第9話・引き続き、ねこかぶる

 「次郎は?」

 「アホなこと言ってないではよ帰って来い、だってさ」

 「だろうな」


 スマホを仕舞う吾音を振り向きもせず応じた三郎太の返事は、至極素っ気ないものだった。


 「どう?」

 「まだ見つけられないようだな。姉さん、今のうちに弾倉を変えておいた方がいい」

 「ん」


 僅かに空いた扉の隙間から外を探る三郎太。扉の向こうでは「何処に行ったあのアホガキどもは?!」「応援が足りない!三課にも要請しろ!」といった具合のテンション高い怒号が飛び交っている。

 それを聞きながら吾音は自分のP90を取り上げて、ガショという音をたてながら弾倉を外した。


 「こーなるんだったら次郎も連れてくれば良かったわね。こんな楽しいことがあるとは思ってなかったわ」


 ポケットから取り出した予備の弾倉を装填する。今外した弾倉は少し考えてから、ポケットに戻した。はまだ残っているので、隙を見て交換済みの弾倉に突っ込んでおいた方がいいかもしれない。


 「あいつが一番調子こきそうで怖いところだがな。さて、大分人の気配も減った。打って出るのか?」

 「もち。あのいけ好かないオッサンの首とって、今日の夜は祝杯よ!」


 右手にP90。上着のポケットにグロック17。

 さながらどこかのライトノベルのヒロインのような出で立ちの吾音は、三郎太の隣に立って扉に手を掛ける。


 「姉さん、グロックはガスガンだから連射するとガス圧が落ちる」

 「あんたさっきそれでピンチだったもんね。こっちのバッテリーは大丈夫そう?」

 「ダメになったらどうせ斃した相手から分捕るのだろう?」

 「大正解。さぁて…」


 不敵に笑うと、大胆に扉を横に開く。

 倉庫代わりになっていた部屋の中に差し込む夕方の光の中に二人は踏み込んだ。


 「テロリストの時間だぁっ!!」


 「…違うだろ」


   ~~~~~


 時間はさかのぼって、二課研の研修室、とやらに到着した時に戻る。


 「研究二課 研修室。ここで間違いなさそうね」


 それにしても専用の研修室だとか、どんなに図々しければこんな待遇受けられんのよ、と図々しくも学内の一室を占拠している張本人が言った。

 エレベーターを降りた先は、予想に反して華美な装飾などがされているわけでもなく、ほぼ白一色のいかにも研究所でござい、といった様相だった。


 「…気に食わんな。まるで病院のようで気が滅入る」

 「同感。さぁて、中はどんな伏魔殿なのかしらね、っと」


 と、ノックもせずドアノブに手をかけた吾音に、三郎太は注意を促す。


 「姉さん、猫忘れている」

 「とと、そっかそっか。ありがと三郎太」


 こほん、とかわいく咳払い。それで背中から立ち上る雰囲気さえ一変させると、三郎太から見ても見事だと思えるくらいに嫋やかな手つきで、インターホンらしき装置のボタンを押した。

 数秒待つと、中から電気のノイズを伴った男性の声で返事がくる。


 『はい』

 「…あのー、こちらに来るように受付で言われて来ました。高等部の鵜ノ澤です」

 『承っております。少々お待ちください』


 一旦インターホンの通話が途切れる。静かになった向こうで何があるのか、ドアも分厚いとみえて二人には見当もつかない。

 やることも無いので、吾音は周囲を確認する。それと分かるような監視カメラの類は無く、エレベーターの中のように警戒する必要もないのかもしれないが、見えないように配置されてるのであれば、覗き見用途ということになる。

 まあ見えないものを気にしても仕方が無い。待ちくたびれた、という感じを装って吾音は首を左右にカクカク揺らし、戦意を高揚させる。

 その動作の真意を理解している三郎太は顔をしかめて姉に自重を促すべく声をかけようとしたその時、ドアの鍵が開く音がして、中からこちらに開いた。


 「お待たせしました。佐方がお待ちしております」


 顔を出した男性は、研究所の関係者には違いなかろうがそれにしてはやけに若く見えて、学部生?と吾音は思う。


 「…どうかしましたか?」


