【9】さっきは悪かったな。



「――綺麗な肌だ」


 全裸にされた私を見たのか、彼はぼそりと呟いた。

 そして、ゆっくりと私の腹を撫でる。労わるようにとても優しい。むしろ、くすぐったいくらいの軽いタッチで、私は身体を震わせながら耐えた。


「あ、あの……」

「さっきは殴って悪かったな。下手に声を出されたら大騒ぎになると思って……この方法しか浮かばなかった。痛いだろう? 見たところ少しではあるが、内出血を起こしてしまったようだ」


 なるほど、それでそっと触ってるのね。


 昼間ほどではないにしろ、明るい室内だ。彼の目にはきっと痛々しく映るのだろう。


「痛みますけど……寝ている分には気になりませんわ。動くと、確かに違和感はありますが」

「む……お酒や薬で酩酊状態にすることも考えたのだが、話ができる状況でないと意味がない。一応、きちんと同意を得てから抱きたかったんだ」


 妙なところで律儀な男である。私は心の中で小さく笑って、ちらっとロータルを見た。本当に身体だけが目的というわけではないのだろう。


「そうですね。意識がないうちに襲われたくはないですが……しかし、こんな、さらうなんて方法を選ばれなくても……」

「お前はいつだって俺を見るたびに怯えるような表情をしていた。ヨハネス王子の同席なしに話をするのは難しいと思ったんだ。それに、ヨハネス王子と別れたお前は今すぐ死んでしまいそうに見えて……強硬手段を使わせてもらった。失うくらいなら、さらってしまえ――と」


 ロータルの中の私はとても弱々しい存在のようだ。死にそうだからさらうとか、自殺させないように手枷をつけるとか、少々過剰な反応ではなかろうか。

 だが思い返せば、ヨハネス王子の隣ではいつだって私は自信なさげにオドオドしていたわけで、それが弱さと捉えられても不思議ではない。ロータルに会うときは必ずヨハネス王子も近くにいたのだから、私がどういう人間なのかを知る機会も少なかったのだろう。


「あら、そんなにか弱くはありませんのよ、私」

「そうだな。目が覚めて、舌を噛み切られてしまったらと慌てて部屋に戻ったが、状況を確認しているだけだったようでなによりだ」

「心配性ですのね」

「気が動転していただけだ。自分でもどうかと思う。こんな乱暴者で申し訳ない」


 そう告げて頭を下げると、私の腹部に口づけを落とした。続いてぺろっと舐められて、私は声を漏らす。みぞおちのあたりからへそのあたりを温かな舌が這っていくとゾクゾクした。


「ふぁっ……な、なんで舐めるのっ……」

「美味しそうに見えたからだ。良い味がする」

「あ、汗まみれなのに」

「そこも含めて美味いぞ。きめ細かい肌だ。吸い付くようにしっとりとしていて、気持ちがいい」

「は、恥ずかしい……」


 思わず顔を両手で覆う。今、どんな顔をしているのだろう。考えただけで火が出そうだ。


「悪いことじゃない。もっと触れてやるよ」

「は、はい……」

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