14 破廉恥征伐
即時逮捕はまだできない。だが、直接本人に問い質すぐらいはしてもいいはずだ。
思い立ったように菖瞳は慶長出雲芸術大学に来ていた。
区警本部を後とし、その帰りに光浦にお願いしたのだ。
「ねえ、何をする気なんですか?」と洸は不安そうにして菖瞳に聞いた。
「わからない。とにかく会ってみないことには…。でも洸まで付いて来る必要はないのに」
「これは私の問題ですから」
ぎこちない二人はまだそこにいたがそれでも小さな信頼は生まれていた。
菖瞳はいつもはしない髪留めを気にしながら学内を見渡した。この日も何かの催事が催せらているようで、賑やかな空気が学内に広がっていた。
「渡辺陽汽って人見たことあるのだけど、どんな人かわかる?」
「実は私もわからないです。でも、顔は確かにあの人でした」
洸も取り調べの最中、高岡の電子ボード端末から被疑者の顔を確認したのだった。瞬時的に恐怖心を抱いたのだが、そのあとすぐに怒りが込み上げていた。
「案外名前だけでも調べがつくかもね」
楽天的な考えのもと菖瞳は歩き出したが、その予想を上回る光景を目撃したのだった。
『夏の芸術祭』として開かれた学内では様々な芸術作品の展示がなされていたのだが、その中でステージを使ったイベントが開かれていた。
その壇上では学生一人一人が自らの絵画の解説をしているのだが、5名の審査員が並んで座っていた。その内訳が講師三名生徒二名なのだが、生徒はミスター慶長、ミス慶長を名乗っていた。
そしてそのミスター慶長こそが渡辺陽汽だった。
見つけた瞬間菖瞳は声を上げた。どこかで見たことがあるかと思えばそのはずだ。
「ナンパ男だ!」
バッグを強奪した桝山駿を追いかけている中で気安く声をかけてきた男、その印象は写真の品の良い髪型とはかけ離れた茶髪のキメ髪、それに目元の印象が気のせいか違う気もした。だからだろうか、一瞬声をかけられた程度の男の顔と名前が一致しなかったのだ。
菖瞳の声が思いがけないほどに通り、渡辺の目に留まった。
観客はただの茶化した野次にしか聞こえなかっただろうが、渡辺は違った。その野次が自分に向けられたものだとも気が付かずに壇上から声の女を見た。それが学園祭の時にナンパした女性であることには気が付かなかったのだが、その女性の隣で腕を組んだ洸を見てハッとした。
突然渡辺は席から立ち上がり、どこかへと逃げ出したのだ。
これには騒然となる会場だったが、女二人は瞬発的に男の後を追った。
渡辺は逃げ走りながらも左手首の投影型通信端末を操作した。幾分か余裕があるのか背後を気にしての走り方をしていた。
学園内の人込みの中、渡辺は上手に人をよけながら、先を進んだ。それに対して二人は人の行き来を交わせずにいた。まるで阻むかのような人波に抗いながら男の後を追った。
どこまで逃げるのかと思いきや気づけば二人はうす暗い体育館に来ていた。
「お前ら、本当にしつこいな!」
渡辺陽汽は息を切らせて体育館の中央に腰を落とした。
「なぜ逃げるの?」と菖瞳は問い質した。渡辺に対してまったく息は上がっていない。
「なぜってお前ら仕返しに来たんだろ。だが、いずれ来るって聞いていたおかげでこっちも準備ができている。頼むぞ」
渡辺は首をひねらせ空間に向かってそう言い放った。
合図によりどこからともなくぞろぞろと男たちが現れた。見るからにいかつい者たちばかりで、にやけ顔を浮かべていた。準備運動でもしているかのように拳を丸めたり、首や肩を鳴らして二人を囲い込もうとゆっくり向かってくるのだ。
「私たちのことは誰から聞いたの」
洸が声を震わせて聞いた。
「お前、本当に覚えていないんだな。あの夜のことを」
「そんなことない。あんたのことははっきり覚えているのだから!」
「威勢がいいのはたまらなく好みだが、その生意気な根性すぐにへし折ってやる」
渡辺が手を振り落として合図をした。それに合わせたかのように大勢の男たちが二人に駆け寄ってきた。
思わず二人は体育館の隅に追いやられてしまう。
