第11話・赤リボンちゃん、颯爽
「…そして、今に至る、と」
「誰に言ってるんだ姉さん」
遮蔽物のない廊下の、角に隠れて飛び来るBB弾を避けながら三郎太はそう姉にツッコんだ。
「まあねー、指定された時間になった直後に討ち入り開始したので意表はつけたと思うんだけど」
「…それこそ向こうの思うつぼだったんじゃないか?」
部屋を出て五分経ったらいつ始めてもいい、という言葉に従って五分きっかり経過した瞬間に、目の前にあった会議室に乗り込んだ。
中にいたのは何か準備作業中をしていた研究所の所員たちが十人ほどで、高等部の制服の男女二人がいきなり乱入して電動ガンをぶっ放した様には慌てていたものの、「ふざけんなこのガキ!」とゆー叫び声を背に部屋を退去した頃には館内放送で佐方が、ゲームの経緯を簡単に説明し始めていた。
曰く、これは訓練であり、高等部の生徒に協力してもらってテロリストが侵入したという設定なので、サバゲー部の部員は銃を持って対処し、フロアの警備担当はマニュアルに則って対応せよ、ということだった。
「…サバゲー部の部員がホンモノの銃持ったテロリストに対処するもんなのかしら」
「実は実銃持っていたりしてな」
「このガッコの場合あり得なくも無いケド、それが自分に向いてきたらと思うとゾッとしない話ねえ。さて、そろそろバッテリーも心細くなってきたとこだけど…」
と言いながら吾音は、角から銃だけ出してひとしきり弾をばらまく。二人分くらいの「ヒットー…」という悲しげな声が聞こえてきた。
「あと何人くらいいるんだ?」
「さあ?それより、向こう側から誰か来る声がするわよ。挟み撃ちにするにしてもお粗末なことよねー」
違い無い、と苦笑した三郎太がさっさと迎え撃ちに向かう。
「三郎太ー。全滅させたら銃奪っておいてー」
三郎太は、とっくに持ち替えていた現武器であるSCARの銃口を振ってそれに応えた。
「…さーて、こっちは、と…」
顔半分覗かせると、怒り沸騰の顔で若い所員が三人、こちらに駆けてきていた。
「撃たれて死ぬわけじゃないにしても、雑な行動よねー…じゃあ、と」
吾音はポケットから、奪っておいたBB弾補充用のボトルを取り出し、フタを空けると中身を床にぶちまけた。
BB弾はザーッと転がっていき、駆け寄ってきていた所員たちの足下をすくい、見事に三人ともすっ転ばす。
「はい、ヒットヒットヒット…っと」
それを見て吾音はのんびりと角から出て、悶絶している三人を指切り連射の三回で撃ち倒した。
「…あ、これ同じのじゃない。もらってくわね」
そのうちの一人が自分と同じ銃だったので、予備に持っていたと思しき弾倉を二つばかり拝借していく。銃ごと奪おうとしたら、思いっきり抵抗されたのだ。きっと自分の私物で、ぞんざいに扱われそうに思った、というところなのだろう。
反対方向に向かった三郎太と合流するべく、その後を追う吾音の背中に、「ばっけろーっ!」という情けない叫びがこだましていた。
「三の字、どう?」
程なく見つけた三郎太に声をかけると、ほれ、と別の銃を手渡された。
「ありがと。どう使うの?」
三郎太の持っているものと違い、P90程ではないにしても見慣れない形であるFA-MASを受け取って、簡単に構えてみる。
「安全装置がここ。あとはまあ、姉さんの持ち方で問題ない。扱えるか?」
「ん、問題なし。ゴールまであとちょっとよね」
「だな。さっきの放送聞いたか?」
ここに来るまでに館内放送で流れた佐方の言葉を思い出す。
テロリストの目的地は二課研の研修室だから、そこの防備を固めろ、という指示だった。
「あのおっさんも結構ノリノリじゃない。割と本気で焦ってたようにも聞こえたけど」
「まあ本気でやってくれるのならこちらとしても有り難い。だろう?」
「そーね。対面した時にどんな顔をしてるか、楽しみってもんだわ」
ニヤリと悪党の笑みを浮かべる吾音。
ふん、と三郎太は鼻で笑い、目の前の部屋に気がついて中の様子をうかがうと、吾音を手で制して一人で中に入っていった。
「三の字?何してんの」
「…このまま攻め込むのも芸が無いと思ってな。少し仕込みをしておこう」
この部屋も物置代わりなのか、机やら椅子やらが雑多に積み重ねられていた。あるいは最初の部屋の本来の設備なのかもしれない。
三郎太はその中から程よい大きさの机を片手で持ち上げると、呆れる吾音に向かって「いい盾になるだろう?」といつも通りの無表情で嘯くのだった。
「…無茶するわねー。だったらわたしも…」
と、部屋の片隅にあった赤い筒状のものを引っ張り出すと、吾音に負けず劣らず呆れ顔の三郎太に向かって、くふふ、と不敵に笑った。
「流石にそれはどうかと思うんだがな」
「何よ。クライマックスなんだしこれくらいいーでしょ。それに何を使ってもいい、つったのはあのおっさんの方だもの」
「…やれやれ。後片付けをするここの連中が気の毒になるな」
そう言って、FA-MASをスリングで肩に背負い、両手で消火器を抱える吾音を従えてラスボスのもとに向かう。
「現れたぞー!…え?」
盾代わりにした机の威力は抜群だった。
