第1章~幼少期編~

芽吹かれる運命の種

女神の心は何処に



 俺こと佐藤亮太は、人生最悪に終わった。これほどまでにつまらない人生だとは、俺ですら思わなかった。

 30歳で亡くなった俺の死因は交通事故。


 家族もおらず、友達も、知り合いすらいなかった俺に後悔はたった一つしかない。


――もし、判断を間違えなければ、俺は幸せになれたのだろうか?


 それだけが、俺の最大の難問で、そして求めているものである。


 俺の判断で友人が不良に絡まれ、なんとか助かったものの俺は嫌われ者になった。偶然の産物で仕事には就けず、同期には無職と蔑まれ。

 そして、病気で家族が死に。


 せめて、最後くらいは幸せになる方法を求めたっていいだろう。


――まあ、その声が届くとは思っていなかったのだが。


「教えましょうか?」

「!?」


 突如として聞こえてきた声に、俺は心臓が止まるかと思った。此処は、何も無い光の空間。

 ただ、俺の見上げる先には輪廻が回っていて、死んだということが分かる。


 だから、誰もいないはずなのだが。俺は驚く気持ちを抑えて、後ろに振り返った。


 そこには、絶世の美女がいた。金の髪と瞳、そしてその白い肌は白い服で覆われている。ギリシャ神話の神様に近いかもしれない。


 そんな美少女は、俺に対して微笑みを浮かべていた。


(あ、俺は質問をされているんだ)


「それなら、教えてください」


 俺は、驚く気持ちを抑えながらそう質問した。まるで、何かに縋るように。


「わかりました。転生してください」


 笑みで以って答えた女神。


「・・・・・・・・・・・・・は?」


 え、ちょっと待ってこの人。何言ってんの?

 突然の言葉に理解できずに固まる俺に、女神であろう女性は尋ねてきた。


「何を言っているのか、と?」

「!?ま、まあ」


 思考を読まれた。いや、原理はわからないが、目の前の女性が何かをしたことはわかった。そこへ、女性はさらに言葉を被せてきた。


「簡単です。私の部下が思いっきり貴方の人生を間違えたので、お詫びをしようと」




―――間違ってた・・・・・・・・・・・?


 それは、この美女や転生という内容を全て忘れさせるだけの効果があった。

 ドス黒い何かが込み上げてくる――


(間違っていた!?・・・・・・・・俺の人生が、お前達の判断で、間違っていた!?あの、辛くて死にそうだった出来事も、苛められていたことも、仕事に就けなかったことも、全て、全て!!!)


「・・・・け・・・・・な」

「なんでしょうか?」


 気付けば、俺は小さくそう呟いていた。

 不思議そうに、しかし感情も無く首を傾げる女性に、俺は声を荒げて言った。


「ふざけるな!!俺の、俺の人生はお前達のミスだけで地獄にされたのか!?お前達の所為で!!」

「はい。私の部下によるものです。ですから、お詫びに来たのですよ」


 淡々と喋る美女の顔からは、表情が抜けている。まるで、機械のように。俺は、感情に促されるままに、そして、まるで懺悔のように吐き捨てた。


「お詫び!?お前の部下の責任!?ああ確かにそうだろうな!でも!お前の部下の責任なら、お前にも責任があるだろうが!!お前が最初に言うのは、お詫びとか部下の責任とか、そんなんじゃないだろう!!」

「いえ、部下の責任ですので、私の責任ではありません」

「違うだろうが!?お前の部下なんだったら、お前がしっかりと育てないからそうなったんだろう!?お前等の、無駄なプライドが、一人の人間に地獄を与えたんだ!!それを謝りもせずにお詫びをもってきた!?ふざけるのも大概にしろよ!!」


 怒りが、最頂点に増した。


――それと同時だった。


 フッ、と俺の身体が冷たくなった。ゆっくりと女性を見ると、凍て付いた瞳で俺を睨んでいた。何も映さない、無機質で透き通った瞳。

 悪寒が走り、逃げ出したくなる。


「無駄なプライド・・・・それは、侮辱ですか?私達のような神という立場に向かって、無駄ですと?」


 その言葉は、酷く冷たかった。表情の抜けていた顔も、怒っているのがよくわかる。

 だが、怒りに思考を埋められた俺は、納得出来ない。


(なんだよッ!なんなんだよ!!生まれが違うだけで、地位も違うのか!?こいつが偉いのは、凄いのは!こいつがそれを教われて、そしてそんな空間にいたからだろ!?地上で、地球で、俺と同じ運命を辿れるのか!?)


 どうしようもなく、俺が一番変えたかったもの。

 それが、自分自身だから。




 ――だが、急激に頭が冷えていくのを感じた。


 俺は、分かってしまったのだ。いや、理解させられてしまったのかもしれない。

 こんな何も無い空間につれて来られて、ただ1人、過去を振り返って。


 この美女は、いや、神という存在そのものなのかもしれない。


 こいつ等は――


「生きていない・・・・・・」


 そう呟いた俺は、その視線を美女に合わせた。今も冷たい睨みをしている美女だが、もう怖くない。

 いや、違う。怖い感情を押し殺すだけの冷めた感情が充満してきた。


 同時に、諦めの感情も。


「確かに、神にとってはそういう常識なのかもしれないな。俺にとって、お前はもう生きていないようなものだ。感情が無いからな。」


 ピクリと、女性の肌が震えた。それは、激怒か。屈辱に耐える姿勢なのか。

 俺には、それが分からない。分かりたくもない。


 つまり、こいつ等はただの機械。世界を回すためのただの機械だ。ならば、この生物達には何を言っても意味が無い。


 ただ、淡々と言うことに従えば良いのだ。俺は、フッ、と表情を緩めた。


「もういいや。じゃ、そのお詫びというのをくれ」

「・・・・・・・・・・・・はい。それでは、行ってらっしゃいませ」


 は?え?あ、ちょ待――!


 ゴン!


 堅い鈍器で叩かれたような音と衝撃を残して、俺の意識は暗転した。






















 最後の瞬間、見えたのは幻覚だったのかもしれない。

 泣き崩れたように見えた美女のその姿は、先ほどまでのとは違い過ぎた。

 もし、それが本当の姿なら――


(そうだ。考えが読めるんだっけ・・・・・・・・・・・)


 俺は、もしかしたら馬鹿だったのかもしれない。

 確かに、あの淡々とした者が美女の本当の姿なのかもしれない。でも、その中には、もしかしたら――

 それなら、さっきみたいに、もう一つ願いを叶えてくれ。


(彼女に、すまない、と伝わってくれ)


 もし、それが正解に続く道なら――そうであってほしいと思って。


【称号”神の代行者””女神の心”を取得しました】












_____________________________________








 目を開くと、見知らぬ天井が見えた。確か、最初に彼女が言っていたのは転生。

 なら、俺はきっと赤ん坊だろう。


 その証拠に、俺の意識はすぐに沈んでいった。耐えることも無く、自然に瞼が落ちていく。


「この子の名前はリュウだ」

「ええ。そして、こっちはリリナ」


 ―――二人とも、幸せに大きく育ってくれよ?


 そう、最後に聞こえた。

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