「待って!本気なの⁉」と洸は怒鳴った。気張っているが怯えていることは誰の耳からも明らかである。
せせら笑う男たちの中で渡辺の声が聞こえた。
「そうだよ。こいつらにはお前ら二人をどう扱ってもいいと言ってある。覚悟するんだな」
男たちの生唾をのむ音が不気味に聞こえてきた。
二人と軍勢の間には微妙な間合いが存在していた。じわじわと迫りどこから誰が先に飛び出てくるか全く読めない。
菖瞳はとっさに背後にしたままドアの取っ手をつかんだ。ほんの少し静かに横に動かしてみるたら、偶然にもカギはかかっておらず、ドアの隙間から風を感じた。瞬間的に扉を開いて身を翻した。
「洸!」
菖瞳の掛け声のままに洸も中へと続いた。
数秒遅れで男たちが押し寄せてきたが、体の大きな男たちがぶつかり合い誰一人として中に入ることができたものはいなかった。
菖瞳は急いでカギをかけて中への侵入を一時的に防ぐことができた。
「どうしよう…」
不安につぶやく洸だった。
部屋の中を見回すと人の通ることができないほどの小さな窓しかない、体育倉庫だった。
「嶺橋さん本当にごめんなさい。私のせいでこんなことに…」
菖瞳は無言で倉庫の中を漁っていた。
「怒ってるよね。あんなに気にかけてくれていたのに、私ったらあなたのことまったく覚えていないんだもの…」
洸は菖瞳を一瞥するとすぐ正面に立っていた。その表情からは怒りなどみじんも感じられず、ただ真剣な顔をしていた。
「このまま閉じこもるわけにはいかないでしょう?」
菖瞳がしゃべっている中でも扉をドンドンと叩く音が続いていた。
「でも、逃げられないよ」
「洸のおかげで私は前ほどじゃないけど感覚を取り戻せた」
「何の話?」
洸の疑問符に菖瞳は手にした箒回転帚を差し出して言った。
「私は戦う。こういう日のために鍛錬してきた気がするから」
「嶺橋さんも剣道やってたの?」
「そうよ。でも引き戻したのは洸なんだよ。二度も洸に敗れて悔しかったけど、私は洸といた。だって私たちは勝負だけでつながっていたわけじゃないんだから」
めそめそしていた洸は目を手のひらでこすると差し出された回転帚をつかんだ。
「菖瞳。私も戦うよ」
菖瞳はうれしくなって一瞬だけ顔が緩んだが、うなずいてドアの前で箒を構えた。
ドアは今にも壊れてしまうのではないかと思えるほどに叩きつけられ、きしむ音を立てていた。
菖瞳は精神を集中させ箒の先端を見つめた。箒の本体である毛の部分を身に向け、柄の部分を剣先とした。即席であしらったものだから心もとないが、突っ張り棒の物干し竿に比べると頑丈さが違う気がした。
菖瞳は扉の横で待機していた洸に頷いて合図を送った。
合図とともに洸はドアのカギを開け、ドアを一人分の広さまで開けた。
突然空いた扉の目には大勢の男たちが体をすくめていた。
間髪入れない菖瞳の突き攻撃が牙をむく。首元を狙う会心の攻撃に突き付けられた男は気を失ってその場に崩れ落ちた。
一度見せつけられた菖瞳の反撃に一瞬ひるんだ男たちだったが、またすぐに立ち向かってきた。一人ひとり倉庫に入ろうとするが皆が皆足並みをそろえていないから、次々と同じ突き攻撃で気を失っていった。
いつまでも同じ手でやられるほど愚かではなかった。扉が外され、ついに広く出入りを許してしまう。狭い倉庫である、容易く棒を振り回せるほどの余裕はない。
菖瞳は見切りをつけて洸に指示した。
「向こうに出るよ。付いてきて!」
突き攻撃を食らわせて勢いのまま駆け抜けた。
「大丈夫?」
「いる」後ろにぴったりとついてきた洸は菖瞳と同様に箒を構えていた。
襲い来る男を払っては頭に打ち付け、かわしては脚に引っ掛けた。決して自分たちからは攻めず、守りに徹しながら着実に一人一人を薙ぎ払っていった。
冴えわたっている二人の息の合った連携の立ち回りに誰一人として手を出すことはできない。
菖瞳は感じていた。洸の足捌きや太刀筋を。それは目視する必要はない。もはや手に取るようにわかる。だから菖瞳は敵の動きだけを注視して見ることができた。あの時、洸との一戦で感じた、動きを予測できる不思議な感覚を、今、全感覚をもって感じている。