 表情に出てたかなー、と少し焦る。大人を相手にしたポーカーフェイスには自信のある吾音だが、それを看破したというのなら、学部の坊ちゃん学生じゃああるまいと少し気を引き締め、一方表情はそんな内心と相反するニッコリとした人当たりのいいものを使用。


 「こんにちは。鵜ノ澤吾音です。急な訪問なのに招き入れてもらってありがとうございます」

 「いいえ、佐方も御在室を確認もせずお邪魔して済まなかった、と申しておりますので。ではどうぞ」

 「はい。失礼します」

 「………」


 愛想よく振る舞う吾音とは対照的に、一言も喋らない…一応目礼程度はしていたが、目を合わせて無駄に警戒させるのも得策ではないので、三郎太はこういう場面ではなるべく口を開かないようにしており、この際相手もそのことを特に不審にも思わないようだった。




 中に入ると、研修室などという名にそぐわない光景だった。

 まず入り口の両脇にあると思われる小部屋。これは一方がガラス張りになっていて中を見ると姉弟の根城である管理部室の設備ブースと似たような機材が置かれてあり、おそらく研修用途で用いられる様々な機器をコントロールするためのコーナーなのだろう。これは、いい。

 反対側は壁になっていて、やたらとゴツイ電子ロック状のドアノブが付属する扉が見えた。これだけ厳重なのだから、二課研が悪巧みする時に使う部屋なのだろう。後でぶち破って中を改めてやる、と決心する吾音だったが、これもまあいいだろう。


 問題は、その壁に挟まれた通路を通り抜けた先にある、研修室たる広間だった。


 (…何これ)


 と吾音が顔に出ないよう苦労する程度にはとっちらかった状態なのだった。

 いや、整理されていない、という表現にするには少々語弊があり、どうも吾音の見たところ、わざとらしくガラクタをぶん投げたようであり、こうなると自分たちに対する嫌がらせか当てつけの類かと疑わしくもなるのだった。


 「…招かれざる、とはいえ客を迎えるには随分な有様だな」


 聞こえるように言う三郎太。吾音も全く同感なのだったが、一応まだ猫を被っている段階であるので黙っておく。


 「ああ、済みません。佐方の指示でこうしておいたもので。今来ますから、そのままお待ち下さい」

 「えっと、わたしたちだけで待つんですか?」


 不安でしかたがない、という顔で案内役の男を見上げる。一歩近付くのを忘れない辺り、役者である。


 「大丈夫ですよ。佐方はそこの部屋にいますから。すぐに出て来ます」


 騎士道精神でも喚起されたのだろう、男の顔が吾音を安心させようとしてかニコリと笑みを浮かべつつ、それでも「では」と辞去する。

 といってこちらを一方的に観察出来る、ガラス張りのブースに入られても気分の良くなろうはずがないが。内線電話らしきものを顔に押し当てている男を一瞥してから、吾音は改めて部屋の中を観察する。

 こうして見ると、とにかく散らばっている…というか積み上げられているガラクタは机だったり椅子だったり、とにかく人の頭の高さ以上になればそれでいい、的なもので、しかもそれらは普段使われていてもおかしくない、一見して壊れている様子もないので、廃棄予定のものを仮に置いてある、という風でも無い。

 そんなものが、ちょっと大きめの寺の本堂の広間ほどの広さの室内そこかしこに立っているのだ。吾音でなくとも、


 「何をさせようってつもりなのやら」


 と呟こうというものだろう。

 三郎太の方を見ると、観察と判断は吾音に任せきっているのか、入り口の方を警戒するようにじっと見ている。

 建物のどの位置にあるのかは分からないが窓も無いので、光と呼べるものは全て天井のLED灯のものだ。それらが消されてしまったら自分の手元の確認も覚束無い、という状況で灯り代わりになりそうな唯一のものといえるスマホを、ポケットの中に確認していると、例のやたらとごっついロックのかけられたドアが開き、中から三郎太には見覚えのある中年手前の男性の姿が現れた。


 「…待たせたね。お会い出来て光栄だよ、燃える赤のお嬢さん」


 その勿体ぶった言い方に吾音はうんざりと、聞こえないようにため息を吐いた。

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