。


 まあ、これが最も簡単な案だろう。そして、一番リスキーかもしれない。もし、リリナが俺に同調を求めているのであれば――


『食べてくれないの?』


 と潤んだ瞳or差別の目で言ってくるかもしれない。その場合、どちらであろうと食べるしか選択肢に残らず、後者に至っては今後の生活的にも不味い。


 

 √B、魔法で焼却する。


 俺には便利な〝炎電〟という『適正魔術』がある。それを以ってすれば、この程度を焼くのに数秒もいらないだろう。

 しかし、これもリスキーだ。その瞬間を誰か、主に昨日の少女、リリナに見られたら一貫の終わりだ。



 √C、素直に食べる。


 これはある意味。最も簡単だ。そして、最も選択し辛い。だって、見た目がまず無理。笑顔で店員に頼んだところ、いい気はしないが食べるというのは中々に困難。

 しかし、けれど選択肢として最も安全なのもこれ。俺の腹を除いては安全だ。


 

 三つの選択肢が、頭の中でせめぎあう。この選択を間違えれば、悲惨な結果になることは間違いない。


――と。天啓が下った。


(そうだ!)


 見つけてしまった。√Dを!最善手を!


「リリナ、お店見ながらにしようか?」

「わかったー!」

「貴方も、それでいいですか?」

「貴方に『貴方』呼ばわりされるのは不愉快だわ。やめて」

「はいはい、じゃあ君、それでいいですか?」

「いいわよ」


 呼び方に関しては少しだけ厳しいようだが、俺の意見にそのまま同意。リリナを先頭にして、店巡りを続ける。

 そういえば、と少女を見れば、先ほど渡した食べ物は跡形もなく消えていた。


(はは………)


 負けず劣らず、食べるのが速いようで。なんて内心思いつつ、なら俺も、と行動を起こす。


「お、リリナ。あの店見に行かないか?」

「んー?…あ!いくー!」


 俺が指さした先にある店というのは、アクセサリーショップ。いわゆる装飾品が飾られている店だ。

 好奇心、というよりかは女子の本能なのだろうか。そわそわした様子のリリナと少女と一緒に、店まで歩く。


――そのさいに。


「リリナ、その瓶持っておくよ」

「ん?ありがとー!」


 何の疑問も抱かずに、俺に瓶を渡して、リリナは店の中に入っていく。それに続いて、少女も。

 

(〝保管庫〟)


 俺も、そう小さく呟いて店の中に入った。


(完璧だな……)


 なんて、そう考えながら、俺は王都の中を探索していくのだった。




 残金、銀貨二枚、銅貨九枚。元=銀貨五枚。

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