第18話・計り事はテーブルの上で錬られる

 三郎太とは一応、昨日伊緒里から仕入れたネタを検討した。

 正体が分かるや否やカチコミかけようとする弟を止めるのには苦労したが、今の所は周囲を探るだけに留めることで最終的に意見は一致し…というか次郎が三郎太を説得し、昼休みはなんとか平和のうちに終わろうとしている。


 「あとな、一応おめーの耳にも入れておくけど。姉貴が実は末だったって話、会長の耳にも入った。そのつもりでいてくれ」


 そしてこの一言が平和の維持にどれほど影響を与えるかは次郎にも確信は得られていなかったものの、うっかり伊緒里から話題にされてしまっては家庭崩壊の危機にもなりかねず、悩みながらも付け加えざるを得なかった。何せ、口止めの件が有効なのは吾音に対してのみなのだから。


 「次郎がそう判断したのなら是非も無い。要は姉さんにそのことが知られなければいいんだろう」


 が、意外にも三郎太は物わかりのいい、というよりも次郎に丸投げするような態度で事の次第を受け入れたのだった。


 「一応言っておくが、会長が知っていることも知られないように、だからな」


 次郎の念押しにも三郎太は無表情で頷く。


 「…ホントーに分かってるんかいな」

 「会長女史には口止めしたのだろう?なら今までと同じようにしていればいいだけのことだ。彼女が約した言葉を違えるわけがない。次郎の方がよく分かってると思ったがな」

 「まーそうなんだけど…」

 「歯切れが悪いな。どうした、でぇとなどして焼けぼっくいに火でもついたか」

 「一度たりとも焼けた覚えなんかねーよ。あとデートじゃねー」


 渋い顔でぼやく。

 一体俺と会長は周りからどう見られてんだ。葵心さんといい、三郎太といい。

 …と思って、そういえば吾音にはまだ深く追求されたことがないことに気付く。

 からかわれるのは毎度のことなのだが、ガチのマジトーンでそういう話になったことは無い。


 (いやまあ、姉貴がそーいうことに喜んで首突っこむようなタイプじゃねーのは確かなんだけど…)


 そう思うこと自体が迷っている証しだということには思い至ることもなく、何を考えているのかよく分からない三郎太と予鈴の鳴る時間まで、通りがかる生徒もいない体育用具室裏でたむろしていた。


