第20話 とある大学教授のエルフ史概論 7

 セーフセーフ! あっぶなー予鈴ギリギリでしたねハハハ!


 ……はいどうも、みなさんこんにちは、ホシノです。いやすいません、ヴシルでの報告会が長引きまして。まさか二日も拘束されるとは……。

 おかげで暗黒時代前期までしか準備が整ってないんですが……元々専門分野なので、今回はいっそ全部暗黒時代前期だけにしちゃいます。

 近現代が圧縮される可能性が限りなく高まった件については、どうか生暖かい目で見守っていただけると……。


 おほん、そんなわけで、第七回始めましょう。暗黒時代前期、その文化などをやりますよ。そして次の中期にどう移るか……までできたらいいなぁ。


 ではレジュメを……と、これでよし。行き渡りましたかね?

 よし、それじゃ始めますよ。


 えー、前回お話しした通り、暗黒時代前期は神聖ロウ帝国が君臨した破滅の時代でした。

 ……というのは、のちの歴史の勝者たるヴシルの視点ですが。ともあれ歴史の主導権はこの後紀元前を通して変わることはなく、人々は帝国とそれ以外とでまったく異なる生活を送ることになりました。


 しかしこの時代、確かに文化文明の水準は下り坂でしたが、原始時代まで戻るような破滅的な下り方をしたわけでもありません。

 ヴシルが率いるフィエン、ドワーフ、エルフの共同体は敗北を続けながらも確かに残存しており、悲愴な状況でもできる限り生き残るべく奮闘していたのです。

 勝ち組だった帝国はもちろん水準を落としませんし、そういう意味では時代全般を均して見た場合、そこまで破滅的でもなかったりします。


 しかし、死と破壊が常に身近にあったことは紛れもない事実です。このためか、この時代の文物は全体的に殺伐としています。シンプルと言えば聞こえはいいですが殺風景で、単純と言ったほうが正しいでしょうね。


 ヴシル側ではそれに加えて……いえ、除いてと言うべきか。宗教の影響も文化物から限りなく薄まっています。

 宗教という概念がなくなったわけではないんですが、それはそれとして、そうした概念内で語られる神様が実際には助けてくれなかったから、というのがその理由と言われています。これはアマテラス系もヴシル系も例外はありません。


 まあね、人間現金なものですからね。一刻も早く助けてほしい状況で大事なのは、そこにいるかどうかもわからない神様ではなく、手を差し伸べてくれる悪魔でしょうし。


 結果としてこの時代、各宗教は影響力を落とし、以降人々は神を信じてすがるよりも適宜都合のいいときに頼ったり、あるいは祭り上げるなど、ゆるやかな形態へと変化していきます。

 この傾向は今でも続いています。現代の天上世界のエルフ系国家……要するにヒノカミ皇国で主に信仰されている現代のアマテラス系宗教が、軒並み緩く寛容なのは、この頃の影響です。ヴシルなんかは素養があったとはいえ、哲学みたいになっていきますしね。


 一方神聖ロウ帝国では対照的に、宗教色がかなり強い文物が多数作られました。その聖典である全史黒書にちなんで、黒を聖なる色としたロウ、そして帝国では、多くのものが黒で統一されていたことはよく知られていますね。

 このほか、ロウが崇めた預言書の化身……女神クロニカにまつわるものが帝国における諸分野を埋め尽くすことになりました。クロニカモチーフの絵画や装飾品なんかは、現代でも一定の人気がありますね。面白いところだとクロニカ学習帳なんてのが出土しています。


 この辺りは、やはり勝ち組と負け組の差ですね。身も蓋もないですが。


 ……あ、今出してる画像はそんな文化物の一部です。写真も載ってるのは大体は現存しているやつなので、興味のある方は図書館や博物館などで探してみるとよいでしょう。ロウのクロニカ像とか、多くはエルフの偏執性を感じる凄まじい逸品なので、一見の価値ありですよ。


 では文化の話はこれくらいにしておきまして……ここからは、暗黒時代前期にされた重要な発明についてです。レジュメを進めまして……。


 えー、破滅の時代だった暗黒時代前期ですが、それでも進んだものも確かにありまして。極めて歴史的意義の大きい発明が二つ、なされています。そしてそれこそが、この時代のキーワードとも言えます。

 まあ、破滅の只中にあったのはヴシル側だけなので、その発明は全部ロウのものなわけですけど。


 えー、帝国はエルフ系の歴史そのものの抹消……すなわち人理焼却を企図していたので、この時代常に殺しまくりでした。ですが、年々ヤバい暗殺者になっていくヴシルの勇者に徐々に苦戦するようになっていきます。

 ロウがおらず、戦闘の機会がなかったからこそ古典末期のヴシルは帝国に敗北したのであって、何百年も経てば彼らも少しずつ帝国の戦い方に対応していたのですね。


 何よりこの時代は、個の戦闘力という点での研究が極まった時代でした。攻撃も防御もかなり研究が進み、実力者同士の戦いは容易に拮抗する一方で少しでも実力差があると即死しかねないような感じになっていました。結果として、帝国は文字通りの一騎当千をかましてくる勇者に対抗できなくなり始めていたんです。

 後年、勇者であろうと人であるなら殺せる兵器が出て来ますがその登場はもう少しあと。だからこそこの時代、帝国とヴシルの戦いが膠着していたんですよ。そういう意味ではまさに勇者と魔王の時代でした。

 兵器が発達した今となっては、勇者と魔王といった個人の超戦力が時代の趨勢を左右する時代はもう来ないのでしょうがね……。


 そんな帝国がこの時代に築き上げ、現代にも多大な影響を及ぼす重要な発明とは一体なんぞや、という話ですが……一つは魔獣を作出する技術の一時的確立。そしてもう一つは、浮遊島の発明です。

 これだけでこの時代がいかに重要か、ご理解いただけるでしょう。前者で言えば、現代のあちこちで生活を共にしている魔獣たちに関わりますし、後者などはもう、今我々が立っているこの大地、大エルフ学芸国の領土がまさに浮遊島ですからね。


 では早速、それぞれの重要な発明に触れて行きましょう。この二つは密接に歴史の流れと関わっているので、逐次その辺りにも触れます。結構怒涛なので、しっかりついてきてくださいねー。


 レジュメ進めますよ……まず一つ目。魔獣の作出技術について。


 技術に関する細かい説明は専門の講義に任せますが……大雑把に言えば、品種改良の一種です。生物にマギア因子を定着させ、先天的に魔術を使える生物を作り出そうと、まあそういう技術ですね。

 この技術の研究は、実のところジェベルダイナがあった古代からずっと行われていました。その一つの到達点として、ヴシルが開発したマギア因子移植剤があるのですが……それよりさらに踏み込んだこの技術が完成することは、長らくありませんでした。

 エルヴンヒメスズメバチやエルヴンオオカミ、そしてなによりエルフが存在する以上、何かしらの形でマギア因子を先天的に持った生物は生み出せるはず……という理屈から始まっているのですが、完成はしなかったんです。


 ところが暗黒時代前期、遂にこれを完成させた者が現れます。その名は「僭神」ニアーラ・ニズゼルファ。魔王をも超えて、神を自ら名乗ったエルフ史上唯一の人物にして、ロウの教皇、すなわち魔王すらも傀儡にしたと言われる怪人です。


 彼女の前半生は記録に残っていません。そのためどこで生まれ育ったのか、どういう家系なのか、一切が不明です。

 確かなことは、あるとき自らの研究成果を売り込みに現れ、即採用となったこと。その成果が認められて多くの権力が集まったこと。そして最終的に、時の教皇すらその権威に屈することになったこと。それだけです。


 ニアーラが歴史の表舞台に立ったのは、今まさに上げた、売り込みに現れたときです。

 時に紀元前35559年……今から37141年前。「始まりの勇者」ルキアからおよそ2700年が経ち、ロウとヴシルの争いが膠着の只中にあったこの時期に、ニアーラは現れます。

 しかも彼女はどこでどうやったのか、このとき既に魔獣作出技術を確立していました。売り込んだ技術というのがまさにそれで、彼女はすぐさま破格の待遇で迎えられました。そこからほとんど間を置かず、歴代でも最速の早さで出世していきます。


 というのも当時、しぶとく抵抗を続け、何度も何度も国の中枢人物を暗殺に来るヴシルの勇者の対処に苦慮していた帝国は、使い潰せる量産兵器を求めていていまして。魔獣の存在は、そんな帝国にとってはまさに求めていた理想の兵器だったんですよ。

 かくしてニアーラは、求めに応じて様々な魔獣を作り出して行きます。有名どころでは、スライムやキメラ、リカント、ドラゴンなど。現代でもよくあちこちで見かけるエルヴンノスリやエルヴンユニコーンも、もちろんこの時期に生み出された生き物です。


 これら多くの魔獣は、まさに「いくらでも使い潰せる使い捨ての兵器」でした。この数の暴力が、少数精鋭にならざるを得なかったヴシルにはとてもよく刺さりました。

 いくつかの生物は鹵獲されて反攻に利用されたりもしましたが、どういうわけかほぼ年一のペースで新しい魔獣を繰り出すニアーラを擁する帝国には、ほとんど効き目がありませんでした。


 かくしてヴシル側は追い込まれて行き、それに比例する形でニアーラには富と名声、そして何よりも権力は集中して行きます。結果、帝国はあわや彼女に乗っ取られかけるという事態にまで陥ります。


 ニアーラは教皇の選出においても多大な発言力を発揮し、彼女が望んだウラノス枢機卿が第11代教皇に就任。そのままニアーラの意のままに行動する魔王が誕生したのです。ニアーラが歴史の表舞台に登場して、わずか百年後のことでした。


 とはいえ、これは帝国の誰にも歓迎されませんでした。元々人理焼却を目論むロウにとって、魔獣の存在そのものが教義に反するとして導入に反対するものが一定数いましたし、帝国を乗っ取るかのような行為は全員に嫌われました。

 傀儡にされた教皇も例外ではなく、誰もが面従腹背を企図していたようです。


 とはいえ、彼らにできたことは祈ることだけでした。ニアーラは魔獣の作出技術を完全に秘匿していたうえ、周囲を一品モノの強力な魔獣で固めていたため、対抗するにも普通の方法では不可能だったのです。

 ですが彼らの祈りは通じました。あるとき、ロウの女神クロニカが降臨したのです。


 ……今「そんなバカな」みたいな顔をされたのは、地上世界の方ですかね? 残念ながらこれ、歴史的な事実なんですよ。


 えー、このクロニカですがね。なんと当時の帝国の記録のほとんどに記録されているんです。中でもウラノスが遺した手記には、さすが歴史の当事者だけあって克明な記述が残っているんですよ。


 彼によれば、『射干玉の闇を思わせる美しい黒髪をなびかせ、エルフを象徴する青と赤の瞳を併せ持つ、喪服のごとき黒衣をまとった美しい少女』というクロニカ。彼女はニアーラの行為を断罪するとともに、その悪行を滅するべく降臨したのだと自ら発言したとウラノスの、そして他の枢機卿たちの手記に残されています。

 その力はまさに神と言わんばかりのもので、当時の人々が行使可能だった魔術の域を大きく超えた超魔術を操り、実力行使をしたそうです。

 彼女とニアーラの戦いは熾烈を極め、クロニカは巨神の、ニアーラは巨獣の姿をとって、地球のあちこちで三日三晩の一騎打ちを行なったという話も伝えられています。


 ……と、ここまで説明しましたが、さすがにクロニカが降臨したとか、ニアーラが巨大化したとかいうのは帝国側の情報操作でしょう。神の実在は証明されていませんし、そもそもクロニカはロウが創り上げた架空の神格という説が現在の定説です。

 なので、クロニカ降臨は作り話だろう、とは思われるのですが……。


 あるときを境に前触れなくニアーラが忽然と消えること。

 この頃の地層……しかも比較的広範囲かつ飛び飛びの場所に、現代の技術であっても難しい特殊な大量破壊の痕跡があること。

 そして何より、当時のロウ人の多くがクロニカとニアーラの戦いを記録に残していることなどから、ある程度は実際にあったことのなのではないか、というのが定説です。


 ただし、その正体については一切不明。それらしい個人がいないので、多くの人間がなした事跡を一つの存在に集積した結果である、という説が今のところ有力です。とりあえず、このときの人物は学会でも便宜上クロニカと呼ばれているので、以降それにならいますね。

 ただ、これも記録された姿の描写が全部同じというのがネックなんですよね。となると本当に強力すぎる一個人が……。


 おっと、脱線しかけました。事実の是非はここで議論することではありませんでしたね。次に行きましょう。


 えー、実際はどうあれニアーラは消え、魔獣作出技術はロストテクノロジーとして歴史の闇に消えました。ですがその歴史的な意義は今日に至るまで変わりません。

 突然どこからともなく現れ、技術の存在だけを残してあとはすべて消えたニアーラ・ニズゼルファ……果たして彼女が一体何者であったか。そしてクロニカとの戦いとはなんだったのか。その謎は、エルフ史では数少ないミッシングリンクです。これを埋めることができれば、歴史学はさらに前に進めるでしょうね……。


(いやー、クロニカはともかくニアーラは名前からして絶対あいつだろ……証拠がないから誰にも言えないけど)


 ……おほん。


 そんなニアーラが消えたのち、世界には大量の魔獣が残りました。これらは帝国の兵器としてヴシルを苦しめますが、同時に人理焼却を目論む帝国にとっても頭の痛い問題として残ることになります。

 それでも当時の帝国は、傀儡から解放されたウラノスの意向で、魔獣を用いてまず人理焼却を成し遂げ、しかるのちに魔獣を根絶する、という方針を採りました。

 そしてウラノスは、多くの魔獣を率いてヴシルを滅亡させたのでした。めでたしめでたし……な、わけないですね。


 いや、滅亡させたのはそう間違いでもないんですよ。ウラノスは帝国が認識していたヴシル側の拠点をすべて制圧しましたし、この時代からしばらくヴシルが反攻できなかったのも事実ですからね。

 散発的な反攻はありましたが、この時点でヴシル側は組織だった戦闘ができなくなっていたのです。このため、滅亡という言葉は決して間違いでもないのですね。ちょうど紀元前35300年のことでした。


 とはいえ、皆さんご存知の通りヴシルが全滅していません。ドワーフ、エルフも同様です。彼らは散り散りになりながらもなんとか生き残りました。

 特にヴシルは、一部がミクロネシアの髑髏島と名づけられた島まで逃れてなおも組織的反攻を続けるべく潜伏します。ここに密かに砦や寺院を築き、雌伏の時を過ごすんですね。


 一方念願叶って宿敵を撃破した帝国は、いよいよ人理焼却に向けて動き出します。その第一歩として彼らが取りかかったことこそ、もう一つの重大な発明。浮遊島の建設なんですね。レジュメを進めますよ。


 人理焼却の第一歩がなぜ浮遊島なのか。それはズバリ、帝国が人理焼却で焼却すべき存在に自分たちも含まれているからです。なぜならロウの教義で目指すべき歴史は、全史黒書の歴史。そこにはドワーフもエルフも存在していないのですから。


 つまり彼らは、目的を達するためには自らをも根絶しなければならなかった。ですがこれを許容できるのは、一部の狂信者だけでしょう。誰だって死にたくはないです。

 初代教皇にして「第二の宿命の子」ノア・アルトリウスなら普通にやったかもしれませんが、あいにくとこの時代、そこまで信仰に生きられる人間は帝国の上層部にはいませんでした。


 そのためにウラノスが出した結論が、浮遊島でした。すなわち、帝国は歴史と関わり合いにならない空の世界へ移住し、ただ地上の歴史を監視、修正する存在に徹する。そんな意図でもって、浮遊島は作られたのです。