それには洸も錯覚を覚えていた。どの方角に動いても菖瞳が必要な位置におり、邪魔にならない適切な位置を保っているのだ。
一度として手を出せていない男たちはついには諦めたかのように手を引いていく。
「おい。どこ行く?さっさと何とかしろよ!」
渡辺の命令に従うものは一人もいなかった。頭など体の至るべき場所があざだらけで戦意をとっくに失っていた。
「かかってきてもいいよ」
菖瞳の挑発に渡辺は逃げ出そうとしが、足がもたついてその場に倒れ込んでしまう。
「待って!いったい誰に私たちのことを聞いたの?」と洸の箒が渡辺の肩に乗せられた。
「男らだよ!」
今にも泣き出しそうな渡辺は冷や汗を流して、顔から血の気を失ったように蒼白としていた。
「具体的に誰ですか?」と菖瞳は冷静な声で投げかけた。
「お前の親戚だって言っていたよ」と菖瞳を指さした。
「親戚?誰?」
「知るかよ!」と渡辺は怒鳴った。
「え~?威勢がいいのはたまらなく好みなのよね」と洸は渡辺の股間を踏んだ。
これには渡辺も思わず変な声を上げて悶えた。
「いったいどうしてその親戚が私たちのことを警告したんですか?」と菖瞳は続けた。
「二週間前のあの夜。そいつらは俺たちの前にきて大暴れしてそう言ったんだ。俺は嶺橋の人間で彼女を傷つけるのは許せないって」
「彼女って誰の事です?」
「そいつは石元のことを指してそう言ったよ」
「石元じゃなくて、石元さんね」というと洸は再び渡辺の股間を踏みつけた。
何故か渡辺は「ありがとうございます。石元さん」と感謝を述べた。
「待ってよ。どうして嶺橋の人間だって名乗って私だと思ったのよ。私とあんたは面識がないじゃない」と菖瞳は質問した。
「変な格好の男が言ったんだ。教え子に手を出したら、そこの子らが容赦しないだろうって」
変な格好と話されてもどうにも想像が湧かない。
「それで、その男は他に何と?」
「別に。狂ったように刀を振り回してどこかに行ったよ」
「刀?どんな?」
「長い日本刀だよ。なんでも刃に触れたものは記憶を失うとか言ってたけど、まさか本当にそうなるなんてな。お前もそうなんだろ」
「お前って何よ」と洸は再三にわたり男の股間を踏みつけてはこねくり回した。
「すみません。ありがとうございます。石元さん」という流れが繰り返されていた。
「ああ、えらい騒ぎだったようだな」
第三者の声が体育館の入り口から聞こえてきた。
「刑事さん、どうして?」と洸は驚き思わず足に力が加わった。
「悪いけど盗聴器を付けさせてもらったんだ」
「え?どこに?」
「ごめん、洸」と菖瞳は黒い髪留めを指した。
「これなの?どうして教えてくれなかったの?」
「黙っていてごめんなさい。高岡さんに頼まれたから」と菖瞳は申し訳なさそうにして洸の顔を見なかった。
「嶺橋さんは悪くないよ。許してやってよ。石元さんは被害者だからできれば客観的証拠の一つとして関わらせたくはなかったんだ。君のためだからって渋々引き受けてくれたんだよ」
「そういうことなら…仕方がないよね」と洸はつぶやいた。
「それにしても、さっきこの建物から多くの男たちが出て来たけど大丈夫だった?」
「聞いていたなら助けに来てくださいよ!」
それには洸だけじゃなく菖瞳も一緒の気持ちだった。
「済まない済まない。助けに行くことも考えたんだが、嶺橋さんの切り替えの良さに見込みを見出したもんで、任せてみることにしたんだ。それにしてもよくやってくれた。なあ、どうだ渡辺陽汽君。この二人は」
見下げる三人に渡辺は顔を引きつらせた。
「何か湿ってきた…あっ」ととっさに洸は足を離した。デニムの生地が若干変色していたのだ。
「最高に幸せです」と渡辺は言ったっきり、気を失いその場に倒れてしまった。
そのまま警察署へと任意同行を求められた渡辺は汚れたズボンのままにパトカーに押し込められた。恥ずかしさからか、うつむき加減でやけにおとなしい。
高岡の部下たちでさえ「もっと抵抗するかと思ったけど、意外とあっさりですね」「俺の親父はな、とか持ち出すと思ったよな」と不審さを確かめ合った。
