Sister's pride

平井昂太

第1話「コンプレックス」

瑠衣るいちゃんはお姉ちゃんと違って勉強ができて偉いねー」

 十年ぐらい前、親戚の誰かからかけられた言葉だ。

 この言葉が強く心に残っている。

 三条さんじょう家に生まれた姉妹、姉の真里まりと妹の瑠衣。二人はいつも比べられてきた。

 真里は明るく快活だが、勉強もろくにせず遊んでばかりいる。一方、瑠衣は落ち着いていて、勤勉で頭が良い。

 瑠衣にとって姉は、自分の優秀さを際立たせるための存在だった。



 とある私立高校。

 高校二年生になった瑠衣は、放課後、憂鬱な気分で窓の外を眺めていた。

 成長した瑠衣の容姿は美しく、長い茶髪と起伏に富んだスタイルが特徴だ。

 異性にはモテてもおかしくなさそうな外見だが、今の瑠衣に一緒に遊ぶような友達はいない。

「なーなー、三年の三条先輩見にいかね?」

「いいねー。でも、あの人彼氏いんだろ?」

「見る分にはいいじゃねーか」

 同級生の男子数人の話し声が聞こえてくる。

 彼らは、わいわいと騒ぎながら教室を出ていった。

(ふん、何よ。お姉ちゃんのことばっかり。同じ教室に私がいるっていうのに)

 瑠衣は内心で不平を漏らす。

 瑠衣の姉・三条真里は瑠衣とうりふたつの容姿をしていて、こちらは学園のアイドル扱いされている。

 対する瑠衣に友達はおらず、そして、恋人もいなかった。

 中学の頃、真里が告白を受けて恋人ができたという話を聞いた時は、自分にもそろそろそういうことがあるのだろうと期待していた。だが、現実は違っていた。堅物で取っつきにくい瑠衣よりも、気さくで話しやすい真里のもとに向かう男子ばかりだったのである。

 ほぼ同じ姿をしていて、なおかつ自分の方が知的で落ち着きのある性格をしているというのに、姉の方が人気者であるという事実が瑠衣には許せなかった。

(……部室に行こ)

 瑠衣は、パソコンを使ってソフトウェアの活用やプログラムについて学ぶPC部という部活に所属している。

 教室を出て部室に入ると既に何人かの生徒の姿があったが、特に誰かにあいさつすることもなく自分の席に座った。

 しばらく無言のままパソコンを操作していたが、やがて一人の男子生徒から声をかけられた。

「あの、三条先輩。ちょっと分からないところがあるんですが……」

 一年生の神月こうづきはやてだ。

 細身で儚げな雰囲気を持つ彼は、数少ない自ら瑠衣に話しかけてくる生徒である。

 呼びかけられた瑠衣は、わざと面倒くさそうに立ち上がり、颯の隣の席に座る。

「どれ?」

「ここなんですけど」

「そんなのも分からないの? まず変数を宣言して――、数値を代入して――」

 終始偉そうな態度で、プログラムについて教える瑠衣。

 瑠衣は、こうした態度を取ることで、姉に対する劣等感をごまかしている節がある。

 説明を終えて自分の席に戻ろうとする瑠衣の後ろから、颯はもう一度声をかけてきた。

「あ、あの」

「なに? まだ何かあるの?」

「部活が終わった後、少しお時間をいただけませんか? お話ししたいことがあって……」

 その声はかなり緊張しているように感じられる。

 断っても良かったが、話の内容が妙に気になったので時間を割いてやることにした。


「それで? 話というのは何かしら?」

 他の生徒が全員帰って瑠衣と颯の二人だけが残った部室。そこには何ともいえない微妙な空気が漂っていた。

 『話がある』と言っていた颯だが、何度も口を開きかけては閉じるを繰り返している。

 結構な時間が流れ、瑠衣が帰ろうかと思いかけたところで、颯は意を決したような表情で言葉を紡ぎ始めた。

「僕、先輩のこと見ていて思ったんです、素敵な人だなって。それで、その……、僕は三条先輩のことが好きです……! 良かったらお付き合いしていただけないでしょうか……?」

 つい先ほどまでは落ち着き払っていた瑠衣だが、颯の告白を受けて衝撃を受けた。

 ――ついにきた。自分のことを好きになり、告白してくる男子が現れる時が。

 真里に恋人ができたと聞いてから、ずっと待ち望んでいた瞬間だ。

 しかもその相手は多くの女子から人気を集めている美少年。本人には悟られないようにだが、瑠衣自身も彼に見とれることはあった。

 願ってもない申し出。喜んで受け入れようと思ったのだが、その矢先全く別の考えが脳裏をよぎった。

 ――姉の真里は中学生の頃から恋人がいた。それに対し、自分は今ようやく恋人ができるということを喜んでいいのか。

 そして瑠衣の口から出たのは――。

「悪いわね。私はあなたに興味ないから」

 心にもない言葉。

 しかし瑠衣は、自尊心を保つために、このように告げずにはいられなかった。

 美少年から告白されて、それを断るということは、自分がさらに上に立つということだ。瑠衣は、恋愛を楽しむことよりも、自分が人より上の存在であるという優越感にひたることを選んだ。

「そう……ですか……」

 悲しげに肩を落とす彼を見て、胸に痛みのようなものを感じた瑠衣は、あくまで不遜な態度のまま、なぐさめともいえないような言葉をかける。

「まあ、あなたなら相手のレベルを落とせばチャンスはあるんじゃない?」

 今後彼が他の女と付き合えば、自分はその女よりも格上であるという証明になる。瑠衣の考えはこうだった。

「すみません、変なことを言って……。それから、ありがとうございました。聞いてもらえて嬉しかったです」

 冷たく突き放されたにも関わらず、お礼を言って、無理に笑顔を見せる颯。

 罪悪感がないといえば嘘になるが、瑠衣は、平静を装って部室を後にした。

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