 ただ、その開発は難航します。当たり前ですが、巨大な土塊を空、しかも人目につかない高度まで飛ばして、さらに隠蔽するなんていう技術が簡単なわけないんですよね。研究はおよそ800年も足踏みを続けました。当然ウラノスもその完成を見ることなく亡くなっています。

 この間帝国は人理焼却も並行しており、少なくとも帝都周辺……アナトリア半島を中心とした西アジアからは魔獣やヴシルの残党が一掃されています。ヨーロッパやアフリカにも事業の手は伸び、本当に少しずつですが全史黒書の世界に近づいていました。


 そんな中で浮遊島の完成に先鞭をつけたのは、帝国とヴシルで唯一諡号が合致をした科学者、「空の案内人」リチィスでした。

 彼はソラリウムを結晶化する技術を確立したのです。これによって、魔法蒼書に記されていた飛空石を再現してみせました。


 この飛空石、マナリウムと反応し合うことで特殊な化学反応を起こし、強い浮力を発生させる性質を持っています。これを人工的に作り上げた島に組み込んで、空に浮かせた大地。それこそが浮遊島です。

 当初の浮遊島は脆く、多少の風雨ですぐ瓦解するぐらい弱いものでしたが、これに改良に改良を重ねて作り出されたものが、今も我々が使っている浮遊島、ひいては浮遊大陸なわけですね。


 浮遊島の一応の完成は飛空石の発明からさほど間を置かずなされ、帝都上空には浮遊島が建設され始めることになります。次第に大きく、大陸と呼べるサイズに成長していく様子は、当時の人々が多くの記録に残しています。

 中でも最初に完成した島は魔法蒼書における記述からウル・ラ=ピュータと名付けられ、リチィスは以降リチィス・ウル・ラ=ピュータとしてラ=ピュータ家の祖となります。


 そして実はこのウル・ラ=ピュータこそ、現在月詠大陸と呼ばれている浮遊大陸の原型なんですよ。当時の様子を現在の月詠大陸で見ることは困難ですが、地質調査などから、その中枢にはかつてのウル・ラ=ピュタの存在がはっきり確認されていますね。

 まあ、当時の言葉で「王たる太陽の翼」という意味のウル・ラ=ピュータが「月詠」の名を冠することになったのは皇国流の皮肉のような気もしますが。


 さてこのウル・ラ=ピュタですが、この言葉から皆さんが想像できるものと言えば、さてなんでしょう。

 はい、そこのあなた。


 うん……うん、そうですね、「ラ=ピュータの雷」が一番有名ですよね。エルフ史上最強にして、最悪と言われる大量破壊兵器ですしね。正式名称はちゃんとあるんですけどねぇ、しっかり覚えてる人はぶっちゃけほとんどいないと思います。

 もうおわかりいただけるかと思いますが、このウル・ラ=ピュータ、単なる浮遊島ではありません。その開発と並行して、色んな兵器が搭載された空中要塞でもあったんですよ。


 レジュメを進めましょう。これは今に残る貴重なウル・ラ=ピュータの写真――ただしもう少し時代が下った時期のものですが――なんですが、見てわかる通りあちこちに武器が見えます。これ全部攻撃用の兵器なんですよね。恐怖の象徴以外の何物でもないです。

 帝国はこのウル・ラ=ピュータを使って空からも人理焼却を行おうと考えて設計しましたし、実際に行なうようになります。ウル・ラ=ピュータはその完成と同時に破壊の権化として動き始め、各地で大量破壊が展開されることになります。生命ごと多くの大地が焼き払われました。


 が、あるときこれに待ったがかかります。世界中から魔術が消える年……三度目の死食が訪れたのです。暗黒時代前期、その終わりの始まりです。


 この三回目の死食、過去のものより強烈でした。二回目のときはなんとか動かせた飛法船が軒並み動かせなくなり、ミスリルやヒヒイロカネなどに保蓄されていたマナリウムすら消失したのです。

