明確なるその一歩を以って





 翌日、サバイバルの三日目だ。

 予想では、今日の夕方か明日の夜までには騎士団が来ているはずだ。王都から最も近い街、そこから馬で4日近く掛かるのが俺の村。

 そこから、騎士の馬という点を考慮した結果だ。そして、それならばそこまで生き残るしかないだろう。


 今日のする事として俺は、まずはリリナを連れて村の方に向かった。村が見える最大の距離まで近づくと、やはり盗賊達はまだいた。

 何をするのか。それは、盗賊達の確認と騎士団の確認だ。情報は命というように、騎士団が来たならばすぐに向かえるようにしたい。



――しかし、そこで見えたものは盗賊だけでは無かった。



 村の中央に、大きな十字架が何本も打ち付けられていた。そこに、男性が何人もロープで縛り付けられている。それも、全裸で。

 その身体には幾つもの痣と火傷の痕が残っている。

 まるで、見せしめのようなその姿に――


(ッ!)


 ――この抱いた感情は怒りだろう。


 見知った顔があった。少なからず世話になり、村の危機を知らせてくれた男性。彼は――片腕を失っていた。

 それも、未だに止血されていない状態で。このままでは、死ぬのは確実だろう。

 そうでなくとも、近くに居る男性のほとんどが瀕死の傷を受けている。助かる見込みは、恐らく――無い。


(助けに!)


 正直に言えば、今すぐにでも体は反応して動き出すだろう。しかし――


 視線を左に向ければ、そこにはリリナが居た。俺が、今此処に居る理由。その存在が、俺の体を固い鎖で蝕むように離さない。

 今はまだ、動く時では無い。そう、頭では理解している。


(騎士団が何とかしてくれるはずだ。そこまで待てば、何とかなるはず!)






――けれど、俺の願いは儚く散った。






 村を見ていた俺の目が捉えたのは炎。盗賊達は十字架に火を点けたのだ。一瞬で燃え上がった火は、村人を焼いていく。

 十字架から燃え移った炎が、見知った顔も、全てを飲み込んでいく。


 その姿を見ているこの場所まで、悲鳴が届きそうだった。

 そして、その炎に照らされて俺は見つけた。いや、見つけてしまった。



 炎の隣には、大量の鎧と剣、そして男達が全裸で足と手を縛られている。


(まさか騎士団が!?)


 それだけは嘘であってくれと、けれど、頭の中では既に理解できていた。それが紛れも無い事実だと。

 鎧と剣に刻まれるのは、間違いなくこの国の騎士に与えられる紋章だ。つまり、騎士団は既に到着していて、そして捕まった。


 その瞬間、俺の頭には最悪な光景が映った。前世があるからこその、知っている未来。


 捕まった女性達の、酷く惨めで、死ぬよりも過酷な。苦痛が、悲鳴が、執念が、怨念が、絶叫を上げるかのように、俺の瞳に映し出された。


 奴隷として売り払うかもしれない。全てを奪い玩ぶかもしれない。

 そのどれもが、盗賊悪魔次第。


(クソッ!!)


 俺の頭の中では、二つの巨大な信念がぶつかっている。


――この力を使うべきときは、今なのかどうか。


 いや、分かっている。助けに行ったところで役には立たないことも。子供という枠に閉じ込められた俺に、盗賊という国すらも恐れぬ集団にかつ術が無いことも。


(それでも、何かは出来るかもしれないッ!)


 それは、一種の願いであり、願望であり、希望。理想を押し付けたところで、現実を改変する力は無い。結局、俺に残されるのは無力感だけ。


 どちらも救いたい。前世で叶わなかった幸せの形を、見せられるようになりたい。

 しかし、それを可能にする力が無い。




――その時だった。


 フッ、と左手を引かれた。そちらを見ると、リリナが此方を見ている。


 その瞳と視線が合わさると――



――ニコッ、とリリナは笑顔を作った。


 それは、きっと覚悟と決意が出来ている証なのだろう。


 小さく、けれど確かにリリナは頷いた。歳に合わない。その賢さも、勇気も、配慮も。何よりも、その感情の持ち方も。


 ほぼ確実に敵わないはずだ。


 なにせ、俺は近場の森にいた鹿に苦戦していたのだから。動物にすら勝てない俺が、動物を狩る人間に勝てる道理はほぼゼロ。


 そんな俺が、さらに騎士団でも勝てなかった盗賊に勝てるとは思えない。






――でも、それでも我が儘を言えるなら。



「リリナ、悪いな。兄ちゃんは、ちょっとお人好し過ぎるみたいだ」

「わかってるのっ!」

「だから、ちょっとリリナの運命を兄ちゃんに託してくれないか?」

「うん!だいじょーぶだよ!リリナはもう4しゃいなんだから!」


 微笑。一瞬の視線の交差。それだけで、俺は覚悟を決めた。


「じゃ、ちょっと行ってくるね?」

「うん!いってりゃっさい!」


 最高の笑みと共に、リリナは送り出してくれた。だから、俺は、リリナを抱きしめる。何もかもを、安心させるように。

 何よりも、俺が安心できるように。その小さくて柔らかい体を包み込めるように。


(さようなら、は言わない)


「すぐに帰って来る!」


 俺はすぐに離れて、村に向けて駆け出した。五歳の子供が、こんなカッコつけるべきじゃないだろう。無謀過ぎるだろう。死に狂いと思われるかもしれない。

 でも、それでも俺は俺の意地を通す。


「”氷道”!」


 地面を凍らせて、俺は移動速度を上げた。〝母さん〟の魔法。この程度の魔力は微々たるものだ。

 村の手前まで氷の道を創り、そこを滑るようにして移動する。


 最速で、全力で挑む。

 負けることは俺が許さない。

 全身全霊を以ってして、俺は戦ってやる。




――我が儘を、言えるなら。



「ぜってぇに失わさせねぇ!」


 覚悟を以って。その意志を、心を、信念を。

 その一歩を、踏み出した。
















 此処から続くのは、一人の子供が紡ぐ物語。


 誰よりも苦しみ、誰よりも考え、誰よりも苦労する、一番損する少年の話。けれど、その最後を言って良いのであれば。

 彼は絶対にこう言うだろう。


『幸せだった』と。

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