第10話・燃える赤の宣戦布告

 次郎と三郎太におおよその風体などは聞いていたから、現れたのが佐方同徳とかいう、吾音の留守を襲撃した、二課研の「怪しいおっさん」だというのはすぐに分かった。

 それを少なからず不審に思ったのは、次郎の言っていたような、気難し気で四六時中イライラしてるような面相なのではなく、妙に上機嫌にニコニコと、吾音の手も取らんばかりに親しげに近づいてきたからだった。


 「いやしかし、不在のところを邪魔したに関わらず、そちらから来てくれるとは。歓迎するよ。ああ、キミ、お茶を…いや、ジュースなどの方がいいかね?」


 顔に、最大限の愛想笑いを貼り付けている吾音を前に舞い上がった風を隠そうともせず、ブースの中に引っ込んだ若い男に向かって飲み物の指示なぞ出している姿には、落ち着きなぞ微塵も感じられない。

 そんな様子を吾音は、これまたにっこりと見つめている。

 何を考えているのか、は三郎太には手に取るように分かった。というより吾音の場合、初対面の大人相手には、自身の愛らしい見た目を最大限に利用して素を計ろうとするのだが、まあ次郎と三郎太に予め人体にんていは聞いていたのだから、この場合は自分の目で確認するというのと、あとはせいぜいおちょくってやろうか、というつもりなのだろう。


 「いえ、こちらこそお知らせもせずに訪れた無礼をお許し下さい、佐方先生」

 「なに、もともと用件はこちらにあったのだから気にすることはないさ。むしろ足を運んでもらって感謝している…ああ、遅いぞ。来客を待たせるものじゃないといつも言っているだろう」


 出迎えた若い男がグラスに入れたジュースを二人分持ってくるのを、佐方は軽く叱責しながら受け取って言う。まあ本気で怒っているというよりはこの場での上下関係を見せてやりたい、といった稚気によるようだったので、何か得意げに吾音の方をチラチラ見ている佐方のことは、ちょっと首を傾げて思い出したように殊更にニッコリとしてかわす、吾音なのだった。


 「…さあどうぞ……と、座るところも無いのだったな。まあいい。そこらのガラクタの山から椅子でも引っ張り出して腰掛けてくれたまえ」

 「いえ、これで大丈夫ですわ。それよりこの状態は…?大掃除の途中、というわけでもなさそうですけど」


 お盆からグラスを受け取りながら、吾音は怪訝な顔で尋ねる。まあ用件がどうあれ、気になることをまず訊いてみた、という態なのだろう。


 「ああ、気にしなくて構わない。所内のクラブ活動の片付けがまだだったのでね」

 「クラブ…活動?」


 思わず真顔に戻る吾音。三郎太の方も眉根に皺をよせて、場にそぐわない単語の登場を不審に思う。


 「はは、いい年をした大人が何をやってるのか、と思うかもしれないが…そら、そこら辺にも転がっている。踏んづけてしまったりしていなかったか?」


 そんな二人の様子に何かしら興を覚えたかのような佐方が、吾音のすぐ足下を指さして言う。

 乗せられるのは面白くはないが、吾音は視線を足下に下ろして床の上を見渡すと、直径で五ミリほどの丸い小さな玉がいくつか転がっているのを見つけて拾い上げる。


 「…BB弾?」


 その正体が分からなかった吾音に代わって三郎太が呟くと、吾音もそれで「ああ」と納得したように、目の前にかざしたそれを指先で玩ぶ。


 「サバイバルゲームの同好会が所内にあってね。この部屋にこうして遮蔽物を積み上げて対戦していたのさ。この部屋には窓もないし、こうしてそこそこ広いものだからね。数人のチームでゲームをするには最適というわけだ。ま、その度にこうしてガラクタを積み上げねばならないのは、面倒なのだがね」

 「はあ」


 別にひとの趣味に口出しをするつもりはなかったが、威張れるような趣味でもあるまい。それを何故か自慢げに語る佐方には、流石に呆れたように頷くしか出来ない吾音。


 「…ええと、それで私共のところにお越しになったご用とは何でしたのです?」

 だから、吾音には珍しくもさっさと本題に入るような話の向け方をしたのだったが。

 「…ふむ、我々の研究に一つ協力を願おうと思っていた…いや、別に何かをしてもらおうというわけじゃあない。キミという人間の為人ひととなりを知っておこうかと思っただけでね。だが、折角そちらから来てくれたのだ。一つ、我々とゲームをしてみないか?」

