話を聴き終えて〜虚無って、なに?

いいこといってたなあ。

と、マコトは思った。

活躍してるひとは違うなあ、さすがだなあ。

深く感銘を受けた。

帰り道、道ばたの花壇のフチに座りながら、ぼおっと考える。


講演してくれたその名俳優は、こういった。


山を登ってるときは、つらいんだ。

下ってるときは、楽なんだ。

登るほうがいいと思わないかい?

せっかくの人生なんだから。

苦労しなくてラッキー、得した、と思いながら坂を降りるよりも、登ろうよ。


あと、こんなこともいってたなあ。


なんのために生まれてきたか。

答えを見つけるのは難しい。

これだ、と思っているひともいるし、ぜんぜん分からないひともいる。

わたしは思う。

自分は試されているんだと。

何度も生まれ変わって、よりたいへんな試練をもらうんだよ。


すごいなあ。

えらいなあ。

試練って、なんかの教えのようだけど。

でも、何度も生まれ変わるっていうのは、また違う教えだよね。


いや、宗教というよりも。

あのひとは昆虫が大好きだから。

小さい命のそばに、ずっといたから。

虫たちの生と試練と死を、何千、何万、膨大な数で見てきたから。


はるか昔は、きみだったのかもね、ぼくは。


そう思ったとしても、自然だよね。

輪廻転生ってやつだよね。


と、ここでマコトは思う。


〜もしも、転生なんてものはなくて、生が1度きりだったら〜


この命が1回きりだったら?

次になにかに生まれ変わるなんて、ないとしたら?


カマキリに生まれて虫を捕まえて食べることが、ないとしたら。

幸せのなかでメスカマキリに食べられて死ぬことが、ないとしたら。

あるいは、かっこいい勇者になって異世界で活躍することはないとしたら。

それとも、絶世の美女になり超美形のプリンスに惚れられることもないなら。

逆に大魔王になって世界に君臨することが、未来永劫、ないのなら。

未来にいくタイムマシンに乗れないというのなら。

過去にも行けないというのなら。


花壇の奥から、小さな虫がぶうんとやって来て、マコトの手にとまった。


もちろん、虫を食べたくはないし、虫になりたくもない。

けど、勇者にはなってみたいな。

美女になって寵愛を受けるのもいいかも。

恐怖の魔王も、じつはあこがれている。

未来に行って宇宙船に乗るのもいいな。

エイリアンに会いたいな、タイムマシンで過去にも行ってみたいな。

ブラックホールに入って、向こうがわの平行宇宙に飛び出てみたいな、だれも見たことのない銀河を見てみたいな、見知らぬ暗い惑星に降り立ってみたいな……。


そんなことが、絶対にないのなら。

絶対に絶対に、ないというのなら。


マコトは思う。

それは、むなしい。

恐ろしい。

虚無。


この世はむなしい?

宇宙はむなしい?

まさに虚無?


しかしマコトは、ここに至って、こう感じた。


ほんとうにむなしいのは。

そんなこと、くだらないって、思うことかもね。





季節はずれの小さな羽虫が、マコトの頭の上に輪を描いていた。








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