第3話「颯の献身」
真里を貶めるような言葉を連ねた結果、朔夜から『醜い』と一蹴された瑠衣は、気力を失い机に突っ伏していた。
場所は、PC部の部室。皆帰った後らしく、他には誰もいない。
――なぜここに来たのか。部員にも自分は受け入れられていない。だが、目の前にあるコンピュータは、優れた頭脳を持つ自分の期待に常に応えてくれていた。人間からは相手にされない瑠衣は、無意識的に道具にすがっていたのかもしれない。
「あれ? 三条先輩?」
無人のはずだった部室で、一人の少年から声をかけられた。
瑠衣は、頭だけ横に向けてその姿を見る。
(神月……君……?)
神月颯。他人をぞんざいに扱ってきた瑠衣が、ことさらに傷つけてしまった相手だ。
「どうしたんですか!? 顔が真っ青ですよ!?」
颯は心配そうに駆け寄ってくる。
――自分には心配してもらう資格すらない。そう思ってはいても、涙があふれだしてきた。
「うっ……ううっ……」
「先輩……」
突然泣き出した瑠衣に戸惑いながらも、何か辛いことがあったのだと察した颯はそのままそばに寄り添ってくれた。
ひとしきり泣いた後、瑠衣は改めて問いかける。
「神月君、どうしてここに?」
「ちょっと忘れ物を取りに。先輩こそ、何があったんですか?」
「私は……、自分には何の価値もないんだって気付いて……」
瑠衣は、虚勢を張っていた時からは一転して弱気な口調で話す。
そんな瑠衣に対して、一番傷つけられたはずの颯が励ましの言葉をかけた。
「そんなことないですよ! 先輩は頭もいいし真面目で立派な人です。価値がないなんて……」
その優しさが胸に刺さり、また涙がこぼれた。
――なぜこんないい人を振ってしまったのか。なぜ自分の方が上だなどと思うことができたのか。
瑠衣は、自分の傲慢さを恥じた。
「先輩はもっと自信を持っていいと思います」
自信――。それなら、今までは持っていたつもりだった。だが、他人を見下したような言動は、自信のなさの裏返しだったのかもしれない。いや、そうだったのだろう。
颯は本当に瑠衣のことをよく見ている。
朔夜に振られ、颯に励まされたあの日以来、瑠衣は放課後は毎日部室に直行し、心配してもらえるようにわざと机で寝るようにしていた。
颯は毎日、瑠衣のお気に入りだった銘柄のコーヒーを買ってきてくれた。
あごで使われていたにも関わらず、そんな中でも瑠衣のことを理解しようとしてくれていたのだ。
いつしか颯は、瑠衣にとって心の拠り所になっていた。
そんなある日のこと。
いつもの時刻になっても颯が現れない。
颯に依存するようになっていた瑠衣は、彼が部室にやってくる時刻を覚えていた。瑠衣のことを心配しているためか、彼は必ず同じタイミング――おそらく授業終了後にコーヒーを買ってすぐ――に来てくれていたのだが。
そのまま待っていてもいいような気がしたが、いつまでも受け身で甘えているばかりではいけないと思い直し、一年の教室に向かってみることにした。
すると、一年の教室に彼の姿はなく、聞いてみたところ既に出ていった後だという。
ならばいつも通りコーヒーを買いにいってくれているのだと思い、そちらに向かおうとしたが、瑠衣は颯がどこの自販機を利用していたのかを知らない。
一刻も早く颯に会いたいと感じていた瑠衣は、学校中を探し回ったが、彼を見つけることができなかった。
入れ違いになったのではないかと部室に戻ってもみたが、やはりこちらにもいない。
(他に神月君が行きそうな場所は……。あっ……)
よく考えてみたら、いつも自分が指定していた銘柄のコーヒーは校舎の外にある自販機でしか売っていない。向かったとしたらそちらだ。
居場所の見当がついて安心した反面、なぜすぐに部室にこなかったのかという疑問も芽生えた。
もちろん、颯には瑠衣のために急いで部室を訪れなければならないなどという義理はない。しかし、彼の今までの行動からすると不自然にも思える。
妙な胸騒ぎを感じながら、校舎裏を歩いていると――。
「おい、いつまで時間かけさせる気だよ? PC部のオタク野郎」
颯が、ガラの悪そうな男たちに詰め寄られている。
恐喝だ。
「とっとと金出せよ」
「そういう訳にはいきません! これから買っていかないといけないものがあるんです!」
あの大人しそうな颯が、不良相手に毅然とした態度で向かい合っている。
買っていくものというのは、十中八九瑠衣のためのコーヒーだろう。こんな時まで颯は自分のこと思ってくれている。
(誰か呼んでこないと……)
そう考えたところで、不良は颯の胸倉をつかんだ。
今から教師を呼びにいっても、その間に颯が殴られることになるかもしれない。
「だったら、痛い目に――」
不良が颯に殴りかかったところで、瑠衣はその腕をつかむ。
「待ちなさい。私が相手になるわ」
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