01 残念な誕生会

「誕生日おめでとう!」

 主役である嶺橋菖瞳は目の前に出されたケーキの火を吹き消した。

「すごい。一息で全部消した」

 驚いたようにはしゃぐ一つ先輩の柿木唯はすでに酔っぱらっていた。

「腹式呼吸です。これぐらいなら余裕です」

 謙遜したつもりだったが、柿木は面白がってもう一度ろうそくに火をつけ始めた。

「私たちよりも先に成人するのね」と同期の江村晴夏はるかがビール缶を持ってきた。

「お、飲むのか?」とさらにすでに酔っぱらっている先輩が絡んでくる。

「私は結構です」

 菖瞳は丁重に断ったつもりが冗談だと思ったのか無理にジョッキを手渡してきた。

「ねえ、もう一度やってよ~。また一発で消せたら賞金出るわよ~」と柿木先輩は菖瞳の目の前にケーキだったものを差し出した。20本以上のろうそくがケーキの表面上を埋め尽くし、小さな火事を引き起こしていたのだ。

「あはははっ。真っ赤っか。うける~」と江村がふざけて菖瞳に抱きついた。手にしたビール缶は口が開いており、身体を傾けた勢いで中身がこぼれているのだ。

「ちょっと」と菖瞳は晴夏から逃げるべく彼女の顔に手を押し付けて絡みつく身体から引き剥がそうとした。

「晴夏、まだ未成年じゃないの?何、ビール飲んでるのよ」

「いいのよ。法律上は18歳から成人よ。考えが古いのよ」と開き直ってさらにのどに流し込んだ。

 こうしているうちにケーキの火がいつしか一つの火柱となり手が付けられないほどになっているのだ。

 菖瞳の悲鳴に悪酔いどもが反応した。一人の酔っ払いが炎にビールを注いだのだ。

「消せ!消防士希望者はいないのか!」と煽ったのだ。

 煽られた菖瞳すら知らない男が突然シャンパンの先をケーキに向けて栓を抜いたのだ。勢いよく流れ出る泡に包まれケーキはすっかり台無し。無残な姿の塊だけが机の上に取り残されていた。

 見るに堪えない光景に菖瞳は席を立とうとした。お店の人に注意されないことが不思議であった。

 ゴールデンウィーク最終の水曜日。自分が誕生日であることを口にしたばかりに、サークルのメンバーによる急な誕生日会が催されたのだ。

 だが、このありさまを見て菖瞳は確信した。何も誕生日を祝いたかったのではないのだ。誕生日会を口実にして、暇な休日を集まってバカ騒ぎをしたかっただけに過ぎないのだ。現にこうして昼間から飲んで大はしゃぎ。

「汚れたじゃないのよ~。も~」と柿木先輩がブラウスにかかったシャンパンの泡を払うと唐突にそれを脱いだのだ。

 周りからは男どもの歓声が上がった。

 下着姿の先輩は醜態を気にすることなく胸を見せつけた。

 それに呼応するかのように露わになったブラジャー姿を拝もうと男どもが群がるのだ。

「そうよ!私を崇めなさい。哀れな大衆ども」

 それは何とも彼女らしい姿だった。酒に酔った柿木唯は水を得た魚の如く生き生きとしているのだ。サークルの女王は誰よりも明るくて豪快でいて品がない。しかしそれが彼女にとってプラスに作用した。柿木唯はあれでいて医者の娘なのだ。お高く留まることのない社交的性格は学内の男たちを魅了していた。