   ~~~~~


 「次郎ー、あんさ、あんた昨日さっさと帰ったでしょ?」

 「唐突に何なんだ。情報収集だと言ったじゃんか」

 「いやそれはいいんだけど」


 いつもながらの学監管理部室。ダイスを転がしながら吾音は思い出したように、ゲームマスターを務める次郎に聞いた。

 今この部屋で何が流行っているのか、と言えばRPGなのだった。それも、ゲーム機の方では無く、紙と筆記用具とサイコロと会話で行う、古典的なテーブルトークの方だ。

 もっとも、内容はと言えば市販のルールブックだけ拝借して、学内の事情をネタにシナリオを作るというもので、どちらかと言えばゲームよりもブレーンストーミングに近いものだったが。


 「十二。姉さん相変わらず引きが強いな」

 「ふふーん。悪運の強さなら誰にも負けないわ。じゃあこれで、自治会の介入は回避、と…それで思い出したんだけどさ、なんか今日はえらい伊緒里の機嫌が悪くてねー。もしかして昨日伊緒里と会ってたりしなかった?」

 「いんや。葵心さんとこには行ったけど、ちょっと話してただけだし」

 「あ、そ。ってか、最近では珍しく向こうから突っ掛かってきて。あの子がわたしにちょっかいかけるのって、大体次郎絡みのことが多かったからねー…ほら、三郎太」

 「うむ…三か。失敗だな」

 「ホント、三郎太ってダイス振っても三出すことが多いわねー。半分くらい行くんじゃない?」

 「十二面ダイスで半分も三が出たらイカサマ確定だろう。で、次郎?進めてくれ」

 「…お、おお。えーと、姉貴は会長にちょっかいかけられて…」

 「そっちじゃないわよ、ゲームの方。伊緒里は今回のシナリオ関係無いでしょ」

 「……次郎」


 気もそぞろ、という態の次郎を、二人は心配半分苛立ち半分という感じで見ている。


 「らしくないじゃん。伊緒里の名前出した途端にそれじゃあ、何かあったって自白してるも同然でしょ。で、何があったの?」

 「いやなんも。姉貴の心配するようなこたーねーよ」

 「ふーん。まあ次郎がそういうんなら信用するわ」

 「おー。んじゃ先進めるよん」


 次郎の今回書いたシナリオは、三人が高等部に編入する前の年にあった事件を題材にしている。

 発端自体は割に単純な、というかこの学園では日常茶飯事な、経研の仕事とされてるが実質二課研が主導していた、自治会長選挙への介入だった。

 時の立候補者の一人が二課の息の掛かった人物で、かの人物を当選させようとあれやこれや選挙運動に裏から働きかけた事件、とされている。

 当時の本命候補は立候補した際、二課の影響を排除しようとしていろいろ画策した際に、二課の関与の証拠とされるものを手にし、最終的にはそれが表沙汰になることは様々な取り引きの結果無くなったものの見事二課に手を引かせて、真っ当な選挙を経て二課の後ろ盾を得ていた対立候補を破った…という顛末だった。

 そしてこれが切っ掛けとなって後の自治会長選挙も二課の影響を退ける方向で運営がなされるようになり、去年伊緒里が一年生の身で立候補した時にも、与しやすしといろいろ二課が関わろうとして、吾音を始めとする学監管理部の三人がその排除に力を貸した、ということもあったがまあ、それは別の話である。


 「…分かっちゃいるけど悪役をやらされるのはねー。まあ当時二課にわたしがいたら、候補Bを当選させられてたと思うけど」

 「中学三年生に出来るこっちゃないわな。まあ姉貴なら本当にやりそうだけど…」

 「ふふん、その手腕をたっぷり見せてあげるわ。次郎、チャット開いて」

 「あいよ」


 吾音は二課研の課長として、二課の推す候補Bを当選させるのが目的。

 一方の三郎太は候補Bとして、学外の協力者の存在は知っているものの何をやっているのかまでは知らされない、というルール。であるため、吾音は二課の手立てについては三郎太に聞かれないよう、ゲームマスターの次郎とは備品のノートPCを使ってチャットでやりとりしていた。


 「…了解。三太夫、そっち陣営に選挙管理委員会から選挙違反の確認の打診があったけど。運動部会に予算の配分をエサに票の取りまとめを依頼した、っつー内容で」

 「愚策もいいところだろう、それは。そんな簡単にばれる真似をする阿呆がいるわけがない」

 「一応史実にあるんで。メモ見てもいいから、どう反論するか教えてくれ」

 「ふむ…」


 と三郎太は手元にあるA4用紙二十枚ほどの資料に目を通す。

 これは実際に起こったことを時系列にまとめたもので、伊緒里の選挙の時に三人が調べ上げたものだった。当然、表沙汰になっていない事実の方が、記載されている量としては多い。


 「…事実無根として選管に抗議……ああいや、それは候補A陣営の仕業だとして反対に選挙違反だと訴え出てみようか」

 「へー、そりゃまたどうして?」


 ノートPCの画面を睨みながら次郎は問いかける。史実としては三郎太が最初やったように、選管に抗議をしただけだったが、三郎太はむしろその先に斬り込んでいた。


 「実際にそんな真似してないしな。疑いがあるのであれば、何か証拠はあるのだろうが、それがこちらのものかどうか確証が無いのであれば、どっちがやっていたっておかしくはない。それなら対立候補の仕業だと騒ぎ立てる方が、最終的になあなあになるだろうしな」


 吾音が対面の三郎太の顔をチラと見た。


 「…あと三太夫ではない。三郎太だ」

 「はいはい…候補A陣営はそれを受けてそれこそ事実無根と再反論。二課研はどうする?」

 「対立の事実を流布にかかるわ。っていうか三郎太、その手去年わたしが使った手じゃん」


 バレたか、とでもいう風に三郎太はニヤリとする。


 「…まーね。伊緒里がそんな真似するわけないって分かってたし、証拠はどーせ二課研がねつ造したもんだと思ったから、そっくりそのまま対立陣営に押しつけて成功はしたんだけどさ。あの時二課が選挙違反の事実認定で両陣営が対立してたことを吹聴してたらどうなったか…って思うのよね」

 「このゲームとは前提条件が違うからな。会長女史の人気であれば、学内がどうとるのか計算したんじゃないのか」

 「うーん…今だから思うんだけどさ、違反でもって対立してたのなら、むしろ二課としては矛先変えて伊緒里に乗り換えるのも手だったんじゃないのかな。二課の目的は自治会長職の傀儡化なんだしさ」

 「仮にそうなったとして会長女史が二課のいいなりになって甘んずると思うか、姉さん?」

 「全然。けど二課がそこまで伊緒里の人品見定めてたとも思えないのよねー。一年生だからって舐めてた節もあったし。どうも去年の二課の手口思い出すとさ、ちょっと柔軟性に欠けるっていうか最初の目的に拘泥し過ぎてたっていうか…」

 「人事は去年も今年も代わっていないはずだが」

 「そうなのよねー…。伊緒里自身に拘りがあるってなら、去年のうちに方針転換してるだろうし、でも今年になって二課の課長の身内使って伊緒里にちょっかい出してるってのが何か引っかかるっていうか違うっていうか…」

 「……あー、姉貴。気になるのはわかっけど、ゲームは昔のことだし、話進めていい?」


 吾音と三郎太の対話はいつの間にか現在のことになっていたため、次郎は軌道修正を図ったのだが。


 「…次郎、バカ。もともとこのゲーム自体現状の整理と把握も兼ねてるんじゃない。今の話を封じるんならゲームする意味も無いわよ。それとも伊緒里の話はしたくない?」

 「いや、そーいうわけじゃねーけど」


 苦笑いの次郎を吾音は怪訝な目で見つめる。


 「でも、今気になってることを考えるにはちょっと向いてないかもね、このシナリオ。いーわ、伊緒里のことは後回しにして一応ケリだけつけてしまいましょ」

 「…ん、分かった」


 伊緒里の話題から離れるのは構わないが、シナリオにダメ出しされるのもそれはそれで面白くない次郎だった。

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