第31話・迷い子の居場所は

 「いらっしゃい」

 「こんにちは、あいんおねーさん」


 翌日の放課後、未来理は早速学監管理部室にやってきた。

 目的は、三回通って三郎太に参ったを言わせ、その伊達眼鏡を取り上げることである。

 むしろ次郎などが「やれやれ、やっちまえー」と後押しするようなことを言い、一年生の教室に迎えに行って連れてきたものだ。


 「さて、三郎太をヘコませるために何をしよう?」

 「えーっとですね。さぶろーたせんぱいはとても強い、って聞きました。だから未来理はあたまでしょーぶします」

 「それは名案ね。もしかして、それ?」

 「はい!」


 と、未来理は嬉しそうに手に持っていたトランプを両手で掲げる。


 「まだみかいふーなので、いかさまは出来ません」

 「……あ、あはは…お気づかいありがとね」


 「…なあ、三郎太。あの子あーいう知識どこで仕入れてるんだ?」

 「俺が知るか。お前の性格の悪さが感染したのではあるまいな?」


 人聞きの悪いこと言うんじゃねー、性格が悪いのは事実だろうが、と背中の方でケンカを始める弟二人を放っておいて、吾音は未来理からトランプを受け取ってしげしげと眺める。

 確かに封はそのままだ。モノも、何故か購買で販売している一般的なものだ。それだけに仕込み用の予備を未来理が隠し持っている可能性も無くは無いが、それならそれで、未来理のわけの分からない資質を理解する一助にはなる。




 昨夜、夕食の後で三人は相談した。


 「ね、仁藤亜利が、というか二課が何か企んでるとして、あの子をどうするつもりなんだろ?」

 「さーな。ろくでもないことだろ、といつもなら言う所だけどよ、放っておくわけにもいかねーしな」

 「だな。この件において俺たちのスタンスというものを明確にしておいた方がいい」

 「おっけ。じゃあ未来理ちゃんが、この学校にいて良かったと思えるようにする。わたしたちと同じように、自分の居場所を自分で作れるようにする。いい?」

 「異存なし」

 「右に同じく、だ」


 話は早かった。

 神納未来理の問題ただ一つ、であればここまで簡単にはまとまらなかっただろうが、二課が絡むとあればそうも言ってはおれない。

 桃園の誓いよろしく、吾音の部屋に持ち込まれた湯飲み三つが音を立て、そういうことになっていた。




 「では始めましょーか。何する?あ、あと次郎、お茶…は未来理ちゃんがダメかな?」

 「お茶、美味しいです。いーですよ」

 「ふふふ、お茶の味が分かる子で助かるなあ。三郎太、お菓子」

 「うむ」


 管理部室の中央に位置するテーブルに、家から持ち込まれた茶菓子が広げられる。


 「…いーですね、ちゅうとうぶはお菓子禁止なんです」

 「あー、そういやそうだっけ。好きなもの食べていーよ?」

 「あ、はい…でもおかあさん、ダメですから。一つだけにしますね」


 と言って、散々悩んでから何の変哲も無い柿の種を選ぶ未来理だった。

 後でどうしてそれを選んだのか訊いたら、「お茶にあうからです!」という吾音好みの回答を得られたのだから、つくづくこの部屋に出入りする資格を持って産まれたような子だったのだ。


 「では、始めましょうか」

 「はいです」

 「いつでもいいぞ」

 「…うむ」


 最初にプレイするのは神経衰弱だった。

 ルールも簡単だし、人数的にもちょうどよかったからである。

 ただし、このゲームは未来理もそれほど得意なようでもなく、段々と難しい顔になるのを見てとった三郎太が、さり気なく接待プレイに入るほどで、一切手加減なしの次郎が「空気読め、このバカ」と吾音に椅子から蹴り落とされた程度が事件だった。


 「…うーん、ババ抜きにしようか?」

 「……はい」


 これも、未来理は苦手とするようだった。

 なにせ、とにかく素直で顔に出まくるのである。

 おまけに、接待プレイをしたくなかった吾音が目をつむってカードを引いても、普段の引きの良さが災いして未来理に不利な展開になってしまう有様だったりする。

 姉貴空気読め、と言った次郎が(以下略


 ポーカーやブラックジャックは以上の結果から、やるまでも無かった。

 駆け引き、ということが苦手なのだから、当たり前のことだ。

 大貧民はもう少しいい勝負が出来て未来理もそこそこ楽しそうではあったが、彼女的には三郎太をぐうの音も言わせない程度に負かすのが目的であるし、吾音たちは未来理に愉しんでもらうのとは別に、二課の思惑を計るために未来理の資質とやらを見極める必要もあったから、いい勝負、では物足りないところがあるのだった。


 そうして、いくつかのゲームをやって七並べにかかった時だった。


 「…未来理ちゃん、なんでわたしの手札読めるの…?」


 吾音が、心底不思議そうに問うまでにひとゲームしか掛からなかった。

 とにかく、場に配られたカードとの柄とそれが出されたタイミングなどで、対戦者の手札を読みまくるのだ。

 それを自分の戦略に正しく反映させるのはまた別のセンスが必要であるから、ゲームの勝負としてはそこそこ拮抗はしていたのだが、次郎などは「手札を完全に読まれてる」ことで調子が狂ったのか、普段なら絶対にしないようなミスを繰り返し、早々に三回パスで脱落していたものだ。


 「…ううむ、これは………ぐぬ…」

 「ほらほらさぶろーたせんぱい、こうさんですかー?」


 そして三ゲーム目にもなれば、未来理も自分の有利なことを生かして流れを引き込むことが出来る様にはなる。

 相変わらず調子が出ずに真っ先に負けた次郎と、引き続き敗退はしたが未来理がどうするのかに興味が移っていた吾音の二人は、三郎太と未来理のタイマンを固唾を飲んで見守っていた。


 「……ゲームで負けるわけにはいかんのだが…だがこれは…うぬぅ…」

 「…おい三太夫。言ったらなんだけどもう逆転は無理なんじゃね?」

 「黙ってろ。あと三太夫ではない。三郎太…だ」


 いつものやり取りにも微妙に切れ味が無く、焦りの色が時間と共に濃くなってゆく三郎太は場のカードと手札を往復させる視線の速度を次第に早めてゆきそして…。


 「……まいった」


 と、手からカードをボロボロこぼし、天を仰いだのだった。


 「おー、とうとう三の字が負けを認めたか。やるじゃん、未来理ちゃん」

 「へへへー、さぶろーたせんぱいをやっつけましたっ!あいんおねーさん、これで一回目ですよねっ?!」

 「うん、お見事お見事。はい、三郎太。あんたの負け」

 「ぐぬぬぬ…」


 降参のバンザイをしてから一転俯き、歯噛みする様子はよほど勝者の心の琴線に触れたらしい。未来理はきゃあきゃあ騒ぎながら、吾音とハイタッチなんぞを繰り返していた。


 「……喜んでいるのはいいのだがな、姉さんだって負けたのだぞ?」

 「はいはい、負け惜しみはそれくらいにしときなさいな。わたしは未来理ちゃんが三郎太を負かしたことが面白くて仕方ないんだから」

 「うぬぅ…」


 姉が自分の味方をしてくれなかったことがいたく不満だったのか、普段になく不機嫌な顔を隠そうともしない三郎太である。

 そして次郎の方をチラと見ると、こちらはこちらで何が楽しいのやら、ケッケッケと三郎太の神経を逆撫でするような笑い声を立てつつ、給湯室に向かっていた。挑戦者の勝利を祝して乾杯でもするつもりなのか、冷蔵庫を開けて何やら取り出しているようだった。


 「よし。じゃあ…どうする未来理ちゃん?このまま二回戦行っちゃう?」

 「んー……いえ、また今度にします。さぶろーたせんぱい疲れたみたいですし」

 「そっか。未来理ちゃんはやさしーね」


 そこで三郎太がとうとうテーブルに突っ伏したところで、次郎がジュースを入れたグラスを人数分持ってくる。

 お茶に柿の種も悪くはないが、なんとなく空気の華やいだところで未来理が凱歌をあげるには少し渋すぎるだろうという配慮に、吾音は珍しく次郎を手放しで褒めるのだった。


   〜〜〜〜〜


 「で、どう思う?」

 「どう、と言われてもな…三太夫、どうよ?」

 「確かにあの幼い物言いからは想像もつかないな。あと三太夫ではない」


 その後、しばらく未来理は管理部室で菓子の饗応に喜んで時間を過ごしていたが、中等部の下校時刻も近くなったために次郎が中等部の教室に送ってきてから、三人は今日の出来事について話し合いを始めていた。


 「場に出たカードとさ、プレイヤーが出したカードで手札を推測する…ってことは不可能じゃないとは思うけど、実際自分でやれると思う?」

 「まあカードだけ見ていたのでは無理だろうな。各プレイヤーのクセや勝負のかけどころなどを見極めないとできるものではあるまい」

 「けどあの子は一回目のゲームから読んでたっぽくね?俺なんか狙い撃ちされてた気がするし」

 「あんた未来理ちゃん送り迎えするときに変なことしてやしないでしょうね?…まあきっと次郎が考えなしに読まれやすいプレーしてたせいなんでしょうね」

 「ヒデーな姉貴!…まああんまり考えてなかったのは認めるけど」

 「ふむ」


 高等部の下校時刻となると、実のところあって無きが如しのものだ。

 三人とも下校のチャイムなど気にすることもなく、管理部室に居座りめいめいに思索を続ける。

 次郎はさっき見てきた中等部の教室での未来理の態度を。この部屋で見せていた傍若無人…もとい、天真爛漫な姿などどこへ行ったのか、と思わずにおられないくらいに、どこか怯えた様子を見せていた。

 そして同級生の態度もまた、次郎がいたことで多少の遠慮はあったのかもしれないが、それを割引いても、未来理が自分らしく学校生活を過ごせてはいないだろうな、という空気を嗅ぎ取ってしまったのだった。

 三郎太はまだ何か考え込んではいるが、実のところこの部屋の住人で未来理が一番懐いているのはこの魁偉な風貌の次男だというのは長姉と長男の一致した見解だったから、まず未来理のためにならないことは考えてはおるまい。

 そして吾音は、というと。


 「…ね、わたしに考えがあるんだけど」


 いつもの通り、いいこと考えた!…と、悪いこと思いついた!…のハイブリットみたいな笑顔で、二人の弟に何事かをぶち上げる。


 「姉貴がそーいう顔でそーいうこと言うともれなく俺らに被害が及ぶんだんけど…」

 「そう言うな。結果的には丸く収まることも少なくないのだからな」

 「俺は結果のことに言及してんじゃなくて、経過における被害の多さに抗議してんだよ」

 「ちょいと二人とも?内心の抵抗まで封じる気は無いけどせめてそーいう台詞は本人のいないところで言ってくれない?」


 本人のいないところで言っても野性的な説明不可能な嗅覚で察知するじゃねーか、そうだなその上できっちり折檻かましてくれるしな、と思ったのが顔にでも出ていたのか。

 吾音はこの場できっちり言い含めようかと口の端をもにゅもにゅさせかけたが、それは家に帰ってからでいいかと考え直し、そして立ち上がるとテーブルに両手をついた大仰な姿勢で、こう言った。


 「未来理ちゃんをね、ウチの学外部員にしてしまおうかな、って」

 「未来理ちゃんを?」

 「学外…部員?」

 「そう」


 ぽかんとした弟二人の顔を満足げに見渡すと、吾音は仁王立ちで両腕を組み、言葉を続ける。


 「いちおーさ、伊緒里んとこに提出してある学監管理部内規には『必要や要請に応じて学外の人員を部員として登録できる』ってのがあるし、誰にも文句は言えないと思うのよ。必要とかいうのを適当にでっちあげる必要はあるけど、そんなもんどーにでもなるでしょ」


 実際、吾音であればやると決めれば関係各所を言い包めることなど花のような微笑みを浮かべながらやってのけるだろうが、それでも弟二人は「いいんかな」という表情を浮かべて顔を見合わせるのだった。

 そして次郎がアイコンタクトで「…任せる」と弟に告げると、三郎太は片手の掌を姉に向けて、こう言った。


 「姉さん。俺は反対だ」

 「え?」


 意外な展開に若干面食らう吾音。基本、自分には従順な三郎太だったから、その次男に反対されるというのが少しばかり驚きだったのだろう。

 だが、兄弟の姉はそんなことで子供っぽい癇癪を炸裂させるほどの器量無しでは無い。

 ふむ、と小さく頷いて椅子に腰を下ろし、三郎太の次の言葉を待つ。


 「三の字がそこまで言うんなら何か理由があるんでしょ。いいわ、言ってみて」

 「うむ。といって姉さんが言った言葉そのままなのだがな」

 「…どゆこと?」


 小首を可愛く傾げて、吾音は尋ねた。


 「あの子が、この学校にいて良かったと思えるようにする、俺たちと同じように、自分の居場所を自分で作れるようにする。そう言っていただろう?この部屋にあの子の居場所を作るのでは…確かに今の居心地の悪さは解消出来るだろうが、それは自分で作ったものではあるまい」

 「…おめー、よくそんな細かい話覚えてんな」


 真剣に感心したように呟く次郎を、お前の記憶力が雑なだけだ、と三郎太は睨む。

 そして吾音の方は、唇に人差し指を当てつつしばし三郎太の言葉を咀嚼すると、得心入った、という顔を上げて言った。


 「そうね…まあ、確かに三郎太の言う通りかも。未来理ちゃんがそれで救われるんならいいけど、いつもわたしたちが一緒にいるわけにいかないんだし。うん、わたしが考え無しだったわ。ありがとね、三郎太」

 「…だってよ」

 「……い、いや姉さんが恐縮する必要はない。姉さんがみ…神納を可愛がり過ぎて嫉妬しただけなのだからな」

 「おめーはたまに臆面もなくシスコンになるよな」


 三人の間でだけ時折見せる、三郎太の狼狽顔。伊達メガネがずれていたのが、余計に二人の笑いを誘っていた。

 そんな姿に次郎は半ば呆れ半ば安堵し、一方吾音は満足げに、末弟の珍しい姿をしばし堪能すると、吾音が長姉らしく立ち上がって宣言する。


 「あはは…まあそこらも含めてあんがと、二人とも。じゃあ…とりあえず各々のコネと伝手で未来理ちゃんを助ける…じゃないわね、未来理ちゃんが自分で自分の居場所を作れるような手立てを探すこと。いい?」

 「おーけー」

 「うむ」


 立ち上がり、帰宅の途につく。

 姉弟の間での合意は何よりも固いのだと、言葉にせずとも知っている三人だ。


 「で、姉貴。俺は俺で早速自分の伝手にあたってみっから別に帰るわ」

 「そ。別にいーけど。あ、伊緒里によろしくねぇん」

 「仲睦まじいのは結構だが、乳繰り合うのは程々にしておけよ」

 「しねーよ!つか乳繰り合うって俺と阿方はどんな関係だってんだよぉ…」


 まあ、帰り道は別々になりそうなのだったが。

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