『雨の降る街』

世界は10日前に終わって、人間は俗物、肉体的な束縛から解放され、永遠を生き

ることとなった。

 私は歩いた、何かを求めて。

 生きるということについて考えたことのなかった私は、この終わった世界でようや

くそれを考え始めた。

 何のために生きるのか?何のために生きているのか?いや、本当は考えたことはあ

った。けれど、多分、その意味は理解できていなかったのだと思う。

 どこを目指すでもなくたどり着いた場所は、雨の降る街。

 薄暗くて、電灯の光だけが世界を照らす光。

 傘も持たずに歩いていた私は、とあるお店の屋根で雨宿りをした。

 しばらく、降る雨と、暗雲立ち込める空をじっと眺めて、なんとなくため息をつい

た。

 静かな時間だった。

 そんな静寂を打ち破ったのは、とある少女だった。

 まさに女子らしい格好をした少女は、悠々と傘を差していて、こちらを見ると持っ

ている傘をこちらに向けた。

 「どうぞ、一緒に入る?」笑顔でそう言った。

 私は軽く会釈をしてそれを断った。

 すると少女は傘を畳むと、私の隣にやってきて、一緒に雨宿りを始めた。

「貴方、見ない人ね、どこか別のところから来たの?」

 無邪気に、そして、明後日の方向を見て問いかけてきた。

 それはまるで独り言の様に、とても優雅な響きだった。

「遠いところ、もう、どこから歩いてきたのか、そんなことも忘れてしまったわ……」

 恥ずかしい、でも、その場の雰囲気に当てられて、そんな言葉を返していた。

 少女はくすくすと笑ってこちらを見て、私もなんだか面白くなって笑ってしまった。

 世界が終わる時、私は何をしていただろうか?

 おぼろげな、まるで儚い夢のような生きていた頃の記憶。

 しとしと、と雨が降るその静寂の中で、思い出しては消え、思い出しては消え、そ

う、なんだか恐ろしくもあって、思い出してはいけないことがあるような気がして。

 雨がたまっていく、私の身体ごと埋め尽くす様に、苦しい、息ができない。目を見

開いて、その水の中で高い水面を見上げた。

 どこかで聞いたピアノの音、懐かしい、痛い、やさしい、苦しい。

 光の指す水面がどんどんと遠くなっていく。

 私は必死でもがいて、けれど力なく沈んでいく。

 深く、深く沈んでいく。暗く、歪んで、黒く、黒くなっていく……。

 はっと目を覚ます。気が付くと、左手に暖かい感触があった。

 少女が冷えた私の手を、ぎゅっと、やさしく包んでくれていた。

 「大丈夫、大丈夫」そう笑顔を向けて少女は消えた。

 まるで雨の降る世界に溶け込む様に、消えた。

 夢を見ていたのだろうか。白昼夢。けれど、私の左手には、手の温もりと、少女の

傘が残っていた。

 終わった世界には実態を消すことのできる人間がいるのか、そんなことを思った。

 しばらくして、雨が止んだ。

 街に太陽が昇って、眩いばかりに光が差して、街の影を強くした。

 すると、雨宿りをしていた建物の影から、小柄な影がひょっこりと飛び出して、こ

ちらを向いてお辞儀をしたような動作をして、遠く、遠くかけていった。

 くすくす、とそんな笑い声がしたような気がした。

 私は左手で強く頬をつねって、その痛みを実感した。

「夢じゃない……」

 なんだかおかしくなって、笑うしかなくて。

 少女が残してくれた傘を、まるで日傘の様に差して、次の街へとまた歩き出した。

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