一話(後編) 久我政輝



 次の日、僕らは宿で朝食を食べてチェックアウトし、荷物を引きずりながら外に出た。夕方のバスまでにはまだ時間がある。とりあえず駅のコインロッカーに大きな荷物を入れておいて、近くを散策することで話がまとまった。しかし、どこへ行こうかは特に決めていない。僕は、西条に行きたいところがないか尋ねてみることにした。


「西条、どこか行きたいところはあるか?」

「……特にないかな」

「そうか。僕もない」

「……困ったね」

「……そうだな」


 しばしの沈黙。僕も西条も、あまり積極的に意見を出すタイプではない。こういう時、場を引っ張ってくれる存在がいたら楽だなと思う。アイツなら、きっと――。

 ……いや、やめよう。今この場に居ない人物に思いを馳せるのは。思い出しかけたアイツの影を振り切って沈黙を続けていると、見かねた西条が口を開いた。


「じゃあ、紅葉狩りでもする?」

「紅葉狩りって何をするんだよ」

「さあ。紅葉を狩るんじゃないの」

「狩りって、嫌な響きだよな。根こそぎ奪いとろうとしているみたいだ」

「じゃあ紅葉見学?」

「工場見学みたいに言うなよ。笑っちゃっただろ」

「見学して目に焼き付けようね」



 数か月前まで行っていた軽口が、自然と口をついた。

 僕らはもう一度、友達に戻れるだろうか。



 紅葉見学の後、小腹が空いて入った喫茶店は、レトロでお洒落な雰囲気の場所だった。テーブルの一つ一つに置かれている小さなランプが内装にとても合っていて、ほのかな明かりを灯していた。

 メニューを一通り眺め、西条はエスプレッソを頼み、コーヒーを飲めない僕がオレンジジュースを頼むと、西条に子供っぽいと笑われた。

 反論をしようと口を開こうとした時、突然近くの席から怒鳴り声が聞こえた。その声は店内でよく響き、声質から声は三人分いることが分かった。僕の対面に座る西条の後ろに見える、三人組の男たちの声だろうか。


 一度冷静になろうと誰かが言い、一人は店のトイレに向かい、一人は煙草を吸いに一度外へ向かったのが見えた。その内の、通路を横切ってトイレに向かった男に、僕は見覚えがあった。さっき駅のコインロッカーに荷物を預けた時に見かけた男だった。その時は一人だったから、てっきり一人旅だと思っていたのだけれど、どうやら違ったらしい。

 一瞬、僕と目が合った気がしたが、すぐにそらされた。内容まで聞き取れそうなほど店内に響く大声だったので、他の客に対して気まずい思いがあったのかもしれない。


 最後に一人だけ席に残った男は、苛立ちを抑えきれなかったのか、テーブルの上に置かれてそのままになっていたコーヒーを勢いよくあおった。その途端、喉を抑えて苦しみだした男が倒れていく様子が、僕の座っていた位置からはっきりと見えた。誰かの甲高い悲鳴。その場を離れていた男が二人、慌てて駆けつける。


 ……男は死んでいた。毒を盛られたらしい。容疑者と思しき二人は、死んだ男のコーヒーに毒を入れる機会はあったのか。飲み物が来てから、男がそれを飲むまでに連れの二人と口論をしていたことを、近くの席にいた僕らはその場にいた第三者として証言した。


 まるで、どこかの探偵小説だった。

 事情聴取から解放されて店を出ると、横にいた西条がポツリと一言呟いて、次の瞬間人通りの少ない路地へと駆け出していった。


「――俺のせいだ」


 その言葉がやけに耳に残った僕もまた、数秒遅れて西条の背を追いかけて駆け出した。


 きっかけは、些細な揉め事だったらしい。西条たちの学校で行われた合宿日に、同じ宿泊施設に泊まっていたサークルメンバーたちは、些細な喧嘩から一触即発の空気になった。

 少し痛い目に遭わせたかった。そんな、ほんの軽い気持ちからだったらしい。メンバーの一人が、山で採った怪しげな山菜をメンバーの作った食事に混ぜ、集団食中毒が引き起こされる結果になった。幸いにも死者は出なかったものの、メンバーの内の一人は一時意識不明の重体にまで陥ったのだから、地元では当時大きな話題となった。

 ところで、その山菜を入れた人の話では、その山菜は同じ日、同じ宿泊施設に泊まっていた中学ジャージの少年が見つけたものだったそうだ。名前は聞いていないし、顔ももう思い出せない。ただ、食中毒事件の前日、声をかけられていくつか言葉を交わした。その時、ある木の根元を指さして「これ、食べられるんですかね」と言ったのだそうだ。そこに、例の山菜が生えていた。メンバーの一人はその時の会話を思い出し、その山菜を採ってきて食事に混ぜたのだ。


 もし、あの時その少年から話を聞いていなかったら。一部のサークルメンバーが一時意識不明の重体にまでなったあの事件は、もっと別の方法でストレスを発散していたのかもな、とその人は悪びれもなく言った。もしかしたら、その中学ジャージの少年にも責任の一端があると思っていたのかもしれない。


 その話は、西条のいた中学校でしばらく大きな議題になった。誰がその少年か特定しようとする、犯人捜しじみたことも行われたらしい。しかし、結局誰がその時会った少年なのか特定できなかった。それが、今更になって西条のいたグループの誰かじゃないかと言われ出したのだ。西条は、否定するべきだった。ただ、西条のいたグループは確かに彼らを見かけたし、話もしたのだと言う。そのことを西条は覚えていた。その点は事実だったから、否定するにできなかったのだろう。そうして西条は、死神の疑いをかけられながら今日も生きている。


 それ以外にも、思い当たることは確かにあった。例えば、僕らの教室のベランダに飾ってあったプランターが落ちて、下にいた人に当たりそうになったこと。調理実習で火傷をしたクラスメイトがいたこと。それらは全て、西条のいる僕らのグループの周りで起きたのだと、誰かは言った。

 僕は西条と中学が違っていた。僕のせいなら、中学の合宿の件に関しての上手い説明ができないため、同じグループにいながらも僕には疑いがかからなかったのだろう。

 そして、数か月前に起きたあの事故で、選択肢は西条だけになってしまった。

 怖かった。僕は今も、西条と行動をしている。西条が、本当に全ての不幸を引き寄せているのだろうか。僕もいつか、彼によって不幸な被害者の一人に選ばれてしまうのかもしれない。そんな想像をした僕自身が、西条を不気味がる周りの対応とほとんど変わらなくて、そのたびに自己嫌悪に陥りそうだった。

 今まで友達だと思っていたのに、どうして僕は彼を信じてあげられないのだろうか。


 紅葉が舞う歩道を、西条はわき目もふらずに抜けていく。赤やオレンジの葉が、追い付こうとする僕の顔にかかって邪魔をしてきていて、僕はここがどこかも分からないまま、西条を見失わないようにすることで精いっぱいだった。


「なあ、西条待てよ!」

 僕の声が聞こえないのか、西条は歩調を緩めることもなく、だんだんと背中が遠ざかっていく。昨日、入り組んだ街並みを突き進んでいた時とは立場が逆転していた。早足の人間を追うのがこんなに大変だなんて、知らなかった。昨日の僕も早足だった。昨日の西条は、それでも必死に僕の背を追いかけてくれたのだ。

 運動神経の良くない僕は、すぐに息が切れて足がもつれそうになってしまう。それでもどうにか僕は西条の背中を見失わないよう必死についていった。


 気付けば舗装されていた道からも外れ、僕らは獣道を突き進んでいた。うねるような木を抜けて、僕らはどんどん奥に進んでいく。途中で木の根元につまずいてしまい、僕は派手に転んでしまった。自分の運動神経の悪さが恨めしい。擦りむいた両膝を押さえて立ち上がると、追いかけてこなくなった僕が心配になったのか、西条がこちらに向かって駆けてきていた。

