虹に近づいて〜大切なものって……
雨あがり。
雲がちぎれて、鮮やかな青が広がっている。
谷間にさしかかる列車。
4人がけの対面座席に、ひとりマコトは座っている。
文庫本を手にして、文字を追っていた。
その昔に読んだ時にはピンとこなかった小説。
時がたって、いまさら読むと、この物語が名作とされる理由がわかる。
人物の気持ちがていねいに描かれている。
絡みあった関係がよく見える。
ひとのこころが伝わる。
まごころを感じる。
深い思いやり。
奥底からのまごころって、なかなかないよなあ。
というより、日頃、意識しない感じ。
っていうか、ウザいっていうか……。
マコトは思い出した。
同時に、ひそかに反省した。
母親のことを、うるさいと思ってしまうのだ。
ちゃんと食べなさい、とか。
勉強しなさい、とか。
夜遅くに出歩いちゃダメ、とか。
そのまごころ、わかっちゃいるんだけど。
いわれた時は、やっぱりウザい。
そんなことを思う胸の中には、いつしか灰色の霧が広がる。
逃れるように、マコトは顔を上げた。
そこに、それはあった。
車窓から見るそれは、色彩の橋だった。
近くの茂った森に刺さりながら、蒸気たっぷりの空に浮いていた。
7つどころか、もっともっと、たくさんの色で光っていた。
虹の美しさに、マコトは圧倒された。
ことばを失って、脳みそが静かになった。
そのあと、こころが踊った。
北へ向かう列車は谷間を走る。
輝きに向かって真っすぐに。
しかし、なぜだろう。
虹はなかなか近づかない。
それどころか、だんだん光が薄れてくる。
森まで来たら、ついに消えてしまった。
手が届きそうだったのに。
触れられそうだったのに。
そうしてマコトは思い至った。
〜虹は、まごころのようだ〜
近くにいると、わからない。
でも、離れていると、わかる。
なにがわかる?
すばらしさが、わかる。
光も水蒸気も、ありきたりのもの。
母のことばも特別なセリフじゃない。
でも、地球上の特別な時間、特別な方向から色のグラデーションが生まれる。
自分は数億分の1の確率で生まれて母の子になり、愛されている。
ふたつとも、大宇宙の特別な瞬間の出来事なのだ。
すばらしい奇跡なのだ。
大切なものって——。
マコトは思った。
大切なものって、手にとることはできないんだね。
はかないものなんだね。
雨上がり。
緑の森の谷間。
ひとつ後ろの列車が同じように虹を見たかどうかは、わからなかった。
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