第2話 間の悪さで言うなら貴尋くんも悪い。


「ああ、いいよ?」


「えっ!? 本当に!?」


「付き合うって、買い物だろ? はは。お前最近、新しい靴欲しいって言ってたもんなあ」


「えっ?」


「は?」


「え?」


 変な空気が流れた。


 貴尋は固まったと思うと、おろおろし始める。


「い、いや一花、そういう意味じゃなくて……。おっ、女の子としっ」


 電車が通過して、全ての音を飲み込んだ。


 私は電車が過ぎ去ってから、右耳に手をやると聞き返す。


「何だって?」


「…………」


 また固まる貴尋。


 そんなに寒いんだろうか? もう耳まで真っ赤になってしまっていて、泣きそうになっている。


 貴尋はおもむろに目を閉じると、私の手を放した。気を落ち着かせるように胸に手を当てると深呼吸し、気を取り直すようにカッと目を見開く。


「あのね! 僕、一花のこっ」


 もう一本来ていた電車が通過して、また聞こえなくなる。


 踏切のバーが上がって、皆歩き出した。


 貴尋はまたまた固まってしまい、顔色が死人みたいに悪化している。


「まあ、まあまあ。聞こえてたよ」


 ぽんぽんと、貴尋の肩を叩きながら笑った。


「……えぇ?」


 蚊の鳴くような声を漏らす貴尋。


 私は、貴尋の首にマフラーを巻く。


「んー? いや、ずっと私の事好きだったんだ、付き合って下さいって。そんな改まって頼まれなくてもどこへでも付き合うし、私も貴尋の事好きだよ」


 貴尋はぽかんとすると、目を輝かせる。


「それって、もしかして……!」


 貴尋にマフラーを巻き終えた私は、自分の首にも適当に巻いて、にかっと笑った。


「ああ! 高校入学以来、ずっと同じクラスじゃないか! 同じ大事な友達だと思ってるぞ!」


 …………。


 あれ。


 かなり気合いを入れて、いい声で言ったんだけれど。


 引きったり固まったりしていた貴尋の顔が、完全な無となった。


 まあいいや。いつまでも突っ立ってるのも通行の邪魔だし。


 貴尋の手を引いて歩き出す。


「コンビニ行こう! 早くあったまりたいなあ」


「……うん……。うん……」


 という、貴尋による謎の百面相劇があった今朝だが、あとはいつも通りだった。


 一緒にコンビニに行って、買ったあんまんを半分こにして、話しながら歩く。


 学校が近付いて来る内に、貴尋の様子も戻った。他の友達とも顔を会わせる回数が増えて、誕生日プレゼントを貰う。嬉しいな。貴尋は微妙な顔になっていた気がするけれど、気の所為だろう。


 玄関に入ると、貴尋はマフラーを解く。


「じゃあ僕、先輩に本返しに行って来るから」


「え?」


 ぽかんと貴尋を見上げた。


「委員会で、仲よくさせて貰ってる先輩がいてね。面白いよって小説貸してくれたんだ。じゃあ、また後でね」


 靴を履き替え、解いたマフラーの片側を返した貴尋は、にこっと笑うと三年生の校舎へ消えた。


 取り残された私は、皆からのプレゼントを抱え、貴尋を見送る。


「……おぉ」


 まあ、用事があるなら仕方無いよな。


 一緒に教室行きたかったけれど。


 仕方無いから、一人で教室へ歩き出す。


「ヘイ一花」


 階段を上っていると、頭上から声を掛けられた。


 緩く制服を着たミディアムヘアの女子が、踊り場に立っている。


 咲綾さあやじゃないか。


 眉を曲げた。


「……何でお前、私より先に登校してるんだ?」


「あァー。実はうちの押入れが教室と繋がってたみたいでさあ。先に来ちゃった訳。ウケる」


「嘘だろ」


「そ・ん・な・こ・と・よ・り!」


 咲綾はダダッと階段を駆け下り私の前で停止すると、マフラーの片側を掴み、ヘリのプロペラみたいに振り回し始めた。


「今日はいい事あったんじゃないのぉ? このシャ・レ・オ・ツなマフラーは、一体誰から貰ったのかしらぁん?」


 何だその変に高いテンション。


 様子のおかしい咲綾が気持ち悪くて、引き気味に答える。


「……貴尋、からだけど……」


「フゥッ! という事はアレね! 思いを伝えられたのね!」


 マフラーの回転数を上げる咲綾。


 フォンフォン唸りを上げるマフラーの生む風に、揃って前髪を跳ね上げられる。


「ああ……。私の事、好きだって?」


「それよぉ! お菓子いっぱい買ってるから、お祝いしましょうね! あっ、彼氏出来たからって、付き合い悪くなったら承知しな」


「へえ。誰か彼氏出来たのか?」


 マフラーを振り回していた、咲綾の手が止まった。


「は?」


「え? もしかして、思いってあれか? 貴尋に、私の事好きです、付き合って下さいってさっき言われたけれど。ちゃんと返事しといたよ。そんな改めて頼まれなくても付き合うし、大事な友達だとおもっ」


「バッキャロウ!!」


 叫んだ咲綾に、思いっ切り鼻を殴られた。

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