確かに努力しないでちやほやされたいって願ったけども!

ひさなぽぴー/天野緋真

第一部 現実との戦い

第1話 ここは氷河期、原始の時代

「ふーざーけーるーなああぁぁぁーーっっ!!」


 俺は叫んだ。とにかく叫んだ。そうでもしないとやっていられなかったのだ。


 だが、俺の叫びは空しくこだまするだけ。返事はびょうびょうと鳴り響く冬の風だけである。

 そしてその風を遮るものは、俺にはない。服すらもだ。


 そう、俺は今、全裸である。何はばかることなく、俺のすべては白日の下にさらされている。

 当たり前だが、寒い。死ぬほど寒い。これで寒くないとか言う奴がいたら、そいつは正気じゃない。


 だが、別に俺の頭がいかれてるわけでは断じてない。これだけは主張させてもらうが、誓って俺は露出癖なんてないし、したくてしているわけでもない。

 俺がこんなことをしている理由はただ一つ。神とか名乗るよくわからん発光物に、こんなところへ放逐されてしまったからだ。


 思えば、最初からいけ好かない奴だった。


『あなたは死にました』


 そいつは開口一番そう言いやがったのだ。アイルビーバックと言う暇もなく溶鉱炉に落ち、テンパりまくっていた俺に対してだ。


 百歩譲ってそれはよしとしよう。その言い回しにイラッとしたからこそ、冷静さを取り戻せたわけだし。

 なんやかんやの理由があって、生前の俺の意識を維持したまま転生できることになったという説明を、わからんかもしれんなあと言う上から目線でしたことも、まあ、ギリギリ妥協できなくはない。


 転生するにあたって希望はあるかという問いに対して、俺が


『努力しないで誰からもちやほやされたい』


 と答えるや否や、


『ハア?』


 と、アスキーアートを幻視する声音で即答しやがったのも、ブッダの心で許してやろうと思う。


 だが! だが!!


 よりにもよって、七万年も前の原始人に転生させることはないだろう!?


 確かにこの時代なら、俺がいくらがんばっても追いつけなかった天才たちが得意とするものはないだろうよ! 己の肉体だけがモノを言う時代だろうよ!

 算数なんてかけらもないだろうから、九九なんてやったら天才なんてレベルじゃないだろうな!


 けどよ、モノには限度ってのがあるだろう!?

 この時代の人類とかあれだぞ!? 牧畜や採鉱はおろか、農業すら開発されてない時代だぞ!? 九九なんて使えたって、それで計算するものがないだろうが!

 文明シミュレーションゲームで言えば、太古スタートのさらに六万五千年前だぞ!? ここで一体何をどうしろって言うんだ!?


『アジアの真ん中から西辺りで細々と生き残ってる、サピエンスとは別の人類辺りで調整しておくので、せいぜい生きやがりなさい』


 とかぬかしがやって! ナメてんのか!


 これがルネサンス時代や産業時代スタートだったら、初期立地としてはそれなりだったろうけどな! 色んな資源もあるだろうし!!

 だがな! この大地の下に色んな資源があっても、それを取り出して利用する技術がない時点で詰んでるだろうよ!!

 アイドルが副業の農家の皆さんだって、必要に応じて文明の利器は使っているじゃないか!!


 俺が何をしたって言うんだ! 努力しないで称えられたいと思うことの何が悪いんだ! 金持ちの連中なんて大半がそんなやつらじゃないかよ!!


「……寒っ!!」


 ちくしょう風め! 止め! 殺す気か! 殺す気だろうな!


 くそう……だが今の俺に、自然に抗うすべなど一切ない。どうしようもない。今この瞬間までは怒りでなんとかごまかしてたが、こんなものいつまでも続くはずもない。


「……群れに戻るか……」


 なぜかはわからないが、この身体の持ち主のこれまでのものと思われる記憶は普通にある。

 どうやらこの人物、何か食べられるものはないかと群れから離れたところで俺に成り変わられたらしい。

 ラッキーなやつめ。自身の不幸を全部他人に押し付けられたんだから、これ以上はないだろう。くそう。


 戻る道中で何度も出るため息をこらえながら、記憶を頼りに群れに戻る……。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 群れがいたのは、森の際のようだった。現代じゃとてもお目にかかれない鬱蒼とした森を背負うようにして、何十人かの原始人がたむろしているのが見える。さすが原始時代の森……一切手つかずの姿は不気味だ。

