クシャミをして〜人間の利益って、なに?

はっくしょん!

ダメだこりゃ。

はっくしょん!

もうダメだこりゃ。

クシャミをしながら、マコトは思った。


クスリをもらってこなきゃダメだ。

いやだいやだ。

もういやだ。

はっくしょん!!

ひとがたくさんいる電車の中で、こんなに大きな音を連続させるのは、ほんとにもういやだ!

はっくしょん!!!


マスクの陰でひそかに鼻水をすすりながら、マコトは思った。

なぜ花粉なんて飛ばすんだろう。

スギとかヒノキとか。

ものすごい量の花粉で道の表面が黄色くなるよね。

空気まで濁っている気がするよね。

息苦しいほどだよね。

イジメだよね。


でもねえ。

マコトは思った。

花粉を飛ばすのはスギ、ヒノキの勝手だし。

彼らは人間が原始人だったころより遙か昔からそうしてたんだろうし。

そんな先輩たちに文句をいうのは、スジ違いかもね。

あたかも、平安時代からあった大きな墓地の隣に平成になってから引っ越してきて、「お墓は気持ち悪いから、なくしてほしい」っていうようなもんだよね。

そもそも、人間がスギとかを植え続けているんだよね。

それで花粉症のひとの数もどんどん増えて、あと50年で2倍になる計算らしいんだよね。


スギやヒノキは成長が早くて、安くて丈夫な資材になるらしい。

それに、花粉症患者がたくさんいれば、クスリ屋さんや病院はその分の収入が見込める。


…………。


なんだか、あれみたいだね。

戦争が起きると、武器を売るひとが儲かるっていう、あれ。

武器を売るひとがいるかぎり、戦争はなくならないっていう、あれ。

ほんとうかどうかは、わからないけれど。

だれも戦争をしなければ、戦争は起きないけれど。

争いたくなければ、争いはないんだけれど。


けれど。


人間は争う生き物なんだ。

争うことで利益を得る生き物なんだ。

利益を得て、発展してきたんだ。

戦争をすることで、豊かになってきたんだ。

新しいものを生み出してきたんだ。


鉄で出来た剣。

馬が走らせる戦車。

勢いよく弾が出る銃。

ロケット燃料で飛ぶ爆弾。

原子を分裂させてエネルギーを得る仕組み。

世界じゅう、宇宙じゅうの情報をため込んで演算する回路。


人間はそうやって、前へ進む。

大きな力を身につける。

暮らしが豊かになる。

便利になる。

これからだって、人間はきっとそうする。


マコトは思った。


「生きているうちに花粉症を克服したいな」


こころから思った。


「スギやヒノキを恨んだり、クスリ屋さんを疑ったりじゃなくて、自分の問題として」


電車の中で、マコトは耐えていた。

再び来るクシャミの波状攻撃を予期しながら。

震えるマスクの裏では、鼻水がたれて伸びていた。


みじめに頑張ろうと、マコトは思った。






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