観察生活

「サクラちゃん!このスープ4番テーブルね」


「は~い!」




昼飯時の忙しい時間に、私は出来た料理を指示された所に運んで行く。


私は今この食堂兼宿屋で住み込みで働かせて貰っている。


あれから色々考えたけど、やはりここは私が書いた小説の世界であると結論付けた。


しかし、どうしてここに居るのかはどれだけ考えても分からない。結果もう悩んでてもどうにも出来ない事なので考えるのを諦める事にしたのだ。


そして私は逆にこの状況を楽しむ事にした。だって、自分で書いた小説の話がリアルで見ることが出来るのである。


これは作者として見守っていかなくては!と決意を新たにしたのだった。


ただ、いくら作者だとしても生身の人間なのでお腹は空くし眠たくもなる。しかし、この世界のお金など当然持ってないし住む家も無い。


途方に暮れていたときに、あの私のスカートを引っ張っていたおばさんが困っている様子の私を見掛けて声をかけてくれたのだ。


おばさんには本当の事を言うわけにはいかないので(まあ、言っても頭のおかしい子と思われて信じて貰えなかっただろうけど・・・)、遠い国から旅行でこの国に来たけどひったくりに遇い、持ち金と荷物全部取られてしまって困っていると伝えたら同情したおばさんが、女将として経営している宿屋で住み込みで働かせて貰える事になった。・・・凄くいい人!


そうしてここで働きながら分かった事は、小説に登場しない人達にもそれぞれの生活が有りちゃんと自分達で考えて行動しているのだ。




これは良い!小説をただ読むだけでは見えなかった他の人々の様子が見れるのは凄く楽しいし嬉しい!




そんなこんなで今は楽しく宿屋で働いている。そして今私が一番楽しいのは・・・。




「サクラちゃん、だいぶ客も減ってきたから休憩して良いよ」


「ありがとうございます。ではちょっと外出て来ますね」


「あいよ、気を付けて行きなよ」


「は~い」




昼時のピークが過ぎたので、女将さんから休憩を貰えた為早速外に出掛ける事にした。




え~と、今はここら辺かな~?




女将さんから頂いたチェックのワンピースのポケットから、ノートを取り出しパラパラとページをめくる。


そしてその内容を確認してから目的の場所に向かった。






────お城に隣接する騎士用の寄宿舎裏広場。




私は物陰からニマニマとしながら覗いている。


そこには、木陰で仲良く座ってお弁当を食べるアイラとシルバの姿。


そう、私は時々物語の進行状況を確認する目的でこうして二人を観察しているのだ。


ヒロインのアイラは17歳で花が大好きな優しい女の子。いつも笑顔で花を売っていて街の人に好かれている。


ヒーローのシルバは23歳で貴族の出だが志願して騎士となり、剣の実力もあって若くして騎士団長を務めている。


あれから二人は何度か会い、こうしてアイラ手作りのお弁当を二人で仲良く食べる程に仲は進展していた。




うむうむ。順調に進んでいる様で良かった・・・しかし、ここに一つアクセント欲しいな~。




私はノートを取り出し今この状況のページを開く。そしてノートに付いていたボールペンを手に持ち文章の余白にペンを走らせた。




『その時突然突風が吹いた。』




そう私が書いたと同時に突風が吹いたのだ。




「きゃっ!」




アイラが驚いて髪とスカートを押さえ、シルバがお弁当を飛ばされないように押さえていた。


風が止むと二人でお互い見合い髪がボサボサになってる事に気が付いてクスクスと笑いあう。


そしてシルバがアイラの髪を優しく直してあげていた。


アイラはその行動に顔を赤らめて恥じらっている。




いやーーーー!!良いーーーーー!!




二人のそんな姿を見て一人物陰で悶えていた。


どうやら作者の特権かノートに加筆するとその通りの事が起こる様なのだ。


ただ、ボールペンしか持ってないので直接消すことが出来ない。なので直す場合は線を引いて消すか、その線で消した隣や余白に加筆修正するしか方法が無くあまり沢山書けないと言う難点が。しかし、あまり修正すると物語のバランスが崩れるので特に影響の無い所だけにしている。


ちなみに自分の事を書けば良いのでは?と思うだろうが、基本的に小説に書かれている事に関わる事しか加筆修正出来ないと言うのが既に実証済である。




・・・えぇ、お金が沢山手元に現れるとか書いてませんよ!・・・書いて・・・すみません、余白に書いて何も起こらなかったので線引いて消してあります・・・。


まあ、作者でも万能では無いってことです!・・・グスン。




私は気を取り直して更に二人を見守ることにした。




「・・・ぉぃ・・・」


「やっぱり美少女と美青年のカップルは良いな~」


「・・・おい・・・」


「いやぁ~眼福だわ~」


「・・・おい!」


「痛!!」




突然後ろから私の結んでいた髪を引っ張られ、髪を押さえつつムッとして声のした方に振り返る。




「げっ!カイル・・・王子!」




私の髪を引っ張っていたのはカイルだった。


カイルは小説の主要登場人物でこのミネルバ王国の王子で23歳。たった一人の王子だったので多少周りに甘やかされて育ち少し俺様な性格になっている。シルバとは幼馴染みの関係。




「げっ!とは何だ!」


「い、いや~それは・・・」


「うん?お前何処かで見たことが・・・ああ、この前街で馬鹿面のまま一人突っ立ってた女だな」


「ば、馬鹿面!?」


「ふん、で馬鹿女はここで何をしている?」


「ば、馬鹿女ですって!?」




一人で居たが相手は王子だから頭を下げてやり過ごそうかと思っていたけど、さすがにここまで馬鹿にされるのは我慢出来ない!それによくよく考えたら、私は元々このカイルを生み出した作者なのだから敬ってあげる必要無いじゃないか!




「・・・馬鹿王子こそ何でここに居るの?」


「なっ!誰が馬鹿王子だ!」


「え?私の目の前に居る人だけど?」


「お前!この俺を誰だと思ってるんだ!」


「だから馬鹿王子」


「お、お前!!」




カイルは顔を真っ赤にして凄い形相で睨んでくる。




「人の事を馬鹿女と言うような人は馬鹿王子で十分!」


「なんだと!!」


「私は今忙しいんだからとっととどっか行ってよ」




私はカイルを無視する事にして、もう一度アイラとシルバの様子を観察し出した。




「何だその態度は!」


「・・・・」


「馬鹿女!俺を無視するな!」


「・・・・」


「くっ・・・しかし、お前は一体何を見てるんだ?」


「・・・・」


「・・・ああ、シルバあそこに居たのか・・・シルバが見付かれば、もう馬鹿女の相手などする必要無いからな!ふん!!」




そう言って、カイルは自分に言い聞かせながらシルバ達の元に近付いていった。




あ~ムカつく!何回も馬鹿女と言うな!・・・そう言えば、小説でもこのままシルバ達の元にカイルが現れると書いてあったはず。・・・よし!




もう一度ノートとボールペンを用意し、カイルの登場するシーンに少し修正をした。




『カイル王子が近付いて来た。→カイル王子が近付いて来る時石に躓き派手に転けた。』




ドサ!!




音のする方を見ると派手に転けているカイルの姿が。




ぷくくく!!




私は口を手で塞ぎ笑い声が漏れるのを抑えた。


だけど私の様子に気が付いたのか、カイルは起き上がりながらこちらを真っ赤な顔で睨み付けてくる。しかし私はスッキリした気持ちのままカイルを無視しその場から退散したのだった。

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