 なんだかばつが悪いような気持ちになり、僕は目を伏せる。西条も西条で、僕に対して申し訳ない気持ちがあるのか、しばらく黙ったままだった。


 しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは、僕の方だった。


「……勝手にどっか行こうとするなよ。昨日同じようなことをした僕が言えることじゃないけどさ、はぐれて困るのは僕らなんだから」

 そこで、西条とようやく目が合った。申し訳なさそうな顔をしながら、西条が薄く笑うのが見えた。

「……そうだね。勝手にどこか行こうとしてごめん。色々起こりすぎて、動揺しちゃったみたいだ」

「……あれはお前のせいじゃないだろ」

 喫茶店での出来事を思い出しながら、僕は彼を諭すように言った。

「……聞こえてたんだ。でも、俺たちの行く先々で事故や事件が起きるのは事実だよね。……政輝だって知ってるでしょ。中学の時の合宿で起きた集団食中毒の話。俺のいたグループは、確かにその人たちと話したよ。間接的にだけど、何かしらのきっかけは生み出したんだろうって。昨日の展望台の事故だってそうだ。俺たちが登った後に事故が起きた。もしかしたら、何かしら関わっていたのかもね」


 どうして西条は否定しないのか。否定すれば、少しは状況が変わるかもしれないのに。それとも、西条自身も、本当に自分が死神だと思っているのだろうか。

 僕には、西条の考えが全く読めない。


「ねえ、政輝はどうして俺を誘ってくれたの」

 ふいに西条が尋ねた。ドクン、と大きく脈が動く。


「……神楽坂かぐらざかの遺言、だから」


 西条が驚いたようにこちらを見た。

 息を呑む音までも、はっきりと聞こえた気がした。



 もう数か月前のことになる。僕らは元々、二人ではなく三人グループだった。僕と西条大翔、そして神楽坂かぐらざか千紘ちひろは、いつも三人でつるんでいた。机を囲んで昼飯を食べ、移動教室までの道のりを歩き、放課後に寄り道をし、授業の難易度にぼやきながらファーストフード店でポテトをつまんだ。世間一般には、三人組というと、四人組の班を作るときにしても、二人組のペアを組む時にしても中途半端で、敬遠されがちな人数だとされているが、僕らはそれなりに上手くやり、楽しく学校生活を送れていたと思う。


 しかし、そんな日常は脆くも崩れてしまった。三人組の内の一人――今この温泉旅行の場に居ない神楽坂千紘が、数か月前に学校の階段で足を滑らせ、あっけなくこの世を去ってしまったのだ。


 よく笑い、よく話し、居るだけで周りを明るくさせる男だった。それと同じくらい、何も言わずふらっと居なくなることも多く、そのたびに僕と西条を困らせることもあった。高校に入ってからの付き合いだったから、あまり知らないんじゃないかと言われたらそれまでだけど、僕はアイツのことを友達として確かに好いていた。西条に関しては、中学の頃からの付き合いだと聞いたことがあるから、僕以上にショックだったのだと思う。

 そんな西条に関する噂が流れたのは、神楽坂が死んで一週間ほど経った日のことだった。



「……神楽坂。懐かしいなあ、もうずいぶん前のことに思えるよ。でも、千紘が死んだのも、俺のせいだと思ってんでしょ」

「……そんな」


 西条の言葉に、僕は絶句しかける。寒気まで感じたのは、太陽が南下し始めて気温が下がってきたことだけが理由ではなかったように思えた。


「いいよ、別に。噂ではそういうことになってるし。政輝も俺のこと、不気味だと思ってんでしょ」

「そんなこと、言ってないだろ」

「分かってんだよ!」


 咄嗟に発した否定の言葉は、西条の言葉ですぐに遮られてしまう。西条がここまで怒っているのを見たのは初めてだった。高校で同じクラスになってから今の今まで、そして神楽坂が死んでおかしな噂が流れ始めた時でさえ、西条はここまで怒ることはなかった。それが今、西条は普段出さないぐらいの大声を出して、僕を睨みつけている。西条は、明らかに正気を失っていた。


