エルフの森〜野盗の野営地
「ヒイロ!」
テアがマズローではなく、自分の名前を呼んでくれたことに、俺は感動していた。
やっぱり根はいい子なんだよなあ。根だけじゃないかもしれない、普通にいい子。
本当に、マズローの命を奪うことなく、別の場所で、別の人物として、出会っていたかったと思った。
「貴様ぁあああ! 万死に値する!」
マズローの死体を抱きながら殺気を向けてくるテアには苦笑いで返す。
俺は慣れたように、手に持ったナイフの血液を服で拭った。
「もう万死くらいはしてるかも」
「な、あ、ヒ、ヒイロ?」
魂とやらをみることができるテアには、すぐにこの血みどろの剣を持っている薄汚い男が俺だということが分かったようだ。
ぶっちゃけ未だに「魂が見える」というの、半信半疑だったが、この様子を見る限りはマジなんだろう。
「さて、これからどうするか、一緒に考えてくれるか」
死を惜しまれるのは、純粋に嬉しかった。
この呪いにかかって以来、俺自身でさえ死を軽く見るようになってしまったからな。
テアにはいくつもお世話になっているし、何か報いなければならないだろう。
たとえば、「こいつ」から村を守るとか。
「一旦落ち着こう。テア、俺はいまどんな人物に見える?」
「そうじゃの。せいぜい野盗じゃ。小汚く、下衆な魂をしておる」
「まさしくそうだろうなあ」
村に野盗がきたということをこっそり伝えて、できるだけ水面下に戦闘準備を整えるべきだろう。
テアにそう伝えると、怪訝な顔をした。
「こっそり、というところに意味はあるのか? ただ報告すれば良いのではないのかのう」
「テア、野盗が一人だと思うのか?」
「……違うのじゃな」
この前から、境界の番人たちからは周辺に人影があったと何度か報告されていた。
エルフの集落があることをどこかから嗅ぎつけて、こいつらは襲撃を画策していたんだろう。
「こいつはただの斥候だろうな。様子見で送られてきただけだろう。背後にはもっと大勢が控えているはずで、そいつらは奇襲をかける気満々のはずだ。少なくとも戦闘準備はできているだろう」
大規模な戦闘になるかもしれない。
こちらが野盗に備えていることをわざわざ悟らせる必要はないだろう。
「……殺されたというに、その落ち着きようはなんなのじゃ?」
「そりゃ、慣れだよ。いい加減、殺され慣れた。それじゃあとはよろしく」
俺はそのまま、いまは自分自身になってしまった野盗の足跡をたどって引き返すことにした。
ふー。これが、テアのためになることだったらいいんだけどなあ。
自分が相手のために良かれと思ってやったことが裏目にでるのが、俺のチャームポイントになりつつある。
今度こそ、自分の善意が相手に伝わることを願っている。
野盗の集団のところまで来た。
手にはマズローの血で汚れた剣を持ったままだ。
「あ? どうした、なんか問題あったか?」
いまの俺と同じような小汚い格好をした、野盗の一人に声をかけられた。
「あー、まあ」
「それよか、ジョニーのやつ見なかったか? さっきションベン行くっつってから、戻って来ねえんだわ」
「見てねえなあ」
「そんで様子はどうだったんだよ? 上玉はいたか? つか、血まみれだな。何人か殺してきたのか?」
俺に話しかけてきているこいつは、絶対今までに何人も殺してきてるよな。
こいつなら、俺の良心は痛まなさそうだ。
「上玉ならいたぜ、超絶可愛い美少女エルフが」
俺は世間話のノリはそのまま、そいつに斬りかかった。
「よっと」
「何しやがんだ!?」
剣はそいつの肩に突き刺さったが、そこで止まった。俺が思っていたより骨太だったらしい。
そいつは無事な方の腕で、腰にさしていた剣を抜こうとする。その前に、俺は叫んだ。
「反逆ののろしをあげろー!」
周囲にいた野盗は、俺が斬りかかった時点からずっと、ぽかんとした顔をしている。
ついさっき名前を知ったジョニーの世話になろう。俺は続けて叫んだ。
「さっさと頭の首をとってこいジョニー!」
さあ、今日も元気に、殺されるとするか。
「テメエ、裏切りやがったのか!?」
「裏切るも何も、最初っからてめーの仲間なんかじゃねえよ」
「ちくしょうが!」
腰に帯びていた剣を抜ききったそいつは、ためらいもなく俺の心臓を突き刺した。
思ったよりいい動きをして驚いた。俺は避けられない。
野盗の一人が振るった剣によって、
俺はすぐに男の死体から剣を引き抜いた。もたもたはしていられない。
そうだな、次に叫ぶならこんな感じだろう。
「てめぇも裏切り者なんだろ!?」
すぐそばに立ってぽかんとした間抜けヅラをさらしていた野盗の一人に斬りかかる。
間抜けはまともに避けることができず、剣は腹を切り裂いたが、それでも浅い。
攻撃されてようやく正気に戻ったらしいそいつは、慌てて剣を抜いた。
それでいい。
俺はひとを殺すつもりはないんだ。殺されるつもりはあるけどな。
「ほらみやがれ、剣を抜きやがったな! てめえも裏切り者だ!」
「なっ、違う! 俺は何が何だか……」
「ボサッとしてんじゃねえ、こいつを殺せ! てめえらも裏切り者だとみなすぞ!」
その言葉に、周囲の野盗たちも慌てて剣を抜いた。
「くそがぁあああ!」
「おわっ」
裏切り者だと決めつけられ、大人数に剣を向けられたその男は自暴自棄になったらしい。
俺のところに一直線に突っ込んでくる。
一応避けようと試みたが、俺は躓いてこけた。
間抜けである。
いや、でもこの男がよっぱらって足元がおぼついてないのが悪いと思うんだ。
俺が煽った男の剣は、つまずいて地面とキスしている俺の頭をかち割った。
裏切り者呼ばわりされた野盗の一人がふるった剣で、
「殺されてたまるか、ちくしょう! ジョニー、ジョニーはまだ頭の首を取ってねえのか!?」
よほど緊張していたのだろう、乗り移った男はすでに息切れしている。
そのおかげで臨場感は出た。
こいつも酒くせえぞ、なんで襲撃前に泥酔しそうなレベルで酒を飲むんだ。
悪いなジョニー、お前ションベンから戻ってきたら多分まっさきに殺されるぞ。
でもジョニーしか名前知らないんだ。こいつら名乗ってくれねえんだもん。
野盗に殺されて、別の野盗に体を写してはさらに別の野盗に斬りかかり、そして殺され、次の野盗に斬りかかる。
それの繰り返しだ。
俺が大根役者を発揮しなくとも、もうすでにここは大パニック。
短期間にこんなに殺されたのも久しぶりだ。
どこかの国の、どこかの戦争に巻き込まれた時以来だろうか。
それも10年は昔の話だ。
野盗は壊滅状態に近い。俺が思っていたより、俺の作戦はうまくいったようだ。
全員が疑心暗鬼になって、俺が関わっていない奴らも殺し合いを始めている。
そんな頃になってようやく、この野盗の集団の、頭がでてきた。
スキンヘッドの大男だ。
うわー、強そう。腕力だけで首をねじ切られそうだね。
「あーああ、なんだこの有様ぁ?」
うすのろ、って言葉がよく似合いそう。
力ばっか強くて頭は弱そうだな。
こんな大騒ぎになっているのに、ようやくお出ましになった時点で察せることだが。
「いったい何人裏切り者がいやがんだぁ?」
頭のぼやきに、俺は大声で返事をした。
「俺一人だよ」
頭のぎょろっとしためがこちらを捉える。
腰の剣を抜いて、すでに戦闘態勢に入っている。
俺が間抜けに転けなくて、全力で避けようとしても、普通に殺されそうだ。
「じゃあ、てめえを殺せばカタがつくんだな」
「殺せるものならな!」
威勢のいい言葉を吐くくらいは許されるろう。
剣を振りかぶったお頭に、俺は遺言を残した。
「ただし、死ぬ覚悟をしろよ」
頭によってスパンと首を落とされると、
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