 もてはやされる柿木先輩の群れを割って入るように、今度は江村晴夏が対抗意識を燃やす。彼女もまた唐突にシャツを脱ぎ始めたのだ。

 オーディエンスはさらに盛り上がりを見せた。柿木先輩よりも豊満な胸が露わになり男どもは歓喜に酔いしれていた。

 菖瞳は怖くなり席から逃げるようにして彼らから少し離れた場所を探した。

「嶺橋さん」

 菖瞳を呼んだのは黒川さくという同期だった。彼はひっそりと店の隅に座っていた。

「隣いいかな?」

「どうぞ。ご自由に」と隣の座布団を叩いた。

「黒川君は飲まないの?」

「僕は酒を飲もうとは思わないんだよね。まだ未成年ってのもあるけど、ああなるのが嫌なのかも」とお刺身を箸でつまんだ。

「確かにあれは見ていられない」と菖瞳も適当に食べ物を皿に取り繕った。

「嶺橋さんって彼氏いるの?」

 唐突な話を振られた菖瞳は注いだ鍋の汁をこぼしそうになった。まさか黒川からそんな話を聞かれるとは思っていなかったのだ。

(これは黒川が私に興味があること?)と内心勘ぐってしまう。

「いないけど。それが何か?」

 変な素振りを見せまいと繕いつつ、盛ったお椀の汁をすすった。

「じゃあ、いたことはあるの?」

「高校の時ね。一週間だけど」

 苦い記憶に触れ、自然と表情が歪む。彼女にとってそれは甘いものでも何でもない。汚点であるという認識は薄れないのだ。

「一週間?そうなんだ…」

 黒川に詮索したい気持ちはあったはずだ。それは菖瞳自身も思うことだ。そんな恰好の話題に食いつかないわけがない。しかし、黒川は自らの話を続けた。

「今度デートに誘いたい人がいるんだけど、嶺橋さんならどんなとこに連れて行ってほしいかな…」

 それは遠回しでの否定。不覚にも失恋した気分を感じてしまった。別に黒川とどうなりたいわけではなかったのだが、これは極小単位での淡い期待を感じてしまった自分勝手な落ち度なのだ。

「誘いたい人って誰?」と顔にはおくびにも出さず、相手の話の興味を持つよう努めた。だが、そんな少し落ちた気分は一瞬のものだった。

「7歳年上のバイトの先輩」

「キャっ」と思わず変な悲鳴が出てしまった。

 黒川は照れた顔を浮かべてうつむいた。

 菖瞳は周りを見回して聞き耳を恐れた。この話こそ恰好の餌。あの酔っ払いたちが聞きつけでもしたら酷いことになりかねない。

 彼らはというと相変わらずバカ騒ぎをしていた。なぜか男どもの数名も服を脱いで遊んでいた。一人のバカがトイレットペパーでブラジャーを作って騒ぐ始末。彼のことは菖瞳にさえ、 バカの烙印を押されたどうしようもない男だった。

 だれも黒川の話を聞いていないことは明白だった。

「27歳?」

「26歳」とこそっと修正して教えてくれた。

 菖瞳は腕を組んで考えた。26歳の女性が好むデートプラン。それは少し未来の自分に投げかける問いのようでもあった。

「黒川君のバイト先って?」

「駅前のセプナイ」

『セプナイ』とは『セプテンバーナインス』の略称である。言わずと知れた世界的コーヒーショップである。つまるところ黒川は喫茶店の店員をやっているのだ。

 彼が恋した喫茶店の女性店員を想像した。おしとやかだという勝手なイメージが菖瞳の中で湧き上がる。

「最初はこうやって一緒に食事してお話する程度でいいんじゃない?」

「でも何を話したらいいか…」

「それは例えば仕事の相談とかでいいのよ。好きなものの話とか、黒川君の話だけじゃなく彼女のことを訊くのよ」

 菖瞳はもっともらしいことを並べたててみた。

 彼氏がいたというのは本当のことだが、すき好んだものではなかった。恋愛に関してはド素人。恋に悩む黒川とさして変わらない経験値しか持ち合わせていないことを横に置いて話す。

