第2話「真里の恋人」
「神月君、コーヒー買ってきなさい」
放課後。PC部部室。
部活動の最中に、颯の机に硬貨を投げる瑠衣。
颯から告白されてからというもの、瑠衣は、惚れた弱みにつけこんで、彼をこき使うようになっていた。
「は、はいっ。行ってきます」
颯の方はというと、そんな扱いに対して嫌な顔一つせず従う。
さすがにお金すら渡さずに買いにいかせたら、完全に不良の行動になってしまうため、その一線だけ越えないようにしていたが、それでも瑠衣の部活内での評判は最悪だった。
「あいつ、一体何様のつもりなんだ? 颯もあんな奴の言うこと聞かなきゃいいのに」
「颯君かわいそうー。三条のことなんて忘れてあたしと付き合ってくれたらいいのにー」
「お前と付き合うかはともかく、神月なら他にいくらでも相手がいるよな。何をこだわってんだか」
彼らの声は瑠衣にも聞こえている。
それでも行動を改めない瑠衣は、誰からも相手にされないどころか印象が悪化する一方だった。
数分後、颯が部室に戻ってきて缶コーヒーを差し出してくる。
「お待たせしました」
「遅いわよ。いつまで私を待たせる気? あなた私のこと好きなんでしょ?」
他の部員もいる前で、そのように言い放つ。
部員が皆事情を知っているのは、瑠衣のこうした発言のためだ。
瑠衣は、告白を断るだけでは飽き足らず、颯は自分に惚れていると誇示することを繰り返していた。それは、誰の目に見ても嫌がらせ以外の何物でもないだろう。
部員の中には、瑠衣と同じクラスの生徒もおり、徐々に悪評は広まっていった。
教室にも部室にも居場所がない瑠衣は、鬱屈した気持ちで日々を送っていた。
ある日。自宅にて。
「ねえ、瑠衣ー。聞いてよー」
半泣きの真里が瑠衣に話しかけてきた。
学校ではほとんどの生徒から嫌われている瑠衣だったが、天真爛漫な性格の真里は、瑠衣にも普通に接している。
昔の素直ないい子だった瑠衣を知っているからかもしれない。今はその面影もないが。
「なに?」
不愛想な態度で一応聞き返す。
「私今日振られちゃったのよ。何も悪いことしてないのに」
真里の言葉の前半を聞いた時点で、瑠衣は一気に興味を引かれることになった。
(振られた? あのお姉ちゃんが? 確か今お姉ちゃんと付き合っていたのは――)
何人目だったかは忘れたが、真里の彼氏――もとい元カレは、入学以来常に成績最上位を守り続けた天才・
容姿端麗で運動神経も抜群。まさに非の打ちどころがない美男子である。
「へえ、それは残念だったわね」
言いながら瑠衣は、薄ら笑いを浮かべていた。
意識的に真里をあざ笑おうとしたというよりは、自然に笑いが込み上げていた。
真里を振った相手と自分が交際することができたらどうなるか――。
学年内での成績が最上位という点は瑠衣も同様。勉学に対する姿勢なら二人には通じるものがある。
(そうよ。月下部先輩みたいな天才なら、私の魅力だって分かってくれるわ)
月下部朔夜の恋人ともなれば、誰も自分を見下すことなどできない。
瑠衣は、起死回生のチャンスが訪れたのだと感じた。
数日後の放課後。学校の中庭。
「俺に何の用だ? 姉のことで文句でもあるのか?」
長身で目つきの鋭い男子生徒が瑠衣と向かい合っている。
「お呼び立てして、すみません。先輩にぜひお話ししたいことがありまして」
いつになく丁寧な口調で話す瑠衣。
相手は、つい先日真里を振った月下部朔夜である。
「用件なら手短に話せ。俺も暇じゃないんでな」
成績でいえば優等生だが、朔夜もまた愛想が良いとはいえない性格だった。そのような点からも瑠衣は一方的なシンパシーのようなものを感じている。
「はい。姉のことでとおっしゃいましたが、文句は全くありません。むしろ姉は月下部先輩にはふさわしくなかったと思います」
瑠衣は緊張しながらも本題を切り出す。
「さらに言えば、私こそが先輩にふさわしいと考えています……!」
「ほう……?」
朔夜は怪訝そうな目で瑠衣のことを見つめた。
朔夜の様子の変化に気付くこともなく、瑠衣は言葉を続ける。
「姉は昔から頭は悪いし、そのくせ遊んでばかりで、本当にどうしようもない人間でした。言動は軽薄ですし、言葉遣いも適当、周りの迷惑なんてお構いなしに行動して、挙句の果てには自分がバカだということすら自覚していないようで――」
瑠衣は、重複するような内容まで含めて真里の短所をこれでもかというほど並べ立てた。『手短に』と言っていたのを聞いていたとは到底思えない。
そして、話の締めくくりにもう一度告白の言葉を口にする。
「――そんな姉と別れたのは正解だと思います。私なら姉のようには絶対なりません。ですから、これからは私とお付き合いしてください!」
深々と頭を下げる瑠衣。
――真里と別れるという選択をした朔夜ならば、姉とは正反対の自分の価値を認めてくれる。そう信じていた、が。
「醜いな」
「え……?」
瑠衣が顔を上げると、朔夜からは侮蔑の意を込めたような冷ややかな視線を送られていた。
「俺が真里と別れたのは、単に受験に集中したかったからというだけだ。別に悪い印象は持っていない。むしろ他人を貶めることでしか自分の価値を示せないような奴と付き合うことこそ、俺には考えられない」
――本当に優れているのは、姉ではなく自分。そう考えていた瑠衣の価値観が音を立てて壊れていく。
さらにとどめとなる一言を浴びせられる。
「目障りだ。失せろ」
それを聞いて瑠衣が膝から崩れ落ちたのを見ると、朔夜はその場から去っていった。
自分と近い理念を持っていると思っていた、唯一自分を理解してくれるのではないかと期待していた、そんな人からはっきりと拒絶された。
(そんな……。月下部先輩も分かってくれないの……?)
絶望した瑠衣の脳内は、混乱するというよりは、むしろクリアになっていく。
(ああ、そうか……。私、醜いんだ……)
ようやく客観視できるようになった。周りが自分を理解してくれないのではなく、理解した上で避けているのだと。
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