「高岡さんのお兄さん」と菖瞳は自前の車に乗り込もうとする高岡耕助を呼び止めた。
「そんな呼び方をするのは君ぐらいだ」と高岡は運転席から頭を出した。
「すみません」
菖瞳は近くに歩み寄った。
「いや、呼び方は何でもいいんだ。ところで何か聞きたいことでもあるのだろう?」
「はい。あの人の逮捕で洸の事件は解決ですか?」
「おおむね解決したと言っていいだろう。我々はすでに石元さんの証言した撮影所に使われた倉庫は抑えてある。そこに関わった連中は全員検挙できたのだが、困ったことに誰一人として事件当夜のことを語ろうとしないんだ」
「それはもしかして、福内と同じように記憶がないのではありませんか?」
「言われてみればそうだろうね」と高岡は腕を組んで思い返した。
「酒に酔っていて断片的に記憶が途切れているとか、ドラッグのせいじゃないかとか、事件当夜に関するあいまいな供述ばかりで具体性にかけている。人さまざまだったが、大括りにすると覚えていないというものになるかもしれない」
「変な話ですけど、容疑者全員に切り傷とか刺し傷みたいなものはありませんでしたか?」
「全員がそうかは分からないが、確かに体の見える位置に新しいケガを負った者はいた。それが何か関係でもあるのか?」
菖瞳は隣に並んだパトカーの後部座席を高岡の車窓越しに覗き込んだ。
「ちなみに福内は?あいつの体には?」
「彼を見つけた時はひどいケガを負っていたよ。つい最近まで入院していたんだが、彼の場合は腹部に大きな切り傷があったんだ」
「やっぱり」
確信を持った菖瞳は渡辺がいるであろう方向へ指を差して訴えた。
「彼は?さっきの彼の証言では刀を持って暴れた何者かが現れたって言ってましたけど、あいつには記憶があるみたいでした。体に傷がないか調べてください」
菖瞳は以前も感じた仕組まれているような、狭っ苦しい胸騒ぎを感じていた。
「ボディーチェックはいいが、なぜそう思ったか話してくれよ」
そう言って高岡は運転席から降りると運転席とは反対側のパトカーの運転席の窓を叩いた。運転席の川辺は窓を開け何事かの耳を傾け、助手席の岡口はらラップトップのキーボードから手を離した。
指示を受けた二人は早速渡辺を引っ張り出し車両の間に立たせると渡辺に衣服を脱ぐように命令した。
「なんで?」
当然渡辺は抵抗したが、高岡は口実を口にした。
「ドラッグを隠し持っている疑いがあった。今すぐパンツ一丁になれ」
「持ってないよ。ポケット確かめてみろよ」
「それだけだと不十分だ。別に寒空の下ってわけじゃないんだ。潔くサッと脱いだらどうだ。ミスター色男」
駐車場にはいつしか野次馬が大勢駆け付けていた。ミスター慶長大の学生が警察に連れていかれるという噂は学内中に知れ渡っていた。
「こんな仕打ちあんまりだ。親父が知ったらお前らただじゃ置かないぞ!」
「お!出た。それが聞きたかったんだよ」と岡口が嬉しそうに前髪をかき上げて川辺を見た。
「やはり、ボンボンはそうなるよな」と川辺もため息をついて答えた。
「なんだよ。その態度。マジで、めっちゃマジでヤバイ目に遭っても知らんからな」
「いいから早く脱げ。親父さんのことは気にするな。俺は決してお前のことを揺すりのネタにしようなどとは思っていない」
「お前らクソだ。マジ地獄に落ちろ」
「親父さんの足を引っ張っているのはお前だとわからないのか?なんでも思い通りにならないからって好き勝手に自分のものでもない権利を振りかざすことができると思ったら大間違いだぞ。そんなに抵抗するなら見せてやるよ」
高岡は岡口にアイコンタクトで合図した。
岡口は電子ボード端末をパトカーの窓越しに取り出すとそれを渡辺に見せた。
渡辺は冷や汗を浮かべると大人しくTシャツから脱いでいった。ズボンを脱ぐ時にためらいはあったが、すぐにカピカピになったパンツ姿を露わにした。すっかり身ぐるみを剥がされた渡辺は指示を受けるままに両腕を肩まで上げて固まっていた。
「見たところケガはないようだな。パンツの中はどうだ?ケガしているか?」
