第80話 チハルの新魔術

「この間みんなと戦ったときさ、危なかったことあったでしょ」

「ん? ああ、あれか。そうだな。傍から見ていて気が気じゃなかった」


 ネアンデルタール人との戦闘、その終盤の出来事だな。死角から狙われてあわや、というところだった。

 幸いダイチのおかげで事なきを得たが、父親としてはゾッとする。思い出しただけでもゾッとする。


「それでね、魔術で身を守れたら便利だなって思ったんだ」

「やめるって発想にはいかないんだな……」

「え、なんで?」

「いや、なんでもない……それで?」


 我が娘ながら、チハルは血の気が多いなぁ。アルブスの女は基本的に、誰かから守ってもらうことが普通だからか非好戦的なのだが。

 生まれたときから魔術が使えて、男と同等に戦えることが普通だったから、その辺りの感覚が普通の女とは違うのだろうなぁ……。


「うん、それでね、念動力の……魔術のもとで身体を覆って、守れるようにしてみたの!」

「お、おう」


 新しい魔術は、思っていた以上にシンプルだった。


「それでね、出来を試そうと思ってダイ兄さんに丸太で殴ってもらったんだけど……」

「お前は鬼か」


 チハルに懸想しているダイチに殴らせるとか、かわいそうにもほどがある。


「え、なんで?」

「い……いや、な、なんでもない……」


 この間、ダイチに守ってもらったことで少しは心境に変化があったかなと思っていたが、そんなことはないらしい。

 ますますダイチが哀れだ。逆に俺のほうからもらってくれと言いたくなってくる。


「そ……それで?」

「うん、そしたらね、すっごく吹き飛んで家一軒ダメにしちゃった」

「…………」


 思わずため息が漏れる。


 察するに、魔術のもとで身体を覆う、一種のシールドのような魔術なのだろう。その状態で殴られると衝撃は受けないものの、運動エネルギーはしっかり伝わるのだろうな。

 結果として最高のデッドボールとして家に突っ込み、その家が大破した、と……。


「でね、他にも」

「まだあるのか」

「うん。何もないところで同じことしたら」


 おいやめろ。何も改良せずにそんなことをしたら。


「……どこまで飛んだ?」

「森の真ん中くらいかなぁ。あっ、でも大丈夫だよ! ちゃんと戻って来れたもん!」

「…………」


 やっぱりな。さっきよりも大きなため息が漏れた。


 まったくこの娘と来たら……。いや、俺も森の中に無理に押し入って死にかけたが……。


「それでね」

「ま、まだあるのか……」

「うん。何か悪いところがあるんだと思って、ボクなりに改良してさ。もっかいダイ兄さんに殴ってもらったんだけど」

「ダイチの拳が砕けたとか言うなよ?」

「わぁ、やっぱり父さんすごいや。ほとんど正解!」

「おい……」


 これほど正解が嬉しくないクイズがかつてあっただろうか。いやない。

 ダイチ……強く生きるんだ、マジで……。


「あのね、ダイ兄さんの丸太がへし折れて……」

「うわあ……」

「飛んでった丸太の半分が家に直撃して」

「…………」


 ここで俺は、ついに頭を抱えた。


 うん……あれだな。たぶん、踏ん張りとかそういうところには気づけたのだろう。ついでにもっとシールドが硬くなればいいとも思ったかもしれない。


 しかし、アスファルトでコーティングしたクルミの木の丸太がへし折れるとか、とてつもない硬度だ。それ自体はすごいことだが……だからといって折れた丸太が吹き飛ぶレベルとか……一体お前は何と戦っているんだ。

 ダイチの拳が無事だったのは幸いだが、それはそれとして結果がひどい。


「……バンパ伯父さんがあんなに怖い人だったなんて、ボク初めて知ったよ……」

「あの兄貴をガチギレさせるとか、それはもう才能だな……」


 ぐぅの音も出ない。使いどころが違うような気もするが。


「あんときはほんま大変でしたわぁ。めーちゃんは動けへんから、私があちこち謝りに」


 そうだ! 少なくともうちの娘のせいで、二軒の家がお釈迦になっている!