何が起きたか分からない最終防衛戦の所員が呆気にとられているうちに、吾音の消火器がぶっ放される。
「おらおらーっ!キレイなおべべを汚されたくなかったらさっさと道を空けなさいよーっ!!」
すっかり悪役が板に付いた調子の吾音。
前方をノシノシ進む机の影から薬剤を噴出させながら、逃げ惑うサバゲ部…の手数はとっくに討ち果たしてると思うので、そこらの所員に電動ガンを持たせているのだろう。途中から明らかに、雑魚っぽくなっていたのだからして。
動員兵が慣れぬ電動ガンを撃つ間もなく消火器の薬剤まみれになったところを三郎太が振り返って片手でSCARを一斉射。当たったのにヒットの声が上がらないのはそんな余裕すら無いというところか。
まあ粉末状の薬剤を手で必死に払ってる様子からして反撃してくることもあるまいて。
誰にも気付かれないように、凄惨な笑みを口元に浮かべた三郎太は、机を掲げたまま目的の扉の前まで吶喊を敢行し、「うわっ」とかいう悲鳴と激突の衝撃を受けて止まる。
「とどめっ!」
それを受けて吾音が机の影から飛び出し、最後まで残っていた敵を肩から下ろしたライフルで一掃し、終わった。
「これで片付いた感じね。さぁて、悪の親玉の顔を拝みに行くとしましょうか」
どちらかといえば悪はこちらの方だと思うんだが、とのツッコミを呑み込み、三郎太も机を置いて周囲の警戒にはいる。
「こんにちは赤ずきんちゃん。オオカミさんが来ましたよー………って、鍵かかってんじゃん!あのおっさんどれだけ根性曲がってんの!こらー!開けなさいよ!!」
なるほど確かにルール上は大将首を討ち取った時点でゲームは終わりだった。それをさせない、というのであれば理に適ってる。大人げないことだけは確かだったが。
『ははは。ここまで辿り着いたのは見事だったが、こちらにもメンツがあるのでね。その場で立ち往生したまま当方の応援部隊に押し潰されてしまうがいい。あー、館内の生き残りに告ぐ。侵入者は本丸の前で身動きが取れていないので、さっさと全滅させてしまいたま……お、おい、キミは一体何を…こらーっ?!』
三郎太が忌々しげに監視カメラとスピーカーを睨んでいる中、吾音は黙ったまま消火器を持ち上げ、そしてジャイアントスイングの要領でグルグル回り始める。
「三郎太、そこどいて!!」
その意図を正しく解した三郎太が慌てて飛び退ったところを消火器がすっ飛んでいき、激しい衝突音と共に扉に激突した。
「…ちっ、これでもダメか」
だが肩で息をする吾音が罵ったように、扉の表面は凹みこそ出来たが破壊にまでは至らない。
「しゃーない、もう一回…」
『おいこら、やり過ぎだろう?!』
「あん?今さら何言ってんのよ。こちとら行き着いた先々で散々っぱらガラクタこさえてきてんのよ。この期に及んで粗大ゴミが一つ二つ増えよーが変わりゃしないわよ!」
『い、いや確かに何を使ってもいいとは言ったが、もう少し常識というか後のことを考えてだな…』
この中にいる佐方は、この部屋以外の惨状を知っているのだろうか。知っていたらこんな平和なことを言い出したりはしないだろう、と思いながら三郎太は机を引きずり始めた。
『……おい、そこの君。まさかとは思うが…』
「姉さん、こっちに任せろ」
「おー、三の字。いーわよ、やぁっておしまいっ!!」
「ふんぬっ!!」
両手で持ち上げた机…馬鹿力の三郎太が頭の上に持ち上げるのに両手を使うのだから、吾音にはそれがどれだけの重さなのか、容易に想像がつく。
それはさして豪速とも思えない速さではあるものの、重量は見た目以上だ。その高さから振り落とされる勢いも伴って、当たったらケガでは済まないエネルギーが閉ざされた扉に当たる。
『んなっ?!』
吾音もまさか一度で破るとは思っていなかった。
だが、金属だかプラスチックだかの破片がいくつも飛び散った後には、無残に破壊された扉が転がり、それが位置していた空間が大きく口を開けている。
「…ふん、他愛も無い」
ホコリを払うように両手を叩く三郎太は、何のことも無いとばかりに表情一つ変えていなかった。
「……我が弟ながら無茶するわねー。ま、わたしが言えた義理じゃないんだけどさ」
まったくである。そもそも吾音が消火器をぶちまかしたりしなければ、いかな三郎太とてここまではしなかっただろう。
「それじゃ、魔王とご対面といきましょーか。はぁい、勇者様のお出ましよん」
「…オオカミさんじゃなかったのか?」
三郎太の当然のツッコミも吾音は無言で聞き流す。どうせその場のノリで言うことをコロコロと変える姉である。言っても無駄だろう。
「………ふ、ふふん。やってくれたな。だがこれで終わったと思うなぁっ?!」
そして姿を現した、というより茫然自失の態であったのが、吾音を見て我に返ったところだった佐方に、吾音はグロックを素早く手にして弾を撃ち込んだ。きっちり三発。
「はい、ヒット。これで終わりね。……うん、やっぱり締めは拳銃に限るわねー。ジョン・マックレーンの気持ちがよく分かるわ」
出てもいない銃口の煙を吹いて、古い映画のネタを披露する吾音だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます