苗字が長いとか何だとか
「そういや政輝って俺たちのこと苗字で呼ぶよな。長くねえの?」
ある日の昼休み、教室の一端でクラスメイトの神楽坂が、同じくクラスメイトの久我に尋ねたその言葉が、自分の座る席からでも聞こえた。
視点を声の方に移すと、すぐに神楽坂と久我の姿が見つかった。その近くには西条もいる。どうやら休み時間の間も、神楽坂、久我、西条の、いつもの三人組で集まって何やら談笑をしているらしい。それぞれタイプが違うように見えるのに、なんだかんだ仲がいいなと思う。特に久我と神楽坂なんて、見た目からすれば真逆のタイプに見えるのに。一体何がきっかけで仲がよくなったのだろうか。
――なんて、色々なことが頭の中で巡っていくが、結局のところ、あの中の誰かと仲がいいわけでもない、ただのクラスメイトの間柄の自分が考えたことで何の意味もないことに気付いたので、早々に思考を中断して次の授業の教科書を準備しようと席を立った。しかし、ロッカーの中に置いていた教科書を持って自分の席に戻ってきても、三人はまだ先ほどの話題について話していたようだった。
あの中では一番苗字が短い久我が、苗字が長い代表であろう神楽坂と西条に何かたてついているのが、やはり自分の席からでも聞こえてきた。
「……なんで揃いも揃って苗字五文字なんだよ。二文字の僕を見習え」
そんな久我の声が耳に届く。久我の言い分も分からなくはないが、かなり理不尽だなと思った。
「そんな理不尽な」
まったく関係のない第三者が聞いても理不尽だと思うのなら、当然当事者も同じことを感じたようで、その後すぐ苦笑交じりの神楽坂の声が聞こえた。
「じゃあ、名前で呼べばいいんじゃない?」
それまで困ったような笑みを浮かべて聞いていた西条が、まるで名案を思い付いたかのように口を開く。西条の言葉を聞いて、瞬時に久我の目に戸惑いが浮かんだように見えた。
「……それはちょっと」
「なんでだよ」
すぐさま神楽坂のツッコミが入る。
「……今から名前呼びに変えるのも恥ずいだろ」
「そうか? 苗字長いなら名前で呼べばいいのに」
「俺は政輝の言っていること、何となく分かるけどなあ……」
「え、マジで?」
思わぬ西条の裏切り(?)に、神楽坂の声に焦りが乗った。
「多数決ならこっちの勝ちだな」
久我の自慢げな声も後に続く。どうやら久我には二人の呼び方について、何かしらこだわりがあるらしい。どちらかというと神楽坂の意見派の自分には、久我の言い分はよく分からないけれど。
「……ま、誰をなんて呼ぶかなんて自由だしな。政輝の好きに呼べばいいんじゃないか?」
「僕は元からそうしてるけど?」
「千紘が最初にこの話題始めたんだよ?」
いい感じに神楽坂が話をまとめようとしたら、二人からほとんど同時に指摘が入り、思わず吹き出してしまう。が、すぐに何もなかったように振る舞っておいた。
「お、苗字四文字のアイツが話したそうにこっちを見てるぞ」
しかし、笑っていた姿を見られてしまったらしい。目ざとい神楽坂に指摘されて、仕方なく三人の方に視線を移し、口を開いた。
「こっちに振ってくるんじゃねえよ」
「でも今までの話を聞いていただろ?」
実際その通りだから、嘘も吐けず思ったことを口にする。
「……まあ。不毛な話してんなとは思ってた」
「ひどいなあ」
西条が困ったように笑う。そんな西条をよそに、神楽坂が思い出したようにこちらに尋ねてきた。
「じゃあ名前呼びの話も聞いてたか? 苗字呼びから名前呼びに変えるのは恥ずかしいとかってやつ」
「『聞いてた』じゃなくて、『聞こえてた』な」
「それはどっちでもいいんだけど。なあ、俺派だったか、それともコイツ派だったか?」
「……神楽坂派だな」
途端に神楽坂がニヤついた笑みを浮かべる。その表情のまま、久我と西条に身体を向けるのが見えた。
「お、じゃあ二対二で引き分けだな!」
「まだその話題やるのかよ」
久我の呆れた声が耳に届く。
「ていうか、思ってたより聞いてたんだね……」
西条の困惑したような言葉に、確かに第三者に聞かれるのは気分良くないよなと少しだけ反省するも、聞こうとして聞いたわけじゃないから、こちらだけに非があるわけでもないなと思い直し、屁理屈じみた言葉を並べる。
「悪い。でも、お前らの声がここまで届いてくるんだよ」
「……そうなんだ。じゃあ今度からは小声で話すことにする?」
「別に隠すようなこと言ってないんだから、別にいいだろ」
「あ、そういえば昨日家で面白いことあったんだけど、話していい?」
「この流れでか? 相変わらず自由だな、大翔は……」
「めっちゃ自分で面白さのハードル上げるじゃん」
「あのさ、昨日ね……」
「無視かよ」
よく分からない温度感で再び話し始めた三人に呆れながら、もう一度席を立つ。今度はちゃんと、盗み聞きの形にならないように。ついでに新鮮な空気も吸っていこうと教室を出ていく直前で、思い出したように振り返ってみると、変わらず何かを楽しそうに話している三人のクラスメイトの姿が視界に入った。それを何となく確認して、そのまま廊下に出ていく。
あの三人に関する思い出で一番印象に残っているのは、そんな昼休みの時間の一つだった。
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