持ち時間
春風月葉
持ち時間
あまり見ないで欲しいな。
彼がちらちらと私のことを覗き込むので私はそんなことを思った。
彼の左手は私と繋がっている。
初めて出会ったあの日から、私はほとんどの時間をそうして過ごしている。
彼は私を見るたびに深く溜め息を吐いた。
ふと遠くから女の声がした。
女は彼のことを呼んでいるようで、それに気がつくと彼はパァッと明るい表情になった。
女は約束に遅れたことを彼に謝罪した。
彼はあまり長くは待っていないからと女に優しく言った。
私は知っている。
彼がもう四十分近くここでこの女のことをそわそわとしながら待っていたことを。
この女を待つ彼が私のことをちらちらと見ては時間を確認していたことを。
私は時計、腕時計、彼の左手首で彼に時間を教え、彼と共に時間を過ごす。
私は彼の左手を握る女のことを見る。
私なら時間を守って彼を待たせたりしないのに…。
私の居場所は彼の手首で、彼の手はいつだって誰かのものだ。
しかし、それでも良いのだと私は思う。
だって私の時間は彼のモノになった時から動き出し、その全ての時間を私は覚えているのだから。
この女よりも長く、彼のモノであろう。
それが私の幸せであり、唯一の抵抗なのだから。
持ち時間 春風月葉 @HarukazeTsukiha
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