「分かってんだよ! 俺たちの行く先々で、周りが不幸に見舞われてることくらい!」

「落ち着けって西条!」

「政輝だって俺のこと不気味だと思ってんだろ! 放っておいてくれよ!」

「だから落ち着けっ……」


 振り返った西条が、その勢いで僕を突き飛ばす。

 声を上げる間もなかった。後ろに傾いた重心が僕の体をのけ反らせ、そのまま僕を頭から切り立った斜面の下へと落としていく。



 何かに頭をぶつけて意識を失うその一瞬前、西条のか細い悲鳴が聞こえた気がした。



 一度だけ学校内で気を失ったことがある。神楽坂が死んでから数日後の話だ。その日、体調が悪かったわけでもないし、元々貧血ぎみの体質というわけでもなかったから、思い当たる理由も特になかった。だから、どうして気を失ったのかは今でも分からないままだ。気を失うまで隣で話していた西条が、僕をおぶって保健室に連れて行ってくれたらしい。後に保健室の先生に聞いた。


 その間、僕は夢を見ていた。死んだはずの神楽坂が現れ、僕に二言三言何かを話した。

 そこで僕は目が覚めた。保健室に西条はいなかった。神楽坂も当然、いなかった。先生の質問にひとしきり答えて保健室の扉を開けると、ちょうど入ろうとしていた西条とぶつかりそうになって二人して驚いていたことを覚えている。


「体調は大丈夫?」と尋ねられ、僕はうなずいた。

「夢に神楽坂が出た」と僕が伝えると、西条は悲しげに微笑んだ。



 人生で頭を打って気を失ったのは、これが初めての経験だった。あの時の神楽坂も、こんな気持ちで落ちたのだろうか。神楽坂は、学校の階段から落ちて死んだ。あの時、神楽坂は落ちる間、一体何を思っていたのだろう。僕が死に、神楽坂と同じ場所に行けた時、いつか彼に尋ねてみたいと思っていた。


 しかし、どうやら僕はまだ尋ねには行けないらしい。気が付いた時、僕は休憩所のような小屋の長椅子で横になっていた。起き上がる時に床についた左手首に、鈍い痛みが走る。どうやら落ちた時に捻ってしまったらしい。

 見ると、左手首がわずかに赤く腫れている。部屋の隅でうずくまっていた西条が、起き上がった音に反応したのか、僕のことをじっと見つめていた。どこか安心した表情を浮かべている西条に、僕はできる限り穏やかな声で尋ねた。


「……西条が運んでくれたのか?」

「……他に、誰もいなかったから」

「この前の保健室ぶりかな。ありがとう」


 僕の言葉で、西条が悲しそうな目をして、目を伏せた。


「……ごめん、政輝。突き飛ばしちゃって。手首、痛むでしょ」

「……ただの捻挫だと思う。だから、あんま気にすんなよ」

「……それでも、俺がケガさせたことに変わりないよ。……ごめん」


 幾分か落ち着いたらしい西条が、僕の座る長椅子の下に腰を下ろした。どこかでドラックストアに寄ったのか、西条が湿布を僕の手首に貼ってくれる。ひんやりとしていて、熱を持った体には心地よく感じた。


「……もう、これで三件目かな」

 僕は西条に声をかける。僕の前で腰を落として屈んでいた西条が、顔を上げて僕の顔を見た。

「あはは、そうだね。さすがにこれだけ続くと、不気味だよね……。さすが、死神なんて言われてるだけあるでしょ」

「……そんなこと言うなよ」

「でも、実際そう思ってるんでしょ?」


 西条が自嘲気味に笑う。その顔が痛々しすぎて、僕は西条から目を背けた。

 今日も西条の行動が、誰かを不幸にしている。


「……あのさ、政輝」

 湿布の裏のゴミをリュックのポケットにしまった西条は、ふいに真面目な口調で僕に向き直った。

「……なんだよ」

「政輝は、居なくならないで」


 僕が神楽坂の話題を出したことで、何か思い出したのかもしれない。西条の目は、どこか虚ろで生気がなかった。中学から仲のよかった友達を失い、その上自分のせいでその友達が死んだなんて噂までされて。

