『ハルとルカ-終わりなき旅路-』
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『世界の果て』
砂漠、見渡す限りの砂漠。砂塵が吹き荒れて、前も見えない。
手元の懐中時計を見る。動いていない。
どうやら、吹き荒れる砂塵が入り込んで壊れてしまった様だ。
ぎゅっと懐中時計を握り締めて肩掛け鞄にしまう。
吹き荒れる風の音、薄暗い空、途方もない砂漠。僕は膝をついて、力なく倒れた。
世界はある日突然に終焉した。そして僕たちは死なない存在となった。
俗物、肉体的な束縛から解放され、永遠を生きる。
薄れいく意識の中で、いつからだろう、と思った。
こんなにも、生きるということが辛いと感じる様になったのは。
子供の頃、あんなにも無邪気に楽しめた世界は、いつの頃からか真っ黒に染まって、束縛するだけの世界になった。
時間だけが与えられて、だからこそ、僕は希望を求めた。けれど、もういい。僕は
ここで……。
目が覚めると、目の前に焚き火があった。火の粉が跳ねる音がした。
辺りは静かで暗い。夜のようだった。重い身体を起こして、そこにいる人物を見る。
「やあ、起きた?」
ハンチング帽を被り、白いシャツにグレーの短パン、髪は金髪で、年齢は僕と同じ
くらいだろうか。その若い青年は、にっこりと笑みを浮かべると、焚き火で調理して
いる鍋料理を僕に渡した。
僕はその熱い料理を頬張って、一面砂漠に星だらけの夜空を見上げた。
焚き火の灯だけがぽつんと真っ暗な空間に切り取られた様に存在して、まるでそこ
が暖かい場所のように感じられた。吹く風は心地よくて、あの砂嵐が嘘のようだ。
「嘘の様だろ?」
まるでこちらの心理を読み取ったように、ハンチング帽の青年が語りかける。
「ええ、あの、助けていただいてありがとうございました」
僕はとっさに、お礼を言っていないことに気が付いて感謝の言葉を述べた。
目の前の彼は笑って、「どういたしまして」と言った。
「どうしてこんなところにきたの、ここは世界の果て、ここはでは死にたければ死ねる、死にたがりが来るところさ」
彼は焚き火に枯れ木をくべながらそう言った。
僕はなんだか気が重くなってしばし黙り込んだ。そしていつも常備している、肩掛け鞄から懐中時計を取り出して、彼に見せた。
「見失って、時間を、そして、いつのまにか砂漠に……」
手にした懐中時計を彼は見て「貸して」と言って、僕はそれに応えた。
「うん、砂が紛れ込んで壊れているね、まあでも大丈夫、明日の朝までには、オレが
直しておくよ」
そして「こういうのは、得意なんだ」と付け加えた。その揺らぎのない力強い言葉
に、たじろいで、頷いた。
どこまでも続く静寂の中、懐中時計を分解して、小器用に手入れをしてくれている。
夜空を見ながら考える。死ぬことができなくなった僕たちが、ここでは死ぬことができる。それがこの世界の果てなのだろうか。
静寂の中に火の粉が跳ねる音が木霊する。
「君は時間だけは平等に過ぎて行くって知ってるかい?この死のない世界で、ただそ
れだけが、平等で、有限だ」
僕はそれを聞いて、はっとした。有限?この世界に終わりがあるというのだろうか。
青年の何気ない一言は、価値観を一新するものだった。
「時間が止まるってのは有限を失うってことだ、ならば君は何だというんだい」
その不思議な問いに、少し驚いて、困惑して、振り絞って答えた。
「僕はルカです、何もすることもない、何も生産できない、いや、してこなかった、
でもただ、ただ本当を得たかったんだ」
塞ぎこむ僕を、彼は笑顔で見る。その後ろに、満点の星空があって、多くの流れ星
が流れるのを見た。そんな美しい光景を見て、涙が、自然と溢れてきた。透明な、澄んだ気持ちだった。
ここには何もない。けれど、誰かにとっての安らぎがあった。
「オレは君を否定する気持ちを否定しないよ、なぜならオレだってそうさ、だからこんなところでずっと星を眺めてる、だけど君にはまだ目的があるはずだ、だからま
だ立ち止まっちゃいけない、目的があるっていうのは、『歩ける』ってことなんだ」
彼の声が遠くなっていく。揺らぐ。砂漠と、暗い星空と、ハンチング帽の青年が歪
んで消えていく。
まるでまどろむ様に、意識は消失した。
長い、長い世界を旅した様な、そんな夢を見た気がする。
僕はゆっくりと目を覚まして、そして、世界に還った。
そこは砂漠。けれど吹き荒れる砂嵐はなく、目の前に誰かいた。
白いTシャツにジーンズのジャケットに、ジーパンの、綺麗な長い黒髪、そして、
眼光の鋭い黒い瞳の若い女性。彼女はたばこを吸って、こちらを見た。
「やあ、目が覚めたかい」
ハスキーな、けれどもどこか力強いその女性はぼやくように話しかけてきた。
彼女は洋服に付いた砂を払うと、後ろに停めてある荷台のある車を指差した。
「行くぞ、生き倒れ少年、次の街まで乗せてってやる」
早くしろ、と言わないばかりに、彼女は乱暴に車に乗るように進めると、何がなに
やらわからず乗ることにした。
車が動く。僕が歩くそれよりも早いその車から浴びる風は心地よい。
後部座席に座って、運転席に彼女がいる。外を眺めてたばこを吹かしている。
「夢を見ただろ?誰かがやさしくしてくれる、そんな夢」
彼女が唐突に話を振ってくる。その問いに、口ごもったが、やがて「ええ……」と
返した。
「そういうことが、起きるって、そういう場所なんですか?」
僕はそんな疑問を投げかけていた。知りたかったのだ。夢のようなあの世界のことを。
すると、彼女は馬鹿にしたように笑って「やっぱりか」と答えた。
「なんだかさ、人にやさしくしてほしい、って顔してたよ、だからそんな夢でも見て
たんじゃないかって、そう、思ったのさ」
そうか、と、しか思わなかった。だから助けてもらえたのかと。
「アンタは誰なんだい、どこまでいくつもり?」
相変わらずぶっきらぼうな彼女の問いに答える。
「ルカです、どこまでかは、わかりません」
「はは」と愉快そうに彼女は笑った。僕も笑った。
僕はそういえば、と思って、肩掛け鞄から懐中時計を取り出した。
壊れていたはずの懐中時計は、小さな音を立てて動きはじめていた。
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