エルフの森〜川
野盗の頭は深々と、心底疲れたようにため息をつくと、こちらを呆然と見ていた生き残った数人の盗賊に命令を出す。
「こんだけ人数が減ったらエルフを襲うどころじゃねえ。帰るぞ」
いや、どこに帰るんだかも知らねえけどな。
頭の強さを目にした野盗たちはおとなしく従い、何人かの野盗の死体を残したままその場を去ることになる。
いやあ、これぞまさに虎の威を借る狐って感じだな、俺。
俺はテアに別れを告げられないことを残念に思いながら、これからどうしようと考えていた。
人を殺すのは向かないし、できるだけ潔白に生きていたい。
そんな俺に最も向かない職業だぜ、野盗の頭なんて。
「はーああ。なんで俺ってエルフなんぞ襲おうとしたんだっけか?」
「へえ。エルフはきれいどころが揃ってんで、高く売れるだろうって」
「はあー? そのわりにゃ問答無用に殺しにかかってきてやがったけど」
「は?」
あの斥候めが。
あいつがもうちょっと慎重に行動していれば、俺が野盗になることなんてなかったんだ。
もっとちゃんと教育しろよ、お頭ぁ! 俺かぁ!
自首するってのはどうだろう。そもそもどこの国に所属してる野盗集団なのかもわからんけど。
いや、野盗って、無国籍かな?
だったらどこに出頭すりゃいいのかもわかんねえよなあ。
そもそもこの国、捕まえた野盗ってどう処理してるんだろう。
どうせ死刑だと思うんだよなあ。
まあまあ大きい街だったら普通に処刑場があるし、しょっちゅう死刑台に人が登っていたもんな。
野盗なんて当然死刑対象になるだろう。
俺だって野盗じゃない時でも3回は死刑台に登ったことあるぜ。
だめだ、だめだ。
俺という野盗の首を落とすことで、処刑人は俺に体を乗っ取られちゃうんだもんな。
野盗のお頭に罪はあっても処刑人には罪がない。
彼らは真っ当に仕事をこなして生きているだけだ。
それなのに、俺が出頭したせいで結果的に処刑人が死ぬことになるなんて、かわいそうじゃないか。
俺が今後のことで頭を悩ませ、森の中を血の匂いをさせながら歩いていると、矢が飛んでくる。
すぐに悟った。
エルフたちだ。
ちょ、野盗きてるぞってこっそり伝えろって、俺テアに言ったよねぇ!?
野盗たちがエルフの村を襲わずにすむようにできたときに、こういう風にエルフたちが野盗を排除しようと攻撃してこないようにするためだったんだけどなぁ!?
野盗に備えて、こっそり待機しててもらいたいって意味だったんだけど!?
伝わんなかったかなぁ!?
テアちゃんが得心いったように頷いたから、伝わってたと思ったんだけど!?
テアちゃんどういうことー!?
矢にぶち当たった盗賊たちは次々に死んでいく。
俺は盗賊の死体を盾にしながら逃げることにした。
お頭の筋力だったら、死体のひとつやふたつくらいは軽々と持ち上げられるのだ。
ここで死ぬわけにはいかなかった。
エルフに殺されてしまっては、俺はマズローのようにまた、エルフになってしまう。
それはエルフの命がひとつ失われるということであり、それは結果的にエルフの少女を悲しませることになるだろう。
それは俺の本意ではない。
と、思って必死に逃げてきたのだが、崖まで追い詰められて、もう逃げる場所がない。
しかし、崖の下は御誂え向きに川である。
このままエルフの誰かに殺される、というのは、選択肢にない。
「年貢の納め時かな」
「ヒイロ!」
テアの声だ。
やっぱり、魂を見れるおかげでどんな姿をしていようが俺のことがすぐわかるんだな。
切羽詰まった状況だというのに、自分自身の名前を呼ばれたことに嬉しくなってしまう。
追い詰めてきたエルフの一団に、不安そうな顔をしたテアを見つけた。
目があう。
おいおい、そんな顔されたんじゃ、今エルフの集団に襲われていることを怒れねえじゃねえか。
でも、それでいい。
彼女は俺の言った通りにしようとしてくれたはずだ。
でも、うまくいかなかったから、あんな不安そうな顔をしている。
それがわかっただけで、十分だ。
俺は彼女に裏切られたわけじゃないみたいだ。
彼女に悪い気持ちを持ったまま別れずに済んで、本当に良かった。
俺は久しぶりに、心の底から笑った。
あーあ、彼女と別れるのは嫌だな。もう少し、俺の名前を呼んで欲しかった。
「またいつかな!」
ひっつかんでいた野盗の死体を、エルフにむかって放り投げた。
エルフたちはそれに一瞬ひるむ。
その隙に崖を飛び降りて、川に落ちる。
エルフたちはざわついたが、即座に反応することはできなかったようだ。
テアにお別れを言えて、よかった。もう悔いはない。エルフたちとはさよならだ。
エルフの村、結構暮らしやすかったんだけどな。
気がつくと、俺は下半身を川の冷たい水に浸しながら、どこかの森に倒れていた。
体は、野盗のお頭のままだ。
奇跡的に死ななかったのだろう。
ここで奇跡を使ってしまうのはもったいない気がする。
もっとイケメンのときに奇跡的に生き延びたかった。
このウドの大木という言葉がもっとも似合うお頭じゃなくて。
このまま川に殺されれば、水になって世界を循環するだけの存在になれたかもしれないのに。
スキンヘッドで極悪人ヅラの大男よりはきっといい。
体は冷え切っているらしく、まともに動かすことができるのは指先くらいだ。
川に浸かっている下半身を引き上げることすらできない。
あばら骨が折れているらしく、息をするだけで痛い。
どっちにしろ、このままだと死ぬな。
ぼんやりしていると、足音が聞こえる。
おいおいおい、都合よすぎないか?
こんなどこだかわからんが、人気のなさそうな森っぽい場所に、そう都合よく人なんて来るか?
ザッザッ、と草を踏みしめる足音は、一直線にこちらに向かってくる。
ザッザッ。
川をどんぶらことしばらく流れても生きてたんだから、ここに人が助けに来てくれるっていう奇跡が起きてもおかしくないのかもしれない。
ザッザッ。
善良な人間だったらきっと助けてくれるよな。
ザッザッ。
でも世の中悪い奴ばっかだからなあ。
最悪、身ぐるみ剥がされて放置かな。もしくはとどめをさされるかも。
ザッザッ。ハアハア。
随分と近くまで来たようだ。息遣いまで聞こえる。
ハアハア。
近づいてきていた人は足を止めたらしく、さらに近い場所にいる。
湿った吐息が俺の顔にかかった。
俺はさすがに目を開けて、助けを求めてみることにした。
命乞いくらいはしてみてもいいだろう。そんな俺の視界一面に映ったのは、魔物の顔だった。
そういうオチかよ。
それは犬のような形をしている魔物だ。
うん、見たことあるぜ。冒険者をしていた時だったかな、戦ったこともある。
名前はハングァルっていうんだ。
群では行動しない。なぜなら、こいつらは非常に燃費の悪い生き物だからだ。
たくさん食わなくちゃいけなくて、周囲の生き物はすぐに食い尽くされる。
生まれるときは複数だが、腹の減ったハングァルの幼生体は、すぐに共食いを始めるのだ。
最後に残るのは、もっとも強かった1匹だけ。だから群れでなく、単独で行動する。
助けに来たと思ったのは人ではなく、魔物だった。
それも「空腹」というオプションをつけた、魔物だ。
うおおおお。
あんな高い崖から川に飛び込んで、気を失ってしばらく流されてもなお生きているっていう奇跡を起こしたんだよ、俺?
それなのに、死ぬ時は呆気無く、犬に喰われんの?
俺は嘆いたが、そんなもの、魔犬ハングァルくんは御構い無しだ。
犬型の魔物は容赦無く喉笛を噛みちぎり、
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