 だが黒川は「なるほど。なるほど」と頷いて聞いていた。

 既に黒川は菖瞳相手に聞き役の練習を始めていたのだが、菖瞳にはそんなこと想像すら及んでいない。聞き上手に徹する黒川相手に菖瞳は饒舌に乙女心というものを説き始める。

「いい?絶対にガツガツしたらダメだけど、ここぞって時のタイミングだけは見逃したらダメよ。相手はまずあなたの表面しか見ていないんだから。そこで内面に迫られた段階で薄っぺらだなって気が付かれたらおしまいだからね。自分の芯の部分。しっかりとした筋があるってことをわからせることよ。例えば信念とか志、思想みたいなものよ」

 そのうちにテーブル上のコップを手に取ってそれを口に含めた。のどが渇いたわけではなく、口さみしさからくる自然な衝動だった。だから、異変に気が付いた時にはすでに遅かった。

「嶺橋さん?それきっとアルコールだよ」

 菖瞳は驚いてコップを遠ざけた。既に一口は胃へと流し込まれている。

「水はないの?」

「あそこに」と黒川が指した先には汗をかいた冷水ボトルが鎮座していた。

 菖瞳は慌ててそれを注ぎ一気に飲み干した。

 そんな菖瞳の様子を黒川は驚いたように見ていた。まるでさっきまで砂漠の中を水もなく歩いていたような形相で飲み干しているのだ。冷水ボトル一本の水を飲み干した彼女だった。

「そんなに飲んだら水中毒になるよ」

「アルコール中毒に…なるより…まし…よ…」と空となったコップを右手に握りしめたまま顔をテーブルに突っ伏した。


 目が覚めると赤らめいた天井が回っていた。

 めまいに襲われ菖瞳は起き上がるとそのまま床に吐き気を催した。うつろうつろのままに辺りを見回した。頭がガンガンと鳴り響き、目から入るケバケバしい様々な色の光の加減がさらなる気持ち悪さを助長させた。

 見たことのない大きなベッド、きつめの香水のような匂いとともにきらびやかなライトは悪趣味だと感じてしまった。

 菖瞳はベッドから立ち上がろうとすると、自分の着ている服に違和感を覚えた。明らかに乱れているのだ。

 そこで初めて脳裏に浮かぶ言葉。

(お持ち帰りされたなのだ)

 ここに至るまでの記憶が全くないのだ。見知らぬホテルルームでベッドに横になどとは、理性が働いていたら絶対に許さない。

 菖瞳は己の不徳に大きな後悔を抱いた。

 すると部屋の向こう側から扉の開く音が聞こえた。シャワールームがあるらしく独特な湿気が粘着性を持ったスライムの如く忍び込んでくるのだ。

 菖瞳は思わず身構えた。いかなる男がこの私に興味を持ったのだろうかということと、この私が心を許した相手はどんな人間なのだろうかという好奇心を現れる人物の姿に注いでいた。

