王子とダンス

私は声のした方に振り向く。


そこには礼服を着こんだ見知らぬ男性が立っていた。




「美しい・・・」


「え?」


「ああ、失礼しました。貴女があまりにお美しいので見惚れてしまいました」


「・・・・」




・・・まあ、これだけ着飾っていればそう見えるんだろうけど、いつもの姿を見てない人から言われてもなんだかな~。




私が苦笑しながら何も言わないでいたのだが、男性は気にした様子もなく手を差し出してきた。




「?」


「もし宜しければ私と一曲踊って頂けないでしょうか?」


「お、踊る!?」


「待ちたまえ、こんな男よりも私の方が貴女を楽しませてあげられる。私と踊って頂けないでしょうか?」


「いやいや、私と踊って下さい!」


「何を言っている!お前達は後から来たのだから私が先に踊るべきだろう!」




最初の男性の後にすぐに続けて二人の男性が現れダンスを申し込まれた。




・・・何これ?何でこんな所でモテモテになってるの!?正直あまり嬉しく無いんだけど・・・だって私中学の授業で受けた簡単なワルツぐらいしか踊ったこと無いから!!




「あ、あの~申し訳・・・」


「サクラ!」




目の前で言い争っている男性達に断りを入れようとした時、鋭く私の名前が呼ばれた。私は呼ばれた方を見るとカイルが険しい表情のまま私の方に歩いて来る。そして私の目の前まで来ると男性達に冷たい視線を向けた。




「・・・この女性は俺の客だ。ダンスの相手なら他を当たれ」


「「「は、はい!」」」




カイルの恐ろしく低い声で言われた男性達は、同時に返事をした後蜘蛛の子を散らすように去っていったのだ。カイルはその男性達の姿を確認した後漸く私の方に視線を向けそして瞠目し固まった。




「カイル?」


「・・・っ!」




私が不思議そうに声をかけるとカイルはハッとした表情になり慌てて横を向く。ただ、その顔が何故か少し赤い様にも見えるのだが・・・。


小首をかしげてその様子を見ていると目だけこちらに向けてきた。




「・・・あ~そのなんだ~その・・・」


「何?もういつもみたいにハッキリ言えば?」


「・・・・・・・綺麗だ」


「えっ!?」




まさかカイルの口からそんな言葉を聞くとは思わなかったので一瞬にして顔が熱くなる。




「お前顔真っ赤だぞ!」


「カイルの方こそ!」




二人で顔を真っ赤にしながら言い合って睨み合い、そしてどちらからともなく笑いだしたのだった。




「くく、見た目が変わってもやっぱりサクラだな」


「カイルもね」




あんなにカイルの事を気にしてたのに、直接会ったらもうどうでも良くなってしまったのだ。




「そう言えば何で私この舞踏会に案内されたの?それもこんなドレスまで着せられて」


「それは・・・あのハンカチのお礼だ」


「ハンカチ?・・・ああ、あの濡れた髪を拭いた時の。でもそのお礼がこれって・・・」


「どうせドレスも舞踏会も初めてだろう?俺がわざわざ用意してやったのだ有り難く受けとれ」


「・・・やっぱりいつものカイルだわ」




相変わらずの俺様っぷりに呆れながらも安心したのだった。




「まあ、こんな経験今までしたこと無いから確かに嬉しいかな。とりあえずお礼言っておくね。ありがとう」


「ふん、そんなに嬉しかったのならこれからも招待してやるぞ」


「いや、それは遠慮願うよ」


「何故だ!?」


「何故って、こんな経験一度だけで良いよ。さすがに場違いなのは実感してるし・・・ほら、あそこに居るお嬢様方がカイルの事待ってソワソワしてるよ?行ってあげなよ」




チラリとカイルの後ろの方を見ると、数人の女性がカイルの事を落ち着かない様子でじっと見ている事に気が付いた。カイルはチラリととそちらを見たがすぐに私の方を見る。




「あれは気にしなくて良い。どうせ王子と言う肩書きに惹かれた浅ましい女達だ・・・・・・・それに、お前から離れたらまたさっきみたいな男達が・・・」


「え?何?最後の方よく聞こえなかったんだけど?」


「べ、別に気にするな!・・・それより曲が始まったな。どうせ立っているだけじゃ暇だろう?一曲踊るぞ!」


「えっ!?ちょ、ちょっと待って!」




相変わらず私の有無を確認しずに今度は私の手を取って踊りの輪の中に向かっていく。だが、今回ばかりは断固拒否する事に。




「カイル待って!私踊れないから!!」


「そうなのか?全く?」


「・・・昔ワルツを軽く習ったぐらいでそれ以外は全く」




カイルが足を止めて私を見つめ暫く思案してから再び歩き出す。




「ちょっとカイル!?」


「ワルツが少し踊れるのならまあ大丈夫だろう。あとは俺がリードしてやるから安心しろ」


「いやいや、無理だし!絶対足踏むから!!」


「ふん、そんなの俺が華麗に避けてやる」


「華麗に避けるってどんなのよーー!」


「良いから行くぞ」




抵抗虚しく結局輪の中心に連れていかれたのだ。


お互い正面を向いてカイルが私の左手を取り右手を腰に回してぐっと体を寄せられた。あまりの密着に思わず俯き体が強張ってしまう。そして心臓が凄い勢いでドキドキしているのが分かる。




「おい、そんなに固くなるな」


「そ、そんなこと言われても・・・」


「ほら始めるぞ」


「わぁ!」




カイルが勢いよく動き出し私は力強い腕に支えられながら踊り出した。私は足元を見ながら踏まないようにと必死に足を動かす。




「・・・そんなに下ばっかり見てると余計上手く踊れないぞ」


「で、でも!」


「良いから俺に身を預けろ」


「なっ!」




腰に回されている腕に力がグッと込められさらにカイルとの距離が近くなる。私は思わずカイルを見上げ予想以上に近くにあったカイルの顔に驚く。ふとカイルの楽しそうな綺麗な碧の瞳に自分が映っている事に気付き思わずその瞳に見入ってしまう。結局その瞳にボーと見とれていたお陰で体の力が抜け、カイルのリードでその後スムーズに踊れるようになったのだ。




「良いぞ、その調子だ」




・・・なんか楽しくなってきた~。それになんだか体がぽかぽかふわふわして気持ちが良い~。




「うふふふ」


「・・・サクラ?」


「な~あ~に~?」


「・・・もしかして・・・お前酔ってないか?」


「え~酔ってないよ~だって、シャンパンをグラス一杯しか飲んで無いも~ん!」


「・・・絶対酔ってるな」


「大丈夫だよ~今はぽかぽかふわふわしてるだけだし~」


「・・・・」




その時丁度曲が終わり、少し残念に思いながらカイルから体を離す。しかし、その途端足の力が抜けガクリと膝から崩れ落ちそうになった所をカイルに支えてもらった。




「おい!サクラ大丈夫か?」


「あれ?なんか目の前がグルグルと回る・・・」


「サクラ!?」




突然視界が歪んだと思ったら急に目の前が真っ暗になり、そしてそのまま意識を失ってしまう。意識を失いかける間際カイルが焦った様子で私の名を呼ぶ声が聞こえ、その後体が浮く感覚を味わったのだった。

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