最終話「プライド」
「待ちなさい。私が相手になるわ」
不良に恐喝されていた颯を助けるために、割って入った瑠衣。
颯をかばうように前に立ち、不良と対峙する。
「三条先輩……」
颯は不安げに見つめてくるが、瑠衣の心は不思議と落ち着いていた。
誰にも認めてもらえないことの辛さを思えば、唯一の理解者である颯を守ることぐらいなんということはない。
「なんだ、てめえは」
「神月君の声が聞こえてなかったの? 彼の先輩よ」
すごむ不良に対し、平然と答える。
「それから。PC部はオタクの集まりではないわ。インテリと言ってもらいましょうか」
自分のことだけならいざ知らず、颯を侮辱されては黙ってはいられない。
「てめえ!」
瑠衣の言葉に逆上した不良は顔を殴りつけてきた。
「……っ」
後ろに倒れこみそうになるが、なんとか踏みとどまる。
反撃しようと拳を突き出すが、その腕はあっさりと打ち払われた。
瑠衣は、殴り合いのケンカなどをした経験はない。そもそも運動神経もあまり良くない。
不良を相手に力で勝てるはずはなかった。
だが――。
「いくらでも殴ればいいわ。誰か教師に見つかる前に私を気絶させられなかったらあなたたちの負けよ」
瑠衣は一歩も引かない。気を失いでもしない限り、いつまででも颯の盾となる覚悟だ。
その眼光には、不良たちも一瞬怯んだようであった。
しかし、彼らが簡単に引き下がってくれる訳もなく、瑠衣はさらに殴られる。
「先輩……! もういいです……! お金なら出しますから……!」
必死に訴えかける颯だが、瑠衣がそれに従うことはなかった。
「神月君、あなたは下がってなさい。――私の言うことが聞けないの? あなたは私の言うことを聞いていればいいのよ」
「――!」
颯は目を見開く。
今まで通りの不遜ともいえる物言い。だが、そこに込められた意味はまるで違っていた。
瑠衣と颯のやり取りなどお構いなしに拳を振り上げる不良だったが――。
「――でさー」
「へー」
数人の話し声が近づいてくる。
「ちっ」
瑠衣がしぶとく、瑠衣を倒してから金を取る余裕はないと判断したらしく、不良たちは退散していった。
(良かった……)
颯は無事だ。
脱力した瑠衣はその場にへたりこむ。
「先輩……、すみません、僕のせいで……」
悲痛な面持ちで謝罪してくる颯だが、彼が謝る必要などない。
「謝るのは私の方よ。今までさんざんひどいことをしてきたのに、私なんかを気遣ってくれて……。あの時素直になっていればあなたと愛し合えたかもしれないのに、惜しいことをしたわ……」
突然、唇に温かいものが触れた。それが颯の唇であることを認識するまでには、少し時間を要した。
「僕は今でも瑠衣さんのこと、好きです」
「え……?」
颯は瑠衣のことを名前で呼んだ。
聞き間違いでなければ、彼の気持ちは、告白をしてくれたあの時と変わっていないという。
瑠衣の中にあった申し訳ないという思いは、感謝と、そして愛おしいという想いに変わった。
後日。三条家にて。
「お姉ちゃん。紹介するわ。私の恋人の神月颯君よ」
晴れて颯と恋人になった瑠衣は、彼を家に呼んで、それまでは目の上のこぶともいうべき存在だった姉の真里に自慢していた。
「ああ。あなたが瑠衣の。よろし――」
「ちょっと待って」
あいさつをしようと、颯に歩み寄ろうとした真里を瑠衣が制止する。
「え? なに?」
「私の颯君にあんまり近づきすぎないように」
瑠衣ににらまれて、苦笑しながら後ずさる真里。
「わ、分かったわよ……」
「まあ、お姉ちゃんが近づきたくなるのも分かるわ。うらやましいでしょ? こんな美少年が恋人だなんて」
瑠衣は、真里が引いていることなど構わず、ノロケ話を続ける。
「でも見た目だけじゃなくて性格もいいのよ。よく気がつくし、優しいし、頭もいいし。しかも、ずっと前から私のことが好きだったって。見る目がないと思った? 違うわよ。以前の私の数少ないいいところにすら気付けるぐらい審美眼があるってこと! それにね――」
颯の美点を延々並べ立てる瑠衣に閉口した真里は、颯に目で助けを求めるが――。
「瑠衣さんがそんな風に思ってくれてたなんて、嬉しいです!」
止める様子は全くない。
「ほら、こんなに素直でいい子なのよ! お姉ちゃん、こんな風に言ってもらったことある!? ないでしょう!? 最近は私のためにお弁当も作ってきてくれるようになってね、それで――」
そうして瑠衣の自慢話は一時間以上続くことになる。
恋人ができる時期は姉に遅れた。他の男子にモテたこともない。
しかし、瑠衣にとって颯はすべての人に誇れる理想の恋人だった。
Sister's pride 平井昂太 @hirai57
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