第70話 かもすぞ!
「おーい三人組!」
「ウェーイ久しぶりス、ギーロさん!」
「「ウェーイ!」」
俺が駆け足で走り寄ると、ロリコン三人組は一斉に反応して手を振ってきた。
だが次の瞬間、俺の後ろに続く娘二人を見つけたのだろう。明らかに態度が変わった。
「イーハー! 天使が二人揃い踏みだぜぇー!」
「ちぃちゃん! ちぃちゃん!」
「ソラちゃん! ソラちゃん!」
「「「尊いー!!」」」
ダメだこいつら、早く何とか……できなかった結果が今のこいつらだったな。
とりあえず、父親として多大な危機を感じたので、無言でラリアットをぶちかましておく。
「痛ぇス!」
「痛くしたんだから当たり前だろ」
「ひどいス、ギーロさん!」
「俺ら何もしてないですし!?」
「うるせぇ、したも同然だ。マジで娘たちに手出したらぶっ殺すからな。そのときは楽に死ねると思うな」
「「「ウィッス」」」
ぎろりとにらむと、三人は小さくなって身を寄せ合った。
まったく、これさえなければ優秀なのに。
この三人、明らかに以前よりロリコンに磨きがかかっている。昔はメメの親衛隊という様子だったのに、今はチハルとソラルにご執心なのだ。新しい村に行かせたのも、そうした事情がないわけではない。
何せ、メメを相手にしていたときより度合いがひどいのだ。日本語の浸透具合が他のやつらより進んでいる分、覚えなくてもいい言葉まで覚えてしまっている。
メメの近くに常にいたということは、俺の近くに常にいたということでもあるので、そのせいだろうが……どうかと思うよ、いやマジで。
子供を何人も生んでいるメメから、チハルとソラルに興味の対象が移ったということは、誇張抜きで子供にしか興味がないと見ていいだろう。実際、他の子どもに熱視線を向けていたのを俺は何度か目撃している。
当然、三人ともいまだ独身である。いやもう、本当にどうかと思うよ。
ちなみに、アルブスの女は見た目では大人と子供の区別がつけづらい。サピエンスの視点ではまったく区別がつかないだろう。
しかし俺たちはいとも簡単に見分けられる。恐らくだが、大人の女……性成熟を終えた女からは、特殊なフェロモンか何かが出ているのではないかと思う。
普通はそれがある女に対して、男は様々な劣情を催すわけだが……この三人は逆に出ていないであろう子供にそういう反応を示すわけで……こう、アルブスという種族の摂理に反している。サピエンスのロリコンより業が深いのではあるまいか。
「お父、そんなことは置いとくです」
「そうそう。三人のろりこん? はいつものことでしょ」
「いつものことだが、警告は常にしておかないとお前たちの貞操が危ない!」
この時代は略奪婚もあり得るから、俺は気が気じゃないのだ!
確かに、二人ともいずれはどこかの誰かに嫁ぐことになるとは思っているが、俺は子供たちの幸せを願う。当人が不本意な結婚など、断固として許さないからな!
「なんだったら、間違いを犯す前に股間を切り落としてやろうかと思ったことも、一度や二度ではない!」
「ヒェ……ッ!」
「し、しないしない! 絶対しないス!」
「そうそうそう! 俺ら見るの専門? 的な?」
俺が再度にらむと、三人は股間を抑えてさらに小さくなる。
同じ男として気持ちはわかるが、俺は子供たちのためなら悪鬼羅刹にでもなれる。そういうものだと、俺は頭ではなく魂で理解している……!
「なんだ、いつもの騒動か?」
「兄貴」
そこに、バンパ兄貴がやって来た。そういえば、兄貴も交えて相談したいということだったな。
「お久ぶりス、バンパさん!」
「お元気そうで何よりス!」
「相変わらずパネェお身体スね!」
三人が全力かつ露骨に話題を変えようとしている。
いいだろう、ここは兄貴に免じて応じてやろう。
「ははは、お前たちも相変わらずだな。相変わらずすぎて、間違いを起こさないようにな……」
「「「う、ウィーッス……」」」
最初は穏やかに笑った兄貴だったが、言葉が終わりに向かうにつれて真顔になっていき、最終的にドスの利いた声になった。
兄貴も兄貴で、この三人組には警戒感があるのだろう。兄貴も娘はいるし、その子もうちの子に負けず劣らず美少女だから仕方ない。
俺が脅すよりも効いているのは、単純に貫禄の違いか。まあ、兄貴には勝てるなんて思っていないけども。。
「ま、それはともかく……俺とギーロを呼んで、一体何の相談だ?」
「そうそう、それなんスけど……まずはギーロさん、マジ申し訳ないス」
「何だ、藪から棒に」
今までの雰囲気を一変させて、いきなり頭を下げてきたアインに思わず目を丸くする。
「いや、その……ギーロさんに頼まれてたミソなんスけどね……なかなか思い通りにいかなくて。まだ全然なんスわ」
「ああ、そういうことか……」
期待してここまで来たが、全然と来たか。そこそこにショックだ。
しかしまあ、ある意味当然か。醸造はやはりそんな簡単なものではないのだろう。まったく知識のない人間に、ほぼゼロからやらせているわけだしなぁ。
……というか、そもそも道具はおろか原料もないのだから、うまくいくはずがない。
一応、麹として使えそうなカビは、様々な試行錯誤の末に四年ほど前に見つけてはいる。
そして去年、なんとか種麹としての体裁と整えられた……と思う。思うからこそ、アインたちに味噌作りを依頼したのだ。
もちろん時代が違うので、見つけたカビが俺の知るいわゆる麹菌かどうかはわからない。けれども、それらしい挙動をしていた。だからそのままコウジカビと名付けてある。
あるのだが……それを用いて醸造するとなると、知識だけではすぐにどうにかできるわけがないということだな。
そして技術は一朝一夕では身に着かない。某農業アイドルも、長い時間をかけて技術を身に着けていたし。
彼らは最終的には島の洞窟で麹造りまでできるようになっていたが、あれはそうした経験の上にあるものなわけだ……。
「で、とりまギーロさんからなんでもいいからよさげなアドバイスほしいのと、もう一個お願いしたいこと……こっちはバンパさんたちもちびっと関係あるかもっつーことで? こうやって集まってもらったんスわ」
「ふむ。わかった、話を聞こう」
できていないならメメの世話に戻りたいという気持ちもあったが、味噌の入手は生活が安定した今、俺にとって喫緊の課題の一つだ。やはり塩だけでは物足りないんだよ!
