不確かな歩み(2)




 生き残りサバイバルの二日目がやってきた。今日も、昨日と同じように食料を確保して明日に備えるつもりだ。

 どちらにせよ、食料を確保する程度しかすることが無い。することが無い、というのは動けない意味合いが強い。下手な行動で盗賊達が来てしまっては本末転倒だからだ。



 ということで、俺とリリナは森の奥に入って来た。


 この森は外から見ると鬱蒼としているが、中に入ると何重にも獣道が張り巡らされた蜘蛛の巣だ。

 この獣道の複雑さから、迷う者が後を絶たないという。


 と、茂みの奥から一頭の鹿が現れた。特徴的な黄色い角を持つ鹿は、既に戦闘態勢だ。勇ましい四肢を持った鹿が、鉤爪を磨ぐようにしながら少しずつ間合いを詰めてくる。


 俺も、腰から短剣を引き抜き、そして魔力で自然の魔力を塗りつぶしていく。


「BURWU!!」

「シッ!!」


 最初に動いたのは鹿の方だった。短い威嚇を吼え、俺の方に突進してくる。俺は、”氷抵抗”で氷の壁を創り出して止めようと試みた。


 しかし、鹿を止めることは出来たが、壁も同時に崩れた。どうやら、相当な力があると思っていいだろう。


 少し形成が不利だが、リリナがいる以上は諦めるわけにもいかない。


(イメージは”レーザー”、感覚は糸、求むるは万理の力)


「”粒子砲”!」


 俺は、とりあえず魔力の粒子を一点に集中して放つ魔法を使った。それを見て、かなりのダメージが入ると思ったのだろう。

 鹿は、咄嗟に回避行動に出た。


 その横を通り抜けた砲撃は、背後の木々を貫通していく。俺自身もこの威力は予想外だが、これなら勝てる見込みが出てきた!

 勝てる道が出来たことで、少しだけ余裕が生まれた俺は、慎重に魔法の選択肢を狭めていく。


「”火鎚”」


 空中に炎のみで形成された槌が現れ、誰にともなく振られる。予測すらしていなかったのか、これには鹿も驚いたように回避したが、角に掠った。

 ダメージは微々たるものだが、鹿は警戒したのか迂闊に飛び出してくることは無くなったように思える。

 威力に関しては、そこまで魔力を込めていなかったのだから当然だろう。


 鹿が、警戒し周囲へと”ある行為”を行った。それに一瞬だけ思考を逸らされるが、鹿の隙こそが今。そんな隙を俺が逃せる訳が無い。

 生死の掛かった場面だ。


(本気で行くっ!)


「”魔力剣”!」


 幾何学模様が短剣に刻まれ、淡い白の輝きを伴った。これは、魔法ではない。腰から引き抜いた短剣に魔力を込めたのだ。

 しかし、威力に関しては極端に差が出る。魔力の有無は、この世界に於ける力へと変えられるのだ。


 鹿の足元まで駆け、動揺している瞬間を狙って下から切り上げた途端に振り下ろし、続いて右に切り払う。鹿の皮膚が切れ、鮮血が溢れ出る。

 しかし、同様に俺の短剣も欠けてしまった。


(チッ!硬いな)


 俺は、炎電を使って柄の先に刃を創り、鹿に構えた。対して、鹿の方も俺に鋭い視線を向けてきた。

 完全に、俺の事を敵として認識してくれたのだろう。


(正直、今すぐ帰ってもらっても結構なんだけどな)


「BURWUッ!!」


(ま、当然だよな・・・・・・・・・・・・・ってッ!)


 いきなり、鹿の角に雷が宿った。迸る雷撃の矛先は分からない。けれど、その予備動作を、俺は某ゲームの鹿で見たことがある。

 予想と勘に任せて、俺は全力で右に飛ぶ。



―――バリィン!!



 その瞬間、俺の立っていた位置に雷が降り注いだ。俺の扱う雷魔術よりも遥かに威力の籠もったソレ。回避できたことに安堵した俺は、隙を晒す鹿に突撃した。

 鹿は、またもや動揺していて反応が遅れた。




 気付いた瞬間には、俺が目前に迫っている。その手に握った短剣――の柄に纏った炎を、鹿の目に突き刺した。



「BRUAWABRU?!?!」



 悲鳴を上げた鹿は、激しく暴れ始めた。それを、少し下がったところで見守る。

 恐らく、まだ戦う意思があるはずだ。


 その考えを肯定するように、やがて鹿は落ち着いてきた。そして、殺気の篭った目で俺を睨む。

 俺も、笑みを浮かべて鹿を見据えた。


 俺と鹿の視線が交差した瞬間、駆け出した。先手は俺だ。しかし鹿は、俺よりも遥かに速く突進してくる。


――しかし、それを待っていた!


(ここだッ!)


「”氷床”!」


 俺の声に応じるように、一瞬で鹿の足元が凍りつき、鹿はそこへ足を取られた。

その隙を逃さず、俺は短剣を振り下ろす。


 先ほどとは反対の目に突き刺さった短剣は、鮮血で濡れた。


「BURWRUBWW!!?!?」


 暫くの間悲鳴を上げていた鹿だが、やがて絶命したのか静かになり、動かなくなった。氷を落としてみるが、反応しない。

 死んだようだった。


 その死体を保管庫に収納した俺は、身体を一瞬で凍らせて溶かした。先程の炎と同様に、俺が発動させた魔法に関してはある程度軽減効果があることがわかっていた。

 それを使って、体中に急激な温度変化を与えて血を砕く。これにより、俺の身体は清潔になった。


 まあ、原理は不明だから魔法だから、で納得している。綺麗になった服で振り返ると、昔のようにリリナが目を輝かせていた。

 その光景を見て、俺は苦笑した。


「おにーちゃんはやっぱりすごいっ!」


 懐かしい記憶が蘇った気分だ。こんな危険な俺でも尊敬してくれるリリナという存在が嬉しい。大人の前に俺を出せば、この世界でならきっと高く売れると思う。

 けれど、そんな損得なんて関係無く――まあ、理解しているはずもないが――接してくれるリリナという存在は酷く心に癒しをくれる。


 リリナがいれば、俺は生きていける。


 そう暗示するように考えてから、俺は現実に戻った。リリナは興奮したように喋るので頭を撫でると、すぐに落ち着いた。


「さあ、今日はもう帰って鍛錬だな」

「うんっ!」



 逃亡生活は二日目だ。でも、俺はもう確実に大丈夫だと思っている。軍の有無では無く、俺がこの世界で生きていくことに関して。





 こうして、二日目の夜も明けていく。


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