 建て直しは済んでいるのか!? けが人はいたのか!? まさか、死者が出たとは言わないよな!?


 こうしてはいられない。仕事で留守にしていたとはいえ、俺は家長だ。娘の不手際は親の責任である。すぐに謝りにいかねば!


「よし、謝りに行こう! 今すぐ謝りに行こう!」

「えーっ!? でも、それはもう、母さんが……」

「そう言う問題じゃあない! 行くぞチハル!」

「は、はーい……」


 ただ顔を出すだけでは足りないだろう。何せ家が潰れたのだ。謝罪の品を持っていくべきだろうな。

 うちから何か出せるものがあっただろうか? 思いつくものと言えば、ケデロシオから持ってきた魚の塩漬けか、実験用に飼っているウサギの肉か、やはり実験用に飼っているくらいだが……!



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 謝罪行脚は一応、滞りなく終わった。

 不幸中の幸いで死傷者はいなかったようで、いまだ途上にある両家の再建を俺とチハルが手伝う、ということで手を打ってくれた。それだけでは申し訳ないので、少しばかりではあるが魚の塩漬けも贈っておいたが。


 ただ、「ギーロの子供なら仕方ない」みたいな空気があったのには、さらなる申し訳なさを覚えた。周りが諦めの境地にあるという点は、いいんだか悪いんだか。

 うちの子供たちは魔術が使える分、何かあったときの被害が大きくなりがちだからそういう評価になるのだろうなぁ……。


 このときほど、アルブスの成長速度がサピエンスより早いことを感謝したことはない。サピエンスのように、十代の半ばになってもまだ成長途上という種族だったら、もっとえげつないことになっていたと思うから。


「帰ってきたところで、父さん!」

「なんだよ」


 俺は久々にサラリーマン時代を思い出すレベルの謝罪劇を二回もして、精神的に疲れているのだ。これ以上悩みの種は増やさないでもらいたい。


「守るための魔術、見てほしいんだ!」

「……あー、なるほど?」


 子供としては、自分がやった成果は誰かに見せたいか。チハルもソラルほどではないがそこそこファザコンだし、俺に褒めてもらいのかもしれない。


 ……そうだな、俺としてもどんなものか見てみたい。


「……というか、完成したのか?」

「うん! ……まあ、でもその、ボクだけじゃできなかったんだけどね」

「ソラも協力したです」


 元気よく頷いた直後、ばつが悪そうに苦笑したチハルに続く形で、ソラルがえへんと胸を張った。


「ボクだけじゃどうしてもうまく行かなかったから、ソラにお願いしたんだ。ソラ、こういうの詳しいんだもん」

「えへんです」

「ふむ……。まあでも、こういうことは無理に一人でやり続けても埒が明かなかったりするからな。すぐに諦めるのはよくないが、自分の手には負えないと見切りをつけて、素直に誰かに頼れることは悪いことじゃない」

「えへへー」

「ソラルもがんばったな」

「えへぇ……」


 俺が両手で頭を撫でれば、二人は嬉しそうに表情を崩した。うちの娘はとてもかわいい。


 ……ただ、ここで気を抜いてはいけない。何はともあれ、どんな魔術を作り上げたかだ。それによっては、俺はむしろ怒らなければならないかもしれない。

 俺としても怒りたくないので、素直に出来のいい魔術であってほしいが……。


「それじゃあ、早速見せてもらおうかな」

「はーい!」


 俺の言葉に頷いて、チハルがてててっと距離を取っていく。


 ……うん? なんだかやけに遠いな?