それに味噌があれば栄養的にもいいわけだし、ここは一度きりのいいところまで付き合おうじゃないか。
「そもそも難しいのが、温度管理なんスわ!」
「うん」
「暑すぎず寒すぎずをずーっと、丸一日保つってマジパネェ苦行スよ!?」
アインの主張に、俺はその通りだと頷くことしかできない。その通りだからだ。
味噌に限った話ではないが、多くの醸造品を作るためにはまず、麹が必要になる。これは先ほども少し触れたとおり、コウジカビと呼ばれる種類のカビを用いて作られる。
しかしカビと名がつく通り、彼らは温度変化に敏感だ。場を彼らが最も活動できる温度に維持しないと、麹を得られないのだ。
二十一世紀なら、保温器がある。人力で何とかする場合でも、一定水準以上の安定した温度計がある。だから苦労はしても、指標はあるのだが……原始時代にそんなものあるわけがない。
つまりアインの主張をまとめると、まずそもそもの段階として、麹を作るところで躓いているということになる。
切実に農業アイドルの力を借りたい状況だな。彼らなら温度計も普通に作れそうだし。
「なんで、どうしたらうまいこと行きまスかね? そこんとこ、もっかい詳しく教えてほしいんスよ」
「なるほど、わかった。麹造りだな……」
とは言うが、俺も実はほとんどわからない。
というのも、俺が知っている麹作りの工程は、すべて現代日本の環境が前提なのだ。何もないこの時代に、麹にちょうどいい具合をどう探り当て、どう維持するのかと問われれば……。
「すまんがわからん!」
「「「ズコー!?」」」
「いや、本当にすまん……マジで……」
ここで本当に頭のいい人間なら、現代の工程を参照してこの時代に通用する方法を思いつくのかもしれないが……あいにくと俺の頭はそんな高性能ではない。元々応用力が高くないからこそ、受験でも就活でも社会人でもうまくいかなかったわけだし。
あと、そもそもの話として、最初に用意した種麹のほうがまずい可能性もかなりある。
なぜなら、現代日本では麹作りの元となる種麹は、ごく少数の専門メーカーがそれぞれの秘伝の技で作っているものだからだ。このため麹作りは少し調べれば作り方がわかるが、種麹作りとなるとまるで情報がない。
どれほどないかというと、あの何でも自作してしまう農業アイドルたちですら、種麹だけは購入していると言えばお分かりいただけるかと思う。
なので、その手の知識は「米などでコウジカビを培養して乾燥させたもの」という一つしかない。ヒントやコツになるようなものは皆無だ。うろ覚えとかそういうレベルではない。
だからそこの段階で盛大に躓きまくったし、先ほど「整えられた……と思う」と言ったように、今でもあれでよかったのかどうか正直自信がない。三年で形になったとは思っているが、形だけで中身はスッカスカかもしれないのだ。
「お前がそこまでわからないと言うのも珍しいな」
「いやー、この辺りの知識は俺も完全に学びきったわけじゃなくてな……」
兄貴がどこか物珍しそうに視線を向けてくるが、元々俺なんてこんなものだ。こんなものじゃなかったら、「努力しないでちやほやされたい」なんて願わないよ。
「お父でもわからないこと、あるですか……」
「なんだか信じられないね。父さん、大体のことは教えてくれるのに」
子供たちの尊敬が重い!
違うんだよ二人とも! 俺はただの反則野郎なんだ!
「お……オッケェーイ、オッケー了解ス。色々試すしかないってことは超わかったス」
「すまんな……力になれなくて……」
「ふふふ……となると、いよいよ俺たちの案しかなさそうスね!」
「お前たちの案?」
どういうことだと、三人を順繰りに眺める。
彼らはそれを受けて、肩を組んだ。
「そう、こんなときこうすりゃいいんじゃないかと!」
「三人で考えたグンバツな案があるんスよ!」
「マジパネェ案スよ!」
「「「マジパネーション!」」」
すごく聞き覚えのあるフレーズだなと思いながら、俺は続きを促す。
これで案外有能な三人だ。本当に名案を出してくれるかも……。
「なんで、ソラちゃんをください!」
「……は?」
次の瞬間、俺は鬼になった。
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