想い
私は目の前の扉を見つめながら廊下に佇んでいた。
私を連れてきた兵士の男は、扉をノックし私を連れてきた事を扉越しに伝えると中から入るよう声が返ってきたので、男は扉の横に立ち一人で入るよう促してきたのだ。
じっと扉を見ながら大きく一度深呼吸をしノブに手を掛け部屋の中に入っていく。
どうやらここは執務室で、ダグラスは机で何か書き物をしていたようだが私が入ってきた事に気付きペンを置いた。
そしてじっと私の顔を見てくるのだが何故か何も言ってこない。
「・・・え~と呼ばれたから来たんですけど・・・用が無いのなら戻っても良いですか?部屋に残してきたアイラが心配なので」
「・・・お前は恐ろしくないのか?」
「え?」
「先ほどの娘は酷く怯えた様子でこの部屋に来た」
「・・・・」
まあ、アイラは何故ここに連れてこられたか分からなかったからね。普通いきなり敵国に捕らえられれば怯えるよ。
そもそも私が怯えた様子じゃ無いのは、作者として自分が書いた話に怯えるのもなんだか癪な気がしてきたから。
そして自分の事は書かれてないから絶対安全だとは言えないけど、怖がってられるか!と思いダグラスを強い眼差しで見返したのだった。
「・・・変わった女だ」
「誉め言葉と受け取っておきます」
「ふむ、まあ良い。ではまずお前の名を聞こうか?」
「・・・サクラ」
「名も変わっているのだな・・・ならサクラ改めて確認するが、お前はカイル王子の恋人なのだな?」
「違います」
「嘘は言うな。あの時の二人の様子は想い合っている者同士に見えたぞ?」
ダグラスに連れ去られる時、必死な顔で追い掛けて来ていたカイルを思い出し胸が痛んだ。
「・・・やはりその表情からするに恋人だな」
「っ・・・だから恋人では無いです!」
「・・・なるほど、どうやら恋人同士にはなっていないと言うことか。だが、あの時のカイル王子の様子からだとお前がカイル王子にとって大事な人であるのは間違いなさそうだ」
「・・・私を一体どうするつもり?」
「カイル王子に対しての人質だ。既に王子側にはお前の身柄と引き換えに国を引き渡すよう要求してある・・・まあ、女一人の事でこの要求を飲むとは到底思えんから拒めば武力で攻め落とすつもりでいる。こちらにはシルバへの人質がいるからな。シルバさえ抑えられればどうとでもなる」
「っ!」
あの状況で私を拐った時点である程度予想していたが、実際言われるとやはり辛いものはある。
・・・だけど私はカイルの足枷になるつもりは無い!!
私はキッとダグラスを睨み付けた。
「ほぉ、人質と聞いてもさらに気丈に振る舞うか。大概の女は泣き崩れるか恐怖に震え出すか、あるいは相手を見捨ててすり寄って来ようとする者ばかりだったのだがな」
「私はそんな事しない!絶対貴方の思い通りになんかならないから!」
「・・・・」
ダグラスは感情の読めない瞳でこちらをじっと見てきたかと思うと、徐に席を立ち私の前まで来て見下ろしてくる。
「な、何よ!?」
「・・・やはり変わった女だ。俺に恐れる事なくさらに歯向かってくる女など初めて見た・・・カイル王子が気に入るのも分かるような気がする」
「え?」
私は言われている意味が分からず、不思議そうにしてダグラスを見上げた。
「・・・まあ良い。どれだけ歯向かおうが俺に捕らわれている身。どうする事も出来ない事を身を以て知るだろう」
そう言ってダグラスは不敵な笑みを溢したのである。
その後執務室を出た私は、入口に立っていた兵士に連れられ元いた部屋に戻った。
部屋に入ると心配そうにしていたアイラが駆け寄ってきて私の無事を確認してくる。
大丈夫だと告げ、結局私もカイルの人質として捕まっているらしいと言うと、アイラの顔がみるみる青くなり何故か本人よりもショックを受けてしまっていた。
結局この後もアイラを落ち着かせる羽目になったのである。
深夜私は窓辺に立って夜空に浮かぶ月を見ていた。
後ろを見るとベットにはアイラが憔悴しきった表情で眠っている。
私はもう一度月を見てため息をつく。
・・・カイル心配してるだろうな。
まさかカイルの目の前で自分が拐われる事になるとは思ってもいなかった。
・・・そう言えば私、あんな無理矢理キスされたのにカイルの事嫌いになってないのは何でだろう?
不思議に思いその時の気持ちを考える。
・・・正直驚いてはいたけどキスされた事は・・・嫌では・・・無かった。
私は頬を染めながら感触を思い出すように唇を指でなぞった。
そしてこんな時だけど冷静にカイルの事を考え始める。すると、出会ってから離れるまでのカイルの色んな表情が頭の中を駆け巡った。さらに私を妃にすると宣言した時のカイルの真剣な表情が脳裏に浮かび心臓が大きく跳ねる。私はふとずっとカイルの事を考えている事に気付きハッと自分の気持ちに気が付いたのだ。
・・・私・・・カイルの事が・・・好きなんだ。
そう自覚するとカイルへの想いがどんどん溢れ出していった。
自分で書いた小説の人物であってももうこの気持ちを止める事が出来ないでいる。
やっと自覚した自分の気持ちをカイルに伝えたいのに今は会うことが出来ない。
「カイル・・・会いたい・・・」
そう呟き首にかけてある薔薇のペンダントに触れると同時に、目から涙が溢れ落ちそして止まる事なく溢れ出す。私は両手で顔を覆い、声を押し殺してその夜月明かりに照らされながら泣き続けたのだった。
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