不確かな歩み





――悲鳴が聞こえない。


 そう理解したのは、村から逃げ出してすぐのことだった。必死に走った俺とリリナは、なんとか逃げ切ることが出来た。

 逃げ切れた、と言える理由として実に単純で。後ろを振り返ってみても誰もいないからだ。


 そこで考える余裕が出来た俺は、その違和感に気付いたのだ。燃え盛る炎の音も、盗賊達の高笑いも、風の音も聞こえる。

 なのに、逃げる村人達の悲鳴はまったく聞こえなくなったのだ。優しかった近所の人の声も、何も聞こえない。


 つまり、全員死んだか、全員が物凄く遠くに行ったか。どちらかは分からないが、生きていてほしいと思う。

 俺を育ててくれた村なのだ。悲しいかといえばそうだし、悔しい。


 でも、リリナが無事だったことが何よりも俺に安堵を与えてくれる。なんとしても、リリナだけは守り抜かないといけないのだ。

 それが、今の俺の生きる理由。転生までして得たこの人生に於ける、唯一の光。



【称号”神の代行者”を解放しました】



 そんな声が聞こえたのは、その時だった。突然の音に驚くと同時に、盗賊達へと聞こえないか不安になったが、直ぐ傍のリリナが不思議そうに傾げている。

 それを見て、俺にしか聞こえないのだと分かった。


 そして、称号という言葉を思い出し、俺はステータスを開いた。


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【名前】 リュウ・シルバー(佐藤 亮太)


【LV】 3


【魔力適正】 複製 神力 氷抵抗 炎電 保管庫 弱毒


【スキル】 魔法技能 暗算 成長促進 剣術 成長補正 自然魔力


【称号】  女神の心 神の代行者(+運命論)


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 新たに三つの情報が増えている。”成長補正”・”自然魔力”・”神の代行者”だ。恐らく、スキルは称号を得たことで取得したのだろう。

 名前から判断できるが、この世界の欠点。使用しない限りは正確な効果がわからないのだ。


 自然魔力は、先ほどから感じる魔力のことだと思う。ハッキリと自分とは違う属性の魔力が、自身に当たっている。

 これに魔力を込めると、自分の魔力に塗り換わっていく。視界を上げれば、ほんのりと光の粒が見える気がした。


 どうやら、これで魔力を操れるようだ。自分の魔力で自然の魔力を塗り替えると、その魔力で他の魔力も塗りつぶせる。

 これは、かなり有効な魔法が使えそうだ。何よりも――気配察知が使える。


 それさえ使えれば、今後の展開に大きな力になってくれることは間違いないと思う。とりあえず試行は後にして、他の考察へと向かう。


 成長補正と神の代行者は分からないが、まあ駄目なものではないだろう。それに、今は戦える力があるだけで充分だ。

 恐らく、成長補正によって一〇分の一レベルの、成長へ一定の補助が発動するんだと思う。ゲーム風に例えるなら、経験値アップ。


 神の代行者に関しては、元からあったけれど気にしていなかった。何なのかは気になるが、これも使ってみないと分からない。そして、称号と言うからにはパッシブ能力なのだろう。

 使用しようとしてもまったく手応えが無い。諦めるしかないと思うが、唯一の関連性は【神力】なのだろう、という推測なら付いた。

 

 拳を握り締めて、俺は王都の方角に目を向けた。恐らく、軍が到着するのはまだ先だろう。

 そして、それまで俺は此処にいるしかない。

 他の場所に行こうにも地の利は向こうにあるし、下手に動いて迷子になったらそれこそ一貫の終わり。


 この世界の地理なんて何も知らない俺とリリナでは、奴隷にされて終わりだ。そんな運命は御免だし、リリナは大切だ。

 暫くは、村が見える範囲で狩りをしながら生活しなくてはいけないだろう。


 最低限、俺は魔法が使えるし、リリナはかなり聞き分けが良い。


 暫くの間なら待っていられるはずだ。それまで、なんとか生き延びなければならない。

 まずは、今日の分の食料を手に入れるべきだろう。


 俺は後ろに広がる森に向かって足を進めた。リリナもその横に続き、しっかりと俺を見ている。

 俺も、リリナの目を見て微笑んだ。


――これから頑張るからなっ!


 そんな気持ちで微笑むと、リリナも無邪気な笑みで返してくれた。





  ◆◇◆◇◆◇◆






 この森の中には大して強い魔物がいないことが幸いだった。俺は、既に何度か戦闘を行い、敵を殺している。

 その際、食べられる生き物は”保管庫”に収納していた。


 ”保管庫”は、近所の人が持っていたのだが、かなり便利だ。これさえあれば、持ち物の削減が可能だからだ。

 保管庫とは、所謂異空間へと繋がる仲介役のようなもので、使用して現れた闇の中にほとんど無限に物を入れることが出来る。

 生物は無理だが、それ以外なら何でも入り、出すのも自由。破格の性能だった。


 既に、二日分の食料が確保出来た。軍が来るのを四日後と仮定したならば、かなり良い方だろう。

 鹿の肉やら、鳥の肉やら、血抜きして焼くくらいなら俺にでも出来る。


 日が暮れるのを頃合に、俺とリリナは近くの洞窟に入った。此処は、村の人間のみが知る森の中で遭難した時のための洞窟だ。

 小さな子供、俺とリリナにもそれはしっかりと伝えられていて、有事――主に魔物などが来た場合――には此処に避難することになっている。



 中には最低限の日用家具がそろえられており、生活することが可能だ。此処を、俺の氷抵抗で光の屈折を利用して隠れている。

 中では炎電の炎を明かりの代わりに活用しているが、その光量はかなり少ない。

 明かりに気付かれたら、堪らないからだ。


 簡易的な動物の焼肉を作り食べた。味はそこまで良いものでは無かったが、空腹だったこともあって完食した。

 リリナも、流石の技量で文句も言わずに食べてくれる。これには感謝し切れずに今度お礼をすることで決定した。


 非常事態なのに、少しだけ気分が楽になったと思う。床に寝転がるとすぐに睡魔はやってきて、俺は眠った。




 盗賊に襲われる、という体験をした夜にしては、静かな空間だった。


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