第29話・学監管理部的ちょーほーかつどー

 「どーする?」

 「どうするもなんもないんじゃね?」

 「どうせ伊達眼鏡だ。渡してやっても構わんが」


 『リンゴジュース。四十秒以内に。はい次郎ダッシュ!』

 …の一言でパシリをさせられた次郎が、締め切り二秒前に間に合うように買ってきた紙パックのジュースを両手にぽやんとしている未来理を余所に、三人は額をつき合わせるようにして相談している。


 「そーいうことじゃなくってさ。なんで三郎太の眼鏡なんか欲しがるワケ?あの子」

 「なんか凄い狩りをした証明みたいなもんじゃね?あの鵜ノ澤三郎太から持ち物を奪ってきたー、みたいな」

 「少しは真面目に考えろ、アホ」

 「あー、待って三郎太。意外と次郎の言うこと当たってるかも」

 「ん?」

 「どういう意味だ?姉さん」

 「ほら、さっき言ってたでしょ。『取ってこいって言われました』って。誰かにそそのかされたとか命令されたとか、そんな感じで」


 吾音の推測に、弟二人は揃って嫌な顔をする。

 神納未来理、という名前は彼女の持っていた生徒手帳で確認した。

 一年五組。間違い無い。

 中等部の一年生にしては確かに小柄なのだが、そこに言及すると面白くない人物が約一名ほど居るので誰も触れなかった。

 吾音は、次郎と三郎太の間から件の生徒をのぞき見る。

 与えた紙パックにストローを挿して口にしている様は、十二、三歳にしては確かに幼い印象だが、それ以外は普通に可愛い女の子にしか見えない。

 身長の割には少しばかりぽっちゃり気味ではあるが、健康的である証しの範囲を越えてはいないし、短い髪を更に片側に短くまとめ、それをイチゴのアクセサリーのついた髪留めでしばっているところなど、吾音ならずとも「わぁ、かわいいなぁ…」と素直に思えるのだったが。


 「…あんま考えたくはねーなぁ」


 次郎がぼやく通り、そんな少女が高等部でも名を轟かす強面の先輩にちょっかい出してこい、などと同級生だかなんだかに言われているところは想像したくはないものだった。


 「とりあえずさ、詳しいことを訊いておいた方がいいと思う。三郎太はちょっと離れてそれとなく様子見してて。次郎は…中等部の一年五組に探り入れといて。とりあえずネットだけでいいと思う」

 「りょーかい」

 「分かった」

 「さて、わたしは、と」


 次郎と三郎太、それぞれに行動を開始したのを見て、吾音は退屈し始めた様子の未来理に近歩み寄る。


 「ごめんね、待たせちゃって。美味しい?」

 「はい!ありがとーございます」

 「ん。元気だねー」


 吾音は本心からそう答える。

 何があるのかは知らないが、悪い子には見えないし、と、普段弟二人に見せるような保護欲がむくむくと沸く笑顔だった。


 「えと、それでね。三郎太の眼鏡を取ってこい、ってどーいうこと?未来理ちゃんが困っているなら、おねーさん力になっちゃうよ?」

 「あー…えっと、ですね。未来理のクラスの、みんなにー、とってきたら仲良くしてやるぞー、っていわれたのです」

 「ふうん。未来理ちゃんさ、クラスのみんなと仲良くしたいの?」

 「………はいっ!」

 「そっか。大丈夫、未来理ちゃんなら仲良くなれると思うよ?」

 「…そーですね。未来理もそう思いたいです…」


 自分の言葉に応える様子を見て吾音は、その表情からはほど遠いほの暗い感情が胸中に満ちていくのを感じずにはいられなかった。

 どうも健気過ぎて信じられないのだが、何かしら自分のクラスでトラブル、あるいは気持ちのよくない目に遭っているのは確かなようだった。

 あとは次郎の調査待ちか、と気を取り直し、話を聞き出すのではなく自分たちのことを話してあげる。

 この部屋で過ごした時間が悪い思い出になるのはイヤだな、という吾音のわがままによるものだったが、それで未来理がいちいち感心したように、うなったり笑ったりしているのは、吾音には救いになっていたように思う。