 

 だが俺に言わせれば、その手前にいる原始人たちの姿もいい具合に不気味だ。

 どいつもこいつも、どこか諦観の色を漂わせている。疲れが全体を覆っている、とでも言えばいいのか。


 誇張抜きで何もないこの時代だから、どうしようもない急激な寒冷化に絶望する気持ちはわからなくはないが……と思ったところで、身体の持ち主の記憶がフラッシュバックする。


 どうやら俺が所属するこの群れは、急激な寒冷化による食糧難と寒さから逃れるために、遠路はるばる旅してこの辺りまでやってきたらしい。

 最初はそこそこの規模だった群れも、長い旅路と複数にわたる川越えで道中に多くが死んでしまい、今俺の目で見える範囲の数しか残っていない、と……。

 何より問題なのは、他に同胞と言える存在が近くに一切いないことか。こんな状態じゃ、いつ群れが壊滅してもおかしくない。もしかしたらまだどこかに同族がいるかもだが……そりゃあ絶望もするわな……。


 場の空気に飲み込まれそうになるのを、なんとか気持ちだけでもこらえながら俺は群れに近づく。しかし近づくにつれて、ツンと鼻につく匂いが漂ってきて思わず首を傾げた。

 どこかでかいだことのある匂い……と思ってそれを辿っていくと、どうやら匂いの元は群れが囲んでいる複数の焚火らしかった。


 それでも何が何だかよくわからなかったので、しばらく焚火の様子を観察していたが……。


「ああ、そうだ。これ、油とかアスファルトの匂いだ」


 急に脳裏にひらめくものがあって、俺はぽんと手を打った。


 気づいてしまえば簡単で、よく見ると焚火の根元にはほとんど燃料となりうるものがなかった。薪もないのに火が燃え盛っているのだ。

 それをさらによく観察すれば、地面と接するところが黒く汚れた液体が広がっているのが見える。


「つまりここは、原油が自然湧出してるのか……」


 俺は思わずうなった。よくこんなところを見つけたものだなと。


 原油が自然湧出することは、そこまでありえないことではない。質を気にしなければ、という枕詞はつくものの、日本ですらかつてはこういう場所はいくつかあったのだ。南米にはアスファルトの湖なんかもあるし、世の中にはタールの池だってある。

 そういう場所は主に石油の産出国の近隣に存在している。そしてここは、転生させた神の言葉を信じるならアジアの西のほう。範囲が広いから一概には言えないが、イランとかイラクとかの石油産出国が多い地域だから、原油が自然湧出していてもおかしくはない。


 問題は、これがいつまで湧き続けてくれるかだけどな。あまりにもあっさり枯渇するようなら、火種を用意する必要があるが……。


「……アスファルトまであるのは喜びたいところだが、今はそれよりやらなきゃいけないことがあるな」


 なんてつぶやいた俺の目は、たぶん死んでいたと思う。


 なぜって? そりゃあお前……この視界に入る群れの人間全員が全裸なんだぞ?

 具体的な気温はわからないが、明らかに寒風吹きすさぶこのさなかでだぞ!?


 だがここにいる人間が全員狂っているわけでは断じてない。俺だって全裸だし。

 答えは単純。ここにいる人類はまだ、衣服というものを発明していないのだ……!


「確か、この時期の急激な寒冷化が原因で衣服が発明されたんだったもんな……」


 人類に寄生するシラミの種類から、そういう推論が有力視されていたはずだ。


 いやそれはともかく。


 過去に転生したりタイムスリップした人間が、歴史の改変に苦悩するのはある種のお約束かもしれないが、そんなことは俺にはどうでもいい。

 なんといっても寒い。めちゃくちゃ寒いのだ。改変したら歴史が……とかなんとかを気にしている場合じゃない。このままじゃまた死ぬッ!


「……人間が生きていくために必要なのは衣食住……まずは衣だ……!」


 かじかむ手のひらに白い息を吐きかけながら、俺は決意した。ちやほやされたいとかどうとか、そんなことを考えている場合じゃない!


 と、こんな感じで俺の原始時代サバイバルが幕を開けたわけだが……俺、こんなところでどれだけ生きていけるだろうか……。

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