 その影響はウル・ラ=ピュータも例外ではなく、島は一時的に機能不全に陥ります。墜落は辛うじて避けられましたが、大西洋上に不時着して、そこから身動きが取れなくなるのです。

 この結果、帝国は死食にも耐えうる魔術金属としてアダマンチウムを研究し始めるんですが、それはさておき……。


 死食によって帝国はかつてないほど混乱します。人理焼却はもちろん中断。立て直しが急務とされました。

 ただしそれと並行して、第三の宿命の子の捜索がなされました。過去二人の宿命の子はいずれも歴史を大きく変えましたから、このときもそれが期待されたのです。


 しかしこれは、髑髏島で隠棲していたヴシル側も同じでした。彼らは帝国に見つかるリスクを犯してでも、宿命の子をヴシル側に引き込もうと必死だったんですね。


 この両陣営必死の捜索により、第三の宿命の子は無事見つかります。帝国、ヴシル、双方の手によって、しかし別の場所で一人ずつ。

 そう、三回目の死食で死の定めを乗り越えた赤子は二人。第三の宿命の子は、二人いたのです。


 しかし当時、それを知る者はいませんでした。帝国もヴシルも、それぞれが見つけた赤子こそ唯一の存在だと疑わず、それぞれの立場での英才教育を施します。

 そうこうしているうちに死食は終わり、やがてウル・ラ=ピュータは空に復帰。人理焼却もその一年後には徐々に再開され、ここから十四年間は表面上何も起こらず世界は静かでした。しかしこれは、嵐前の静けさだったんですね。


 ではいよいよ伝説を始めましょう。レジュメを次に。


 死食から十六年が経ったある日、髑髏島から四人の若者が秘密裏に旅立ちました。

 先頭に立つ少年の名はアレル。現代において「伝説の勇者」と呼ばれる「第三の宿命の子」です。

 彼はかつてのナナシと同じく、「空」の声を聞くことのできた宿命の子でした。場所の関係か、ナナシのようにルィルバンプに行ったことはなかったようですが、それでも彼はことあるごとに不思議な声を聞き、誰よりも優れた使い手として成長していたのです。


 そんなアレルに付き従ったのは、当時のヴシルでそれぞれ最高峰の使い手と呼ばれた三人のヴシルマスター、通称三ケンオウ。いずれも極めて高い実力を持ったマスターであり、アレルがいなければ彼らこそが勇者に任じられていただろうと言われるほどの実力者でした。


 四人は帝国の目をかいくぐりながら、ときには帝国の中に潜り込みつつ、各地で多数の強力な魔獣を倒すという戦果をあげます。

 この魔獣というのは、ニアーラ無きあと各地に残存していた連中のことです。帝国も人理焼却の一環で討伐はしていましたが、ニアーラの親衛隊とも言えた化け物には手を焼いていたんですね。

 そのさらに上の側近クラスはクロニカが倒していたのですが、彼女にとっては倒すに値しなかった微妙な立ち位置の連中がのさばっていたんです。


 アレル一行は、多大な被害を出しながらも一定の秩序と行動原理を持つ帝国より、目的もなくただ被害を広げるだけの魔獣の討伐を優先しました。……というのは、アレルを導いていた声の主の要望だったようだと、のちの三ケンオウは記していますが。


 ですがこの旅路は、四年で終わりを告げます。帝国の主である教皇に、「第三の宿命の子」が就いたと報ぜられたのです。

 アレル一行の旅の中で、どうやら帝国にも宿命の子がいるらしいことはヴシルも知るに至っていましたが、その存在は公表されていても姿や声は一切表に出ていなかったので、ヴシルは信じておらず発表には驚いたようです。この頃の記録はほとんどないのですが、三ケンオウたちはのちの手記でいずれも極めて驚いたことが書かいていますしね。