「起きたか。アヤもシャワーどうだ?」

 顔を見せた瞬間、菖瞳は相手の腹部を殴った。

「何するんだよ、菖瞳~」と男は腹を弱々しく抱えて身もだえた。不意打ちが聞いたらしい。

「彼氏面するのやめてって言ったよね?もう私たちは恋人でも何でもないんだから」

「そう言うなって。せっかく同じ大学の同じサークルに入ったんだからさ、よりを考え直してくれたっていいだろ?俺にだって芯の一つぐらい…」

「絶対にあり得ない!どうしてあんたみたいなバカに恩情を掛けなければならないというの!」と怒鳴るとバカの顔をにらみつけた。

 バカと言うのは例のバカである。宴会の席で半裸になりトイレットペーパーでブラジャーを作っていた男のことである。そして今もその防御力はパンツ一枚のみであった。

「バカって言うな。昔みたいに福内ふくち君とか宋汰そうた君。フックん、宋汰キュン。せめてソウタンと呼んでくれよ」

「アンタなんてバカで結構よ。お願いだから、もう私に付きまとうのはやめて」と不意にベッドに腰掛けた。それは呆れたというべきだろう。

 バカは腹を抱えて立ち上がった。その身長は菖瞳より頭一個分デカい。190センチメートルの長身が目の前にそびえたった。

「付きまとうなって言うか、もう家には行っていないだろ。学内でも話さないじゃないか。これ以上どうやって距離を置けって言うんだ」

 悪寒に誘われ菖瞳は身を案じた。巨体にこのままのしかかられでもしたら抵抗できるかわかったものではない。すぐさま立ち上がり出口に目を向けた。

 福内はすかさず菖瞳の両肩を抑え込む。

「ここまで来たんだからさ。楽しもうよ」

「冗談じゃない。絶対にムリ」

「さっきはあんなに楽しんだじゃないか」

「まさか!」と菖瞳は焦り、スカートの上から股を触った。だが、異常は感じられない。

 福内はにやけながらも両手だけは彼女から離そうとしなかった。そして顔が少しずつ迫ってくるのだ。

「わかったわよ」と観念したかのように菖瞳は力を抜いた。

「本当か?じゃあ」と言って福内は菖瞳のブラウスシャツのボタンに手をかけ始めた。

「その前にシャワー浴びないと。さっき吐いたから気持ち悪くて」

「そうだな。お互いに高揚感を高めないと」

 福内はあっさりと手を放すと思いきや去り際の菖瞳の肩をがっちりとつかんだ。

 びくりとした菖瞳は恐る恐る振り返る。

「シャツは脱いでいきなよ。どうせ裸になるんだからそれぐらいは良いだろ?」

 菖瞳は観念して言葉なくブラウスシャツを脱いだ。本当は下着姿すら見られたくはなかったが、堂々たる後ろ姿でシャワールームへと向かっていく。

 脱衣所に入ると早々に何かを探した。それは何でもよかった。主に棒状の何か。

 幸いにしてそこには突っ張り棒があった。福内が使ったであろうバスタオルがかかっていたそれである。ヤツが使ったタオルなど触りたくもなかったが背に腹は代えられない。バスタオルをつまみ上げ突っ張り棒を引っこ抜いた。

「早かったな」

 福内はベッドに寝そべっていたが、あろうことか彼女のブラウスシャツを顔に押し付けていた。

「それを返しなさい」

 菖瞳は突っ張り棒の先を福内に向けて命令した。

「楽しもうって話じゃなかったのかよ」と白けた様子で起き上がる。

「さっきから嫌だって否定し続けていたじゃない。お互いの了承がなければ成立しないのが社会よ」

「分かったよ。それなら力づくで」

 ついに本性をあらわにした福内は彼女のシャツをベッドの中央に投げ捨て菖瞳の目の前に対峙した。身長差はまるで大人と子供。高校時代、バスケ部のエースを努めていただけはある恵まれた体躯。長い腕と脚は程よい筋肉が盛り上がっていた。

 菖瞳は呼吸を整え、ただの物干し竿だった突っ張り棒を構えた。身長差のある対戦相手は小さいころから経験している。そんなことで怯む自分ではないことを己に言い聞かせた。

 繰り出した相手の長腕は彼女の身を捕えようと必死だった。剣とは違いまっすぐに降りてこない。ボール遊びをしているかの如く標的を柔軟に追い込むのだ。

 狭い空間で長棒を振り回すのは不利だということは承知している。攻め手は必殺。壁にぶつかって二の手が出せないことだけ避けなければならない。

 流れ来る手を小手の如く払落しつつ、相手の出方をうかがった。そのうちにして福内の表情は真剣なものになっていた。手痛く叩きつける棒の存在に苛立ち、標的を突っ張り棒へと向けたのだった。

 ついに福内は突っ張り棒を片手に捕らえた。

「卑怯よ!」

「卑怯はそっちだ。俺は素手だぞ」

 菖瞳が棒を引っ張ってみてもビクともしない。福内の握力は菖瞳のそれを上回る。

「さあ、やるぞ。俺が優しく手ほどきしてやるからよ」

 福内は鼻息を荒くしてつかんだ棒を奪い取ろうと左右に揺らし始めた。あまりに勢いよく振り始めたために、彼女の持つ右手が一緒に持っていかれそうになる。

 このままでは頼りの武器が奪われてしまう。

 そう思った時だった。菖瞳の頭にあの言葉がよぎったのだ。

(竹刀はしっかり構えなさい)