 「姉貴。おっけ」


 そうしていたのは十分ほどのことだったろうか。

 次郎の合図でそちらを見ると、いつの間にか三郎太も次郎の後ろからノートPCの画面を睨み付けていた。


 「ん。じゃあさ、未来理ちゃん」

 「はい?」

 「三郎太の眼鏡なんだけど…実は、一回目ではあげられないの」

 「え…?」


 深刻なことを告げるかのような吾音の重々しさに中てられてか、未来理は暗い顔をして吾音を見つめる。


 「…んん、っと。実はね、三回ここに来て、三郎太とハイタッチをしないと…眼鏡は手に入らないんだよね。どう?」

 「ええっと…つまり、未来理は三回さぶろーたセンパイにあいにきて、おんなじくらい背がのびれば、メガネをもらえるってことですか?」

 「ぷっ…あは、未来理ちゃん面白いなー。そだね、そうしないとハイタッチは無理だもんね。でもね、未来理ちゃんがおっきくなる必要は無いんだ」

 「…どーいうことです?」

 「三郎太の方をちっさくしてしてしまえばいーんだよ。こうね、未来理ちゃんに、『参りました!』ってペコっとさせれば未来理ちゃんとおんなじくらいになるでしょ?」

 「…おお~」


 感心したように口を丸くしている未来理。


 「というわけだから。今日は自分のお家で作戦を考えておくこと。三郎太を参らせるのは大変だよー?」

 「…ですねー。わかりました。未来理はかえってかんがえてみます」

 「ん。がんばれ。で、次郎ー?」

 「あいよ。分かってる」

 「よろしく」

 「んじゃ。未来理ちゃん、自分のクラスに一度帰ろうか?おにいさん送っていっちゃうよー?」

 「はい。しみったれたおにいさん、よろしくおねがいします」

 「…俺は次郎おにいさん、だからな?」

 「はい。じろーセンパイ、ですね」


 何か釈然としない顔ではあったが、次郎は吾音の意を汲んで未来理を連れて部室を出て行く。

 去り際にこちらを見てぺこりと頭を下げる未来理を、吾音は満面の笑みで手を振り見送った。


 「…さて、次郎の作業覗いてたみたいだけど。何か分かった?」

 「中坊どもの掲示板サイトだがな。やはりあまりいい扱いをされてないらしい」

 「でしょうね…。あーもー、どーすっかなー。正直中等部にまで首突っこみたくないんだけどねー」

 「そういう割には、えらく乗り気じゃないか。姉さん」

 「そりゃまーね。未来理ちゃん気に入ったし。まあ中等部が相手なら三郎太の出番だしね。その轟かせた悪名、役に立ててもらうわよー?」

 「好きでやったみたいにいわないで欲しいのだがな」


 去年のことである。

 中等部の「やんちゃ」な一団が三郎太にケンカを売ってきたことがあった。

 当時の三年生…まあ今年は高等部の一年生になるが…が、既に中等部を卒業していたセンパイにお礼参り、という程では無いが、強面の割には実は物静かなところのある三郎太を舐めまくって、取り囲んだのだった。

 三郎太が普段大人しくしているのは腕っ節に自信が無いからではない。姉の吾音に迷惑がかからないようにしているだけである。ちなみに理事である祖父のことは露程も気にかけてない。


 「あの連中もアホ極まったわね。武器持ってくれば三郎太が顔色無くすとでも考えてたのかしら」

 「よく分かってない馬鹿共にどう思われようが構わんさ。ま、こちらも男振りが上がったわけだしな。その点だけは感謝出来なくもないところだ」

 「…流石に角材で頭どつかれた時は本気で心配したわよ」


 三郎太は苦笑しながら、その時の吾音の様子を思い出す。

 吾音は、羽交い締めで抑えようとしている次郎の足を踏んづけるわ腕に噛み付くわと、三郎太を助けに入ろうと必死だったのだ。

 その時次郎がどうにか放さなかったおかげで、吾音はケガをすることもなかったしもしそうなっていたら…多分三郎太は年少にでも入っていたことだろう。


 「ま、その点に関しては次郎に感謝しているさ。姉さんを抑え込んだから学内だけの話で終わったんだしな」

 「…それで思い出したんだけどさ。三郎太、あの時どーやって始末つけたの?警察沙汰にこそならなかったにしても、病院に行った人数、二桁に届いてたでしょ?確か」

 「いや何も?普段の心がけが良かったんだろうさ」

 「むー…」


 納得いかない、という顔の吾音。

 あの時は吾音も頭に血が上って冷静な対処が出来そうもなかったので、次郎のコネでなるべく角が立たないように手配したのだった。

 無論、ケンカ相手だった連中にも言い含めて。というか、同じ高等部の生徒になってからは、そこそこ上手くやっている。これが吾音のつけた始末だったとすると…同じ学校には通ってはいなかったことだろう。きっと。


 「にしても…次郎、おそいわねー」


 悪だくみで弟に後れを取ったのが面白くないのか、パイプ椅子に腰を下ろし、足をブラブラさせながら吾音はぼやく。


 「中等部の校舎がどれだけ離れてると思ってるんだ、姉さんは」

 「それもそっか…っていうか、そうなると未来理ちゃん、歩いてきたってことになるわよね」

 「…それもそうだな。ここからだと十五分近くかかるはずだが」

 「もしかしてだけどさ、あの子見た目の印象通り、ってだけじゃないかもね」


 いつも通りの悪党の笑みを取り戻す吾音。

 別に未来理を疑っているわけではないのだろうが、何かと裏を読んだりとったりが好きな性質だ。

 ただ、今回に関しては念のため、ということもあるのだろう。


 「三郎太。ツール立ち上げて。学校側の情報仕入れとこ」

 「神納未来理のか?気になることでも…あるのだろうな」

 「ま、ね。今のところ勘に過ぎないけど」

 「姉さんの勘ならアテにはなるだろうな。少なくとも次郎のコイントスよりは、よほど当たる」

 「褒め言葉じゃないわよ、それ」


 といいながらも、ノートPCに向かい腰掛けた三郎太の後ろに立つ。

 最近は使う機会も減ったが、学校側のVPNに繋ぎ、生徒の個人情報を扱うデータベースに接続する。

 もちろん、個人情報に無暗にアクセスするわけではない。吾音たちが接触するデータは全て、経研があまり表沙汰に出来ない内容のものだ。不正アクセスがバレたところで経研もろとも自爆する覚悟は出来た上でやっている。


 ちなみに当然のことながら、吾音たちはこの手を使えるようになって真っ先に、自分たちのデータがどうなっているかを確かめた。

 結果、シロ。当たり障りのないデータばかりだった。

 初等部からの身体情報が全て記載されていたのを見て、吾音が「乙女の秘密をなんだと思ってるのよ!」と憤激したくらいのものだ。

 そして勿論、それで学校側、あるいは経研が学監管理部に怪しげな触手を伸ばしていない証明になる、などと能天気に考えているわけもない。

 どうせこっちの手の届かないところでイヤらしい真似してるに決まってるさ、とは次郎の弁だったが、吾音も三郎太も全く同感なのだった。


 「…経研の共通サーバーには無いみたいね。二課のは覗ける?」

 「二課か?直接は無理じゃないか?」

 「んー、こないだキーを手に入れたっていってなかったっけ?」

 「あれは一回きりのワンタイムパスワードだ」

 「あちゃあ…だったらもー少し有意義に使えばよかった」

 「二課の新入社員歓迎会で披露する隠し芸の演目なんぞ調べるからだ」

 「だって何か弱み握れると思うじゃん、そんなタイトル見たら」

 「…まあ、面白くはあったがな」


 そのままツールを操作する三郎太。

 体系化されたデータベースには、それらしいものは見当たらない。


 「…ダメか。あるいはデータベース化されてないとか、かな」

 「そんな効率の悪い真似をするか?あのこまっしゃくれた連中が」

 「分かんないじゃん。すごく規模の小さいデータで、データベースにするほどでもないとか。個人のファイル単位で管理してたっておかしくないでしょ」

 「となると、データベースではなくファイルサーバーをあたった方が良さそうだな」


 データベース管理ソフトをシャットダウン。正規のログアウトの手続きなぞ、当然とらない。

 代わりにファイラーを起動。これも、特定のサーバーに対してのみ動作する、葵心の紹介で手に入れたソフトだった。


 「…佐方同徳、は無いわね。まあ無理もないか」

 「何か怪しいことがあったらすぐあのおっさんに繋げるの悪いクセだと思うぞ、姉さん」

 「なによー、誰がどう見たって妥当な人選じゃん…あ、こっちは?仁藤亜利だって」

 「二課の課長か…どれ」


 PCのタッチパッドを繰って吾音の指さしたフォルダを開く。


 「…整理がなってないわねー。ファイル直置きでタイムスタンプも無茶苦茶じゃん」

 「性格がうかがえるな。会ったことは無いが多分がさつな性格なのだろうな」

 「あはは、だったら佐方のおっさんとお似合いってもんだわ」


 本人が聞いたら卒倒しそうなことを言い合う二人。


 「…ダメだな。一つ一つ確認しないと分からないだろう。ファイル名まで支離滅裂だ」

 「支離滅裂っつーか本人にしか分からないようになってるみたいね。直接開くとヤバそうだし…あ、更新時間でソートしてみて?」

 「ん、分かった…で、何が分かる?」

 「最近アクセスした順ならまだ何か分かるんじゃないかと…これ、未来理ちゃんの学籍番号じゃない?」

 「…ほう」


 吾音が指さした画面上の位置を、三郎太も注視する。

 そこに表示されていたファイルの名前は、確かに未来理の学籍番号に一致する。

 通常十二桁の学籍番号と全く同じ数字というのは、関連性を疑ってもおかしくはなかった。


 「…アタリ、かどーかは分かんないけど分捕っておいてもいいかもね」

 「暗号化されてたら面倒だがな…」

 「まあそれにしても迂闊なことよね…この仁藤ってヒト、そーとーなおっちょこちょいなんじゃないかしら」

 「そのお陰で手がかりが手に入るかもしれないんだ。そう悪し様に言うものでもないだろう」

 「…三郎太はほんとーに優しいわねー」


 次郎を待つ間に、成果が一つ。当たりだとすれば、だが。

 それでも、未来理の境遇を知れることは前進には違いなかった。

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