第2話 イエスという預言者

 マキノはどうやってカフェに入ったのだか、よく覚えていない。気が付くと一番奥まった静かな席に座り、目の前にはウインナーコーヒーがぽつんと置かれていた。


「好きでしょ?」


 男はにっこり笑って言う。マキノはぼんやりと外を見る。二階席のここから、商店街の大きなクリスマスツリーがよく見える。イルミネーションで飾りつけられ、てっぺんには煌々と星が輝いている。


「どうしてツリーのてっぺんに星が飾られるか、知ってるかい?」


 コーヒーをすするマキノに、男がにっこりしながらきいた。頬杖をつき、長く伸びたうねる黒髪を背中に流している。


 どうして、警戒心のひとつもでてこないのだろう。妙に冷静に考えながら、マキノは首をかしげた。


「たしか……キリストが生まれるときに、星が輝いてた、んでしたっけ?」


 男はぱちぱちと拍手をした。

「よく知ってるね」

「ええと、まあ」


 本当は、漫画の知識だ。イエスとブッダが東京にバカンスに来ているという設定のギャグ漫画が、友人千夏のお気に入り。新刊が出るたびにマキノに貸してくれる。


「でもさ、おかしいじゃないか。イエスは馬小屋で生まれたのに」


 男はコーヒーをブラックですすり、にこりと笑う。


「こんな寒い夜にあんなすきま風だらけの場所で出産? なんだかおかしな話だね」


 それを言うなら、処女受胎だって充分おかしい。宗教ってのはそんなもんじゃないのか。つまり……おかしいことだらけ。科学的じゃない。


「まあ、サンタクロースはいないと思いますけど」


 むっとしながら言うと、男はくすくす笑って「そうか、そうだよね」と言った。


「じゃあ、悪魔は信じる?」

「さあ。いないんじゃないですか」


 そこを信じたら、神様だってサンタだって信じないといけなくなる。そんなことしていたらキリがない。だから、信じない。妖怪も妖精も幽霊も。いたら怖い。


「だけどね、イエスが生まれたことはどうやら本当らしいんだ。数々の証拠がある。彼が本当に「神の子」だったかどうかはともかく、イエスという名の預言者はたしかに生まれて生きて、そして磔刑に処されて死んだんだよ」


「はあ」


 マキノはウインナーコーヒーをすすった。今日は時間があるから、別にここで暇をつぶしていたってなんの問題もない。だから悠長にイケメンの話をきいていられる。だけど、このコーヒーを飲み終わったら帰ろう、とぼんやり思った。


「ただ、その生まれた日が十二月二五日だという話は、まったくのうそだ」

「そうなんですか?」


 男は笑った。


「あたりまえじゃないか。こんな寒い日の夜に馬小屋にいてごらん。妊婦じゃなくても凍え死んでしまうよ」

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