 そこでようやく僕は気付く。僕が最初に行うべきだったのは、西条の噂の真偽を確認することじゃなかった。西条と面と向かって話をして、彼を支えることだったのだ。

 こういう時、普通なら彼を慰めるような、彼に同情心を示す言葉を投げかけ、寄り添おうとする姿勢を見せるのかもしれない。だけど、今の西条には、そんなありきたりな慰めの言葉では納得しないような気がした。だから僕は、冷たい言い方になっても、僕自身の本音で彼に伝えることにした。


「……さあな。人間、死ぬ時は死ぬだろ。それが明日かもしれないし、もっと先かもしれないってだけだ」


「……あはは。政輝のそういうサッパリしたとこ、やっぱり好きだなー」

 そう言って、西条が笑みをこぼした。どこか吹っ切れたような笑みだったので、僕は無意味に安心してしまう。

「……そうか、そりゃよかったよ」


 視点のあてがなくてなんとなく腕時計を見てみると、あと三十分で僕らの帰るバスが駅に着く時間だった。捻挫していない右手を床について立ち上がる。そして、屈んだままの西条に手を差し出した。


「……もし、お前が本当に死神だとしても。今後も、行く先々で不幸が起こることがあったとしても。僕は、お前と縁を切るつもりはない。それは僕の意志でもあるけど、同時に神楽坂の願いでもあるからだ。お前に何を言われても、意思を曲げるつもりはないよ」


「……ありがとう」

 その笑みは、どこか人間離れしていたように見えたことは、自分の中にだけにとどめておいた。



「これから、僕らはまたクラスにとけ込めるだろうか」

 地元へ帰る電車の中、僕は誰にともなく呟いた。隣では西条が座席の背もたれに体を預けて、目を閉じたまま微動だにしない。寝ているのか、それともまだ起きているのか。どちらか僕には判断がつかなかったが、お構いなしに僕は話し続けることにした。


「神楽坂は死んだ。そして西条は死神だなんて呼ばれて、クラスから孤立している。僕らのグループは破滅寸前だ。でもさ、僕らが疎遠になることを、神楽坂は望んでいない。アイツならきっと、そんな噂を笑い飛ばして、僕らをいつも通り引っ張りまわしてくれる。僕は神楽坂のように強くはないけど、この旅行が終わって、またいつもの学校生活に戻った時に、変われるように頑張るよ」


「……うん」


 どうやらまだ起きていたらしい。隣で声が聞こえて、僕の肩に何かが乗る感触を覚えた。


「……夢の中で、神楽坂が言ってたんだ」

 これは、西条にはまだ言っていなかったことだった。気絶した時、夢の中で神楽坂と会ったとは伝えていたが、いくつか会話をしたことは伝えていなかったのだ。その中のある会話を、僕は久々に記憶から引っ張り出した。


「『いつか三人で旅行に行きたかった』。神楽坂は夢の中でそう言ってたんだ。だから今日、お前を誘ったんだよ」

「……そうだったんだ」


 神楽坂の遺言。託されたアイツの願いを、僕は成就させることができただろうか。

 そして神楽坂の遺言を、僕はもう一つだけ思い出す。


「大翔のこと、頼んだ」


 僕に彼を支えることができるのだろうか。でも、やるしかないのだろう。ここにはもう、僕しかいないのだから。

 まぶたが重くなり、僕も目を閉じる。生き辛い彼が一緒に生きてくれるように、僕は彼を救いたい。


 今回の旅行で起きた事件は、見ないふりをしよう。



 僕らが少しの間だけでも友達でいるために。

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