 ですが何より彼らを驚かせたのは、この魔王となった宿命の子が、就任演説を兼ねた全世界への公開生放送の中で太陽剣アマテラスを破壊して見せたことでした。


 帝国は共和国を乗っ取ったとき、もちろんその象徴だった太陽剣アマテラスを奪取しています。しかしこれは彼らにとって忌むべき人理の象徴で、ノアも破壊を命じていました。帝国は長らくこれに取り組みながらもなし得ていなかったのですが……ここに来て、遂にそれがなされてしまったのです。

 神に与えられた剣が破壊されたことで、多くの人は絶望します。そしてそれをやってのけたもう一人の「第三の宿命の子」……のちに「大魔王」と呼ばれることになるゾーマに恐れおののいたのでした。


 と、ここでゾーマについても触れておきましょう。帝国が保護した第三の宿命の子である彼女は、ある日帝都のインペリアルパレス前に捨てられていたそうです。そこから世に出るまでの約二十年、存在は公表しつつも姿などは一切伏せられ育ちます。


 そんな彼女も、アレルと同じく「空」の声を聴くことのできる存在でした。これにより、晩年までそれがなかったノアは本当に宿命の子だったのかという疑惑もあるんですが、それはともかく。


 この声に導かれて、ゾーマもまた過去のどのロウ人よりも強い使い手へと成長しました。その実力はまさに「大魔王」。特に温度や風雪を操ることに長け、さらに対象の魔術を打ち消してしまう秘術、凍てつく波動エターナルフォースブリザードの開祖としても有名です。

 そして彼女は、教皇に就任すると人理焼却を一層推し進めます。共和国時代の痕跡をじっくり丁寧に消していき、各地に残存していたエルフやドワーフを殲滅していきます。

 この知らせを受け、アレル一行は魔獣討伐を切り上げゾーマ打倒に向けて動き始めるのですね。


 この後については、多くを語る必要はないでしょう。現代に至るまでの万年単位、様々な媒体で何度も扱われているので大体の人はご存知でしょうからね。


 彼らは最終的に、南極に隠された遺跡にて七つのオーブの力を集めて神鳥ラーミアと新しい太陽剣アマテラスを授かり、インペリアルパレスへ突入します。

 そして勇者アレルと大魔王ゾーマは帝都全域を巻き込んだ壮大な一騎打ちの末、ウル・ラ=ピュータの雷により帝都ごとこの世から消えることになり……。

 三ケンオウはその強大な破壊の間隙を縫って、ウル・ラ=ピュータから浮遊島の技術を奪取。ボロボロになりながらも髑髏島に帰還するのでした。

 髑髏島周辺は常に超暴風雨に包まれていたため、帝国は追跡を不要として打ち切り……かくして時代は一気に進み始めます。


 帝国はこの一件を皮切りに、主要な都市の機能を続々と浮遊島へ移管して空に飛ばしていきます。これらの浮遊島はやがて時代と共に一つにまとまり、遂には浮遊大陸、月詠大陸が誕生するに至るわけです。


 一方のヴシルも、三ケンオウがもたらした浮遊島の技術を利用して自前の浮遊島を完成させます。そして歴史の敗者として培ってきた隠遁技術を駆使して、太平洋の雲の中に隠れた秘密の浮遊島に移住。このときアマテラス島と名付けられたこの浮遊島こそ現在の天照大陸の原型であり、このとき最初に作られた街こそ、現在のヒノカミ皇国の首都、天京です。


 そしてときに紀元前34273年。ヴシルのアマテラス島完成と、帝国の全機能が浮遊島に移管されたのをもって時代は暗黒時代前期から中期へと移り変わることになるのです。


 ……と、言ったところで時間ももうギリギリですね。

 今を生きる皆さんがご承知の通り、フルボッコにされたヴシルはこれから巻き返していくわけですが……それはもうちょっと先のことになります。


 さて、次回のテーマは暗黒時代中期。歴史的には最も変化がなかった時代とも言われるので、余裕をもって終わらせて少しでも先の時代に進みたいのですが……うん、嫌な予感しかしないですね!

 それでは本日の講義はここまで。皆さん、次回またお会いしましょう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る