 「はあ………は?」


 それこそいい歳をしたおっさんが、まるで子供のように無邪気に笑いながらそう水を向ける様は、吾音ならずとも理解し難いものなのだった。


   ~~~~~


 「…どうかね?」


 どうかね、と言われてもねえ。

 ズラリと並べられた様々な形のおもちゃの銃を吾音はボーッと眺める。

 一方の三郎太は、これがまた男の子のサガだとでも言わんばかりに、普段になく無愛想な顔に興味深げな様子を浮かべて、床に置かれた黒光りする銃を見ている。


 「好きなものを選びたまえ。使い方が分からなければ教えよう」


 いや、なんでサバゲーすることが確定したよーに言ってんの。

 …と思わないでもなかったが、吾音には違う思惑があって、子供がおもちゃを自慢するような佐方の言い分を黙って聞いていた。




 もともとここに来たのは、佐方が持参して次郎に見せた写真に写っていた男と、次郎が見たという伊緒里の逢い引きしていた男が同一人物であることから、二課研が接触してきた目的などを探るつもりからだったが、そのことについて佐方の方から触れる気配の無いことと、少し話した様子ではどうも二課研…というよりこの佐方という男の興味の先が自分自身に向けられている空気があって、そちらの方が気になってきている。


 「姉さん、どうする?」


 付け加えるに、次郎のことだから恐らくは、伊緒里と会っていた男のことを知っているとは悟られてはいるまい。

 いやあるいは、それと知った上で写真を次郎に見せたとも考えられるが、時系列的にその可能性は高くはないだろう。

 だったら、その事は伏せて二課研の動向や目的を探った方が手っ取り早い、と思い始めている。


 「…ゲームっていうからにはルールがあるんですよね?」


 ならば、このおっさんをやり込めて本音の一つでも引き出すのが得策かと、敢えて相手の意図に乗ってみる気になった。


 「ほお、やる気のようだね。ま、この部屋で撃ち合いをするだけのことさ。球に当たったかどうかは自己申告。『ヒット!』と叫べばそれでいい。ちょうど君たちも私たちも二人だ。二対二、という形でどうかね?」

 「それもいいですけど…」


 そう呟きながら吾音は、得物を選び始める。

 銃のことなどさっぱり分からないので、形の好き嫌いだけで手に取ったのは、無骨な直線だけで構成された形のものが多い中で異彩を放っていた小型の銃だ。


 「…FN、P90か。なかなかお似合いだよ」


 別に似合う似合わないはどーでもいい。丸っこくて持ちやすそうなのと、小柄な自分でも取り回しに無理が無さそうな小さいサイズだったからだ。

 そう思いながら、どう使うのかと構えてみる。


 「ふむ、一発で正しく持てるとはね。素人にしてはなかなかやるね」

 「え、そうなんですか?…でもそうなのだとしたら、よく出来た形ってことですよね」


 大仰に頷く佐方。妙に嬉しそうなのはマニアのツボでも刺激するところがあったのだろうか。

 一方三郎太は、吾音とは正反対にニュースなどでよく出てきそうな形の、比較的大柄なものを取り上げていた。


 「そちらはM16A4か。顔に似合わず堅実な選択をするものだな」


 こちらは形から想像する通りの構えをしている。吾音から見ても心なしか、楽しそうなところを見て「この子こーいう趣味でもあったのかしら」と思う吾音だった。


 「さて、あとはサブウェポンも選びたまえ。ああ、使い方なのだが…」

 「えっと、佐方先生。せっかく遊ぶんですから、もう少し思いっきりやりません?」

 「…なに?」


 教え魔の如く口と手を出そうとしていた佐方を押し止めて、吾音は三郎太の心胆を凍てつかせるような悪魔の笑みを浮かべて言った。


 「どーせなら、この建物全部使って遊ばないか?ってことです。こんな狭い部屋の中で、四人ぽっちでバンバンやってたってつまらないじゃないですか」

 「…………」


 唖然とする佐方を、三郎太は気の毒そうに見る。


 「…無茶を言うものじゃない。ここは遊び場じゃないのだよ。この建物の中にはそれこそ外部の者が出切りしてはならない部屋だって数多い。それに常識で考えたまえ。仕事をする場でそんな真似をしたらどんな問題になるか…」

 「あら佐方先生?わたしの異名をご存じでそんなことを仰るんですか?わたしは、高等部に悪名高い『学監管理部の燃える赤』ですよ?これくらいの無茶押し通せないで名乗っていい名前じゃないと思うんですけど」

 「ふむ…」


 その名を出すと、佐方は何ごとか考える風だった。


 「どーせおもちゃの銃で、当たったところで何か壊れるわけでもないんですし。あ、折角だからわたしと三郎太が研究所に侵入したテロリストという設定で、警備の訓練という名目にすればどーです?」


 吾音が無茶苦茶を言っている間、次郎は手にした小銃の使い勝手などを確かめるように構えたり振ったりしている。内心、これから始まる騒動の行く先を思って佐方に同情はしていた。


 「そうですね…ゲームというなら、この部屋で佐方先生に陣取ってもらって、大将を討ち取ったらわたしたちの勝ち、それまでにわたしと三郎太が撃たれたら終わり、っていうのでどうでしょうか?」

 「それはまた君たちに不利なルールだね。よかろう、もう少しゲームらしくしよう。実はこのフロアを含む三階分は、研修や会議等で使う部屋が大半だ。それ以外のフロアに入らないのであれば、好きにして構わない。もちろん、銃だけではない。部屋にあるものは好きに使っていい。訓練というのであれば、それくらいしても構わないだろう」


 それなりに乗り気になっている佐方だった。

 だが、ふと気がついたように黙り込むと、渋面になって吾音にこう答える。


 「…しかし、その場合私が全く楽しくないな。君たちがこの部屋に辿り着く前に斃されたのでは私の出番が全く無くなるわけだが」

 「あら、わたしたちが佐方先生のトコまで辿り着けないことを前提にされましても。でもそれでわたしたちが勝ってしまったら…うふふ、いろいろ高等部に楽しい噂が立ちそうですね?」

 「やれるものならやってみるといい…と言いたいところだが、まあもう少しハンデを与えてもよかろう。そうだな、ゲームを開始する場所と時間は君たちに任せよう。不意を突いたという態なら、更に訓練らしくなる」

 「いいですよ、それで。じゃあ、始めましょうか」


 P90を構えて宣言する吾音だった。


 「その前に使い方くらい覚えておいた方がいいのではないかい?」

 「………それもそーですね」


 …構えた得物の使い方が分からないのでは、見得を切ったところで滑稽なだけなのだった。

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