エピローグ


 それからのことを、簡単に記しておこうと思う。


 俺のわがままに頷いてくれた政輝は、次の日からも俺と行動を共にしてくれた。俺のことを避けることなく、そして突飛な行動を起こさないよう、常に自分の行動に気を張ってくれていた。自分の行動に注意を払うというのは、想像以上に神経がすり減るものなのだろう。時には荒れて、事情を知っている俺に当たって喧嘩をすることもあったけれど、またどちらともなく仲直りをして、俺たちは隣同士でいた。


 事故に関しては、防げた時もあったし、防げなかった時もあった。どんなに努力しても、ふとした瞬間に神が気まぐれを起こしてサイコロを転がしてしまえば、俺たちの努力なんてなかったものにされる。些細なことで状況はコロコロと変わっていく。人生はそういうものだと気付いてからは、少しずつ政輝も普段の落ち着きを取り戻し始めた。

 警察がやってくるような事件の時には、よく居合わせる俺たちの顔を見て「またコイツらか」みたいな表情をいつの日からか向けられるようにもなった。警察の人と顔見知りなんて、よくないことをしてるみたいだ、なんて政輝は笑っていたっけ。友達はあれから、増えたりもしたし、減ったりもした。俺に関する噂は、冬を超えて学年が上がった頃から、少しずつ聞かなくなった。大学へ進学してからは、俺たちの噂自体を知っている人もゼロになって、普通の友達付き合いもできるようになった。でも、飲み会や外出は周りに迷惑をかける確率が上がると政輝は常に断り、代わりを埋めるようにこっそりと俺を誘っていた。時々二人で旅行もした。

 我慢も制限も多かったけど、政輝はそれで満足しているように見えたので、俺もなるべく楽しく見せるように努めた。


 ただ、ふとした瞬間にここに千紘がいたらと思うことはあったし、普通の生活を送りたかったと、全く思うことはなかったといえば嘘になる。でも、俺たちは自分たちの置かれた状況の中で、目一杯生きてきたと思う。だから、あの日の選択は間違っていないと、選ばなかった方の未来の俺にも笑って言える気がした。いつ死んでもおかしくはないことは、千紘の件や他の事件を見て、嫌と言うほど分かっている。

 だから一日一日を、俺たちは後悔しないよう生きてきたと思うのだ。



 そして、今。

 病院のベッドに横たわる政輝を見ながら、俺は一人考える。


 突然だった。二人で歩道を歩いていた時に、防ぎようがないくらいの速さで、暴走した車がこちらに突っ込んできたのだ。俺の目の前で、政輝は暴走して歩道に突っ込んできた車に撥ねられた。すぐに病院に運ばれ処置をされたものの、政輝はまだ意識は取り戻していない。


 医者によると、今夜が山らしい。眠り続ける政輝はそのことを知らないけれど、覚悟はしているんじゃないかと思う。俺の願いを聞いてくれた、もしくは自分が死神だと自覚したその時から、きっと。

 ゆっくりと上下する政輝の胸を見ながら、俺は随分前に政輝に言われた言葉を思い出した。確か、同じ大学を受験して、無事に二人とも合格したことが分かった日のことだ。


 ――あの時西条が僕を引き留めてくれたから、僕はもう少し抵抗してみようと思った。諦めていたら、僕はもっと早くに死んでいたんだと思う。


 だからありがとう、といつもは無表情みたいな政輝が口元を緩めていた様子を、今でも思い出すことができる。


 お礼を言われることなんてしてないのに。でも、政輝の言葉で、俺はあの時の自分のわがままを少しだけ許せた気がした。


 これまでも、俺たち自身も危険に晒されたことや、酷い時には犯人だと疑われたりされたこともあった。きっかけは俺たちだから、あながち間違いではないのだけれど。でも、ここまでのケガを政輝が負ったのは初めてだ。


 今度こそタイムリミットなのかなあと、眠り続ける政輝を見ながら、俺は明日にならないと分からない問いを繰り返し何度も考えている。その時は三人組の最後の一人である俺に役目が回ってくるのだろうか。その時がもしも来たとして、俺はどんな行動を取るだろうか。そして、千紘や目の前の政輝と同じように、俺もいつか理不尽に終わりを迎えさせられるのだろうか。四六時中周りに気を張っていた今までの日々は、生まれ変わってもう一度過ごしたいとは思わないけれど、努力した分政輝と過ごせた日々は、かけがえのないものになったと思う。



 明日、また政輝の顔が見れるだろうか。それは、今考えても分からないのだけれど。



 でも、できることなら、また明日も。

 政輝がなんでもない顔をして目覚めて俺の前に立っていて、また一緒にいられたらなあと思いながら、俺も意識を手放していった。




 ―了―

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