「ケガ?無いよ」と不愛想に渡辺は返した。
「どうだい?」
高岡の車を挟んだ向こう側にいる菖瞳に高岡は尋ねた。
「やっぱり、まったくありませんね。それってつまり、襲われなかったってことですよね」
「そういうことか」とつぶやいた高岡はすぐに渡辺の方へと向き直すとあごを横から鷲掴みした。頬がつぶれて口元がおちょぼ口を強調させるまで強く握った。
「どうしてお前は襲われなかったのだ?確かに倉庫の撮影機材は滅茶苦茶に荒らされていたが、その場に男が現れたと明確な証言をしているのは今のところお前だけだ。事件の晩に本当はいったい何があった?それは作り話か何かか?」
渡辺は口先をモゴモゴさせて何かを言いたそうにした。
高岡がさっと手を放してみると、渡辺は腕で口元をこすって話した。
「いまさらそんな話。俺だけが無傷な理由がまだわからないのか?あの場にいた誰もが記憶を消されては誰にもメッセージが伝わらないだろう」
「つまりお前は伝達役に残されたと言いたいのか?だが何のために」と高岡が人差し指を突き刺して問うた。
「違う。選ばれたわけじゃない。俺はとっさに取引したんだ。何とか切られないために何か取引ができないか持ち掛けたんだよ。そしたら奴は言ったよ。俺にお前が訪ねてくることでもあったら連絡をしろと、それに足止めをするようにとな。そう言ってその場で撮っていた映像を持って行ったよ」と菖瞳に向かって吐き捨てた。
「だから、肝心な当夜の映像だけ抜き取られていたのか」
岡口は納得した口調でボード端末を眺めた。
「なぜそれを言う気になった」
「いいんだよ。どうせあいつには勝てない。映像は手元にあるより奴が持っていた方が安全だ。それにお前ら家族のことなんて知るかよ。何かわからないけど、もう十分な足止めは成功したしな」
胸騒ぎの正体に気が付いた菖瞳は頭が真っ白になった。親戚の男の正体は分からないが、以前聞いた正統後継をめぐる権力闘争のほころびに違いない。それに父を殺して、兄の気を削いだ犯人であるかもしれない。
親戚を名乗る男が時間稼ぎをして菖瞳を遠ざけたとなると、目的は…。
「高岡さんのお兄さん!」
「ん?足止めについて心当たりでもあるんだな?」
「家です。すぐに家まで送ってくれませんか?」
「家には誰が?」
高岡は急いで運転席に乗り込んで聞いた。
「お母さんと…今の時間だと高岡さんの教室もまだやっているはず。電話してみます」
後部座席に座った菖瞳は急いでポケットから携帯電話を取り出した。
いくら呼び出しを求めても電話先からは反応がない。
「ダメです」と菖瞳は半べその顔で高岡に言った。
「行こう。俺も久しぶりだから道案内を頼むよ」
そう言って高岡はシートベルトを肩に掛けていると、助手席のドアが開いた。
「洸?」
「私も行くよ。聞こえたんだ」
「でも、いいの?これは家の問題だよ」
「それは言わないの。刑事さん、急ぎましょう」
高岡は言われるまでもなく、すでにエンジンをかけていた。
『班長どちらに?』
スピーカーから川辺の声が聞こえてきた。警察無線で受信したのだ。
既に小さくなるパトカーを背後に高岡は無線受話器を引っ張って口元へ運んだ。
「先に本部に戻ってくれ。俺は二人を送ってから戻るよ」
『了解しました。ですが…』
「どうかしたか?」
『渡辺陽汽の衣服持ってませんか?』
「え?」
車を止めてバッグミラーを眺めた。もうすでに大学の敷地を出ようとしており、パトカーの姿は見えない。
「これじゃないですか?」と菖瞳は座席の横に丸まった服を示した。
服をすべて剥ぎ取った後、無意識のうちに後部座席に窓から投げ入れたのだ。そのことにすっかり気が付かず、駆け足で来てしまっていた。
「悪い。戻っている暇はない。彼にはその姿のままでいてもらおう」
『ふざけるな!』というスピーカー越しに渡辺の声が聞こえてきたが、すぐに川辺が声が返ってきた。
『了解』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます