本編

夜の出来事

「や、やめてください!」


 皆様こんばんは。

 私の名前は駆川かりかわ理園りその

 ただいま、絶賛大ピンチ中でございます……!


「いいじゃねーかネエちゃん」

「俺達と遊ぼうぜぇ?」

「満足させてやるよ」


 とまあ、ご覧のように、ガラの悪い男三人に絡まれております。

 いえ、自力で切り抜けようとすれば出来るのですが、生憎私は名誉ある“鋼鉄人形学園”の教師。

 迂闊な手出しをすれば、例え正当防衛であっても……!


「ほら、ネエちゃん行こうぜ?」

「おらっ、こっちだぁ!」

「あぁ、結構ヤバい事になってきたな……」


 男の一人が私の腕を掴んで、路地裏に引きずり込もうとしてきます。

 仕方ありません。

 赴任したばかりではありますが、お世話になりました、“鋼鉄人形学園”……!



「やめたまえ!」



 その声に、私は、男達は、振り向きました。

 そこには、大剣を正眼に構え、“剣礼(切っ先を上に向けた状態で、剣を眼前に持ってくる動作のこと)”をした黒髪の美少年がいたのです……!


「あ? 何だぁ?」

「テメェ女かぁ?」

「この女と何の関係があんだよコラァ!?」


 美少年は剣礼を崩さぬまま、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきます。

 そして切っ先を男達に向けると、凛とした声で言いました。


「僕はその“先生”の生徒だ」

「……あっ」


 そう。彼の顔には、見覚えがありました。


 “鋼鉄人形学園”最強と噂される、姫魚ひめうお黒騎くろき君。

 自己紹介の為に初めて訪れたクラスで見た、彼の凛々しい顔は、忘れようがありません。


「へぇ、“鋼鉄人形学園”の生徒かよ」

「そんなモヤシのくせしてよぉ」

「けど“鋼鉄人形学園”だってんなら、テメェを倒せば俺たちゃ有名人だ!」


 男達がポケットナイフを取り出し、黒騎君に近づきます。ひとまず、私は逃げられたようです。

 けれど、いくら“鋼鉄人形学園最強”であっても、相手は大切な生徒。何かあっては一大事です。

 だから私は、ライフルを実体化させて……。


『駆川先生』

『何、黒騎君?』


 黒騎君は突然、私に話しかけました。


『僕の事を覚えていてくれたんですね。嬉しいです。そして僕が来たからには、もう大丈夫です、先生。全て僕に任せてください』


 構えを崩さないまま、視線だけで私を見つめる黒騎君。

 と、私の中を電流が駆け巡りました。

 何故なら、彼の顔があまりにもカッコ良かったからです……!


「オラァ余所見してんじゃねえぞ!」

「死ねぇ!」

「テメェを倒して有名人だ!」


 男達が黒騎君に襲い掛かります。

 けれど、私は何故か、黒騎君が勝つと信じていました。


「フッ」


 微笑みを浮かべた黒騎君は、素早く大剣を振るいます。


「ぐぁあっ!」


 斬れない用に刃をなまらせているのでしょうか、男の腕は吹き飛びませんでした。

 けれど、一撃で男は倒されました。遅れて、ナイフが転がり落ちる音が響きました。


「テ……テメェ!」

「はぁっ!」

「うぐわっ!」


 すぐさま二の太刀を浴びせ、二人目を倒します。

 ああ、凄い……!


「な……なんなんだよ、テメェ!?」


 三人目の男が、怯えながらナイフを振り回します。

 けれど、黒騎君は気にも留めずに、男に近づくと――


「せぇっ!」


 一撃で、三人目の男も倒したのでした。


「これでも僕は、“学園最強”と呼ばれてるのさ。

 確かにこんな見た目じゃ、信じちゃくれないだろうけどね」


 黒騎君は男達に一言だけ言い残すと、私の元に近づきました。


「さて、大丈夫ですか、先生?」

「は、はい……」


 やっぱり、“鋼鉄人形学園最強”の名前は伊達じゃありませんでした。


「ところで、黒騎君……」

「何でしょうか?」


 どうして、私の胸元を見ながら股間を膨らませているのでしょう? なんて聞けるはずもなく。


「ちょっと怖くなっちゃったから、家にお邪魔していい?」

「どうぞ」


 という、後から考えれば何と恥ずかしい質問を、私はしてしまったのです。

 ところで黒騎君、どうして嬉しそうな表情で、しかも即答したのでしょうか? 有り難いのですけれど……。


 そういう訳で、私は黒騎君の家にお邪魔する事になりました。


     *


「ただいまー」

「お、お邪魔します……」


 歩いて七分くらいで、黒騎君の家に付きました。


「おかえりー、お兄ちゃぁん!❤」


 と、紫色のエプロンを身に着けた、可愛らしい女の子が出迎えてくれました。

 ここに来る途中で聞いた話では、彼女は姫魚ひめうおゼスティアちゃん。“鋼鉄人形学園”中等部の3年生にして、黒騎君の妹ちゃんです。


「ただいま、ゼスティア」

「待ってたよー❤」


 ゼスティアちゃんは私には目もくれず、黒騎君に抱きついています。まるでマーキングをするペットです。

 彼女は可愛らしい子猫ちゃんですけれど。


「それよりも、お兄ちゃん❤」

「何だい?」


 ゼスティアちゃんが、ジトリと私を睨み付けます。

 私は思わず、後ずさりしてしまいました。



「その女、誰?」



 ゾッとしました。

 彼女はドスが物凄く聞いた声で、私の素性を問うたのです。


「ん? ああ、新任の駆川先生だよ」

「先生……」


 黒騎君の声で、ゼスティアちゃんは一瞬だけ落ち着きを取り戻しました。

 けれど今度は、何かに葛藤する様子を見せ、時折私の胸をチラチラ見つつ……そして、こう言ったのです。



「駆川先生! 貴女には負けません!」



 ゼスティアちゃんは、何故か涙目で私に宣戦布告しました。


「は、はい……」


 私は思わず、返事を漏らしてしまいました。


「それよりもほら、先生。どうぞ、上がって下さい」

「はっ、はい!」


 黒騎君に促されてようやく、私は玄関から先に進みました。

 と、電話が鳴りました。黒騎君が走って、受話器を取ります。


「はい、姫魚です……ん、父さんに母さん? 何?


『うっかり予定を二日も間違えたから、帰りは明々後日しあさっての朝になる』?


 うん、わかった。ありがとう。それじゃ、お休みなさい」


 電話が終わったようです。

 戻って来た黒騎君は、ニコニコと眩しい笑顔を浮かべて、こう言いました。


「駆川先生、二晩でしたら泊まっても大丈夫ですよ?」

「では、お言葉に甘えて……」


 黒騎君の眩しい笑みに、思わず二つ返事をしてしまいます。


「む~~~~~っ!」


 ゼスティアちゃんが、恨めしそうに(けれど可愛らしく)私を睨んでいました。


「それじゃ、せんせ……おっと!」

「きゃっ!?」


 黒騎君が私をエスコートしようと手を伸ばし、転んでしまいます。


「ん……大丈夫ですか、先生? って、あぁ……❤」

「んん……黒騎、君?」


 黒騎君は転んだはずみに、私の胸を揉んでいました。

 相当気持ちよさそうです。あぁ良かった、こんな大きいだけの胸でも……って!


「イヤァアアアアアアアアアッ!」

「ぐっ!?」


 気づいたら私は、黒騎君の顔を全力でビンタしていました。

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