 って、あれ? きょろきょろしながらどこかへ行ってしまった。何をするつもりなんだろう。嫌な予感が膨らんでいくぞ……。


「……テシュミは、どんなものかもう知っているのか?」

「そらまあ、一応は」

「周りに何も起きないやつだろうな?」

「うーん、そうやと思いますけど……私、魔術は全然わからへんから……」


 申し訳なさそうにテシュミが苦笑する。

 う、うむ……そうだな。テシュミには悪いが、これについては彼女は完全な門外漢だもんな……聞く相手を間違えた。


「……あいつは何がしたいんだ?」

「投げるものを持ってきてると思うです」

「投げる? ……あー、なるほど、周りにできる限り被害が出ないように、ってことか?」

「はいです」

「その辺りの配慮はできるようになったのか……お、戻ってきた」

「父さん! これをボクに投げてみて!」

「……なるほど」


 手渡されたのは、俺の手のひらに収まるほどの石だった。

 ソフトボールくらいかな。野球ボールのような雰囲気で手に収まっているが、ソフトボールくらいだと思う。たぶん。


 納得した俺が顔を上げたところ、チハルは再び俺から距離を取っていた。ただし、今回はちゃんと一定のところで立ち止まり、こちらに向き直っている。


「よいしょっ!」


 そして彼女が何やら気合を込めた瞬間、彼女の周辺の空間がわずかに歪んで見えた。


 気のせい……ではないのだろうな。例の魔術を展開した、ということだろう。


「父さーん、準備できたよー!」

「わかった」


 チハルに応じて俺も立ち上がり、投球フォームを取る。


 取ったはいいが……これ、すごい抵抗感があるぞ。やはり当てるつもりで娘に石を投げるというのは、相当精神的にきつい。

 これと同じような気持ちを、ダイチは味わったのだろう。チハルめ……まったく、少しは人の気持ちに頓着しなさい。


 ただ、このままいても何も起こらない。俺は生唾をごくりを飲み込んで覚悟を決めると、自分で思っていたよりも弱い力で石を投げた。


「ふッ」


 にもかかわらず、石は結構な速度で飛んでいく。まったく、男のアルブスの身体能力は本当に化け物だよ……。


 と、思った瞬間だった。


 携帯のバイブ音のような、なんとも言い難いかすかな音が鳴ったかと思うと、空間に波紋を広げながら石が空中で止まった。


「おおっ!?」


 思わず目を剥いて、その様を凝視する。

 それからしばらく、石はそのまま波紋を起こしながら空中に留まっていた。しかしやがて波紋が小さくなっていき……それが完全に消えたとき、石はぽとりとその場へ落ちる。


「……おおお、すごいじゃないか!」


 思わず声を張り上げる。


 いや、思っていた以上にしっかりとしていた! なんというか、ATフ○ールドみたいで!


「どう? どうだった、父さん?」

「ああ、すごいぞ! 滅茶苦茶すごい魔術じゃないか! よくやったなチハル!」

「えへへっ、やったー!」


 いつの間にか近寄ってきていたチハルの頭をなでるや否や、彼女は勢いよく抱きついてきた。

 押し倒されそうなほどの勢いがあったので、思わずのけぞったが、なんとか根性で耐える。こういうときに魔術を使って飛び込んでくるのは彼女の悪い癖だが……今回は、この素晴らしい魔術に免じておとがめなしとしておこう。


 なおこのあと、この守りの魔術にはバリアという名前が与えられた。そのままだとは思ったが、こういうものはシンプルなほうがいいだろう。

 ソラルが語ったところによると、状況に応じてダイチの丸太をへし折ったような硬質化も可能らしい。万能かよ。


 ただこのバリア、原理は一種の斥力を利用しているらしいことがソラルによる解説で判明した。そのためまさかとは思って試してもらったが、そのまさかで。

 投げられた石を防いだあと、落ちる前にバリアの強度をぐっと上げると、その石は逆に向かって発射されるという現象まで観測された。

 これ……つまり、なんだ。つまり常時展開しておけば、飛び道具に対してほぼ無敵になるのでは……? 彼女たちは一体何と戦っているんだ……。


 アルブスが……どんどんとんでもない種族になっていく……!

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