 そう。それは基本中の基本。父の教えの一つである。

 福内が振る棒がまっすぐと彼女に向けられた一瞬を見逃さない。刹那的に左手を添えて全身の力を足の裏に込めると勢いよく腕を引っ張った。彼女の力では福内の腕をほんのわずかに抑える程度の抵抗が限界だった。それでもかまわない。

 微力な抵抗に福内が含み笑いを浮かべるほんの一瞬、男の巨体がドシンと音を立てて床に倒れたのだった。

 一度引かれた物干し竿の先がビリヤードのキュースティックようにのどの一点を目掛けて奇襲したのだ。

 必殺の緩急ある突き。一度引いた体の重心をすべて足腰に移し、それを瞬時的に膝から得物に移すのだ。すべての力が得物の先に注がれ福内の握った右手をすり抜けて、のどに直撃したのだった。

 菖瞳は息を切らして男の顔を見下ろした。

 誤って殺めてしまったかと不安になって見ていたが、なんてことはなかった。男は目を開けてこう言った。

「パンチラ最高」

 気のせいかパンツの中が盛り上がって見えた。

 菖瞳は問答無用に福内の顔面に拳を振り下ろした。鼻から垂れ流れる血とともに男は幸福そうに気を失った。

 すぐさまベッドに投げ捨てられているシャツを着て、福内の左手首からウェアラブル端末、つまり腕時計型の通信デバイスを引き剥がした。

 手首に装着し、手首に投影する機能があるので、菖瞳はさっそく袖をまくると中の情報へのアクセスを試みた。思った通りパスコードは設定されていなかった。そこで気を失っている男に暗証番号やバイオメトリクス設定を備えておこうという関心があるとは思えない。主な関心ごとと言えば…。

 写真画像のアイコンをタップしてみた。

「やっぱり、このバカは…」

 そこに並べられたいくつもの裸の写真。女遊びが激しいとは風の噂では聞いていたが、これほどゲスな男だとは思いもよらなかった。それは以前までの評価のさらに下を行く下劣というランクを意味する。一晩の逢瀬を記録に残しているとはとても思えない。ほとんどの構図が不自然に部屋の隅からのものなのだ。つまり、福内自身も被写体の一人に含まれていた。

 もっとも最新の画像は思った通りつい二〇分ほど前の自らの姿だった。気を失っている自分を介抱するかのように抱きつつも体に触れている瞬間だった。

 身の毛もよだつ事実に震えながらテレビのかかった壁を隈なく探ってみた。すると思った通りテレビの陰にノック式のペンがひっかけられているのだ。

 菖瞳はそのペンを手に取り芯を出してみる。それはただのボールペンだった。黒のインクが指に付いた。

 不審に思いもう一度腕時計を操作した。すると案の定、カシャッという、とても小さなシャッター音とともにデータが送られてくるのだ。

 菖瞳は思いっきりそのボールペン型のカメラを折り曲げると、その残骸を福内の体に投げ捨てた。ついでにデバイスからすべての写真データを削除した。

 モヤモヤとした感情のままに腕時計を外して再び福内を見下した。男の顔の何たる幸せそうな表情に腹が立ったが腕時計をシャワールームの水桶に投げ捨て部屋を後にした。

 散々な二十歳の誕生日だったが、何とか貞操とプライドは守り抜いた。

 巨体を突き飛ばしたという感触だけが唯一の報酬というのは何とも悲しい。寂しさと不甲斐なさに落胆しながら菖瞳は夜道を歩いた。大人となった最初の一日がこれほど悲しいものになるとは剣を振るう楽しさを覚えた十六年前は想像もしていなかった。

 そして何よりも父にありがとうとごめんなさいを伝えたかった。

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