第6話 塩置城攻略戦 2

 城の中へ攻め入ると、小さな部屋に押し込まられたかのように視界が狭まった。

 折れ曲がった壁に沿って走ると、突然、広い通路に出たり、袋小路にぶつかったりして、先に攻め込んだ味方がどこに行ったのか見失ってしまう。門を越えた途端に敵兵と鉢合わせたり、飛び出してきた人影が敵か味方か確かめるのに、まるで気を緩める事が出来なかった。


「気をつけろ、どこに敵がいるか……」


「危ない、直家様!」


 声を上げた長船貞親が物陰から飛び出してきた兵に切りかかる。


「お待ちくだされ! 浦上家の方とお見受けいたす、我らは、赤松政秀が家臣。味方です!」


「何だと? 政秀が参戦したのか?」


 城に籠り傍観していた赤松政秀が味方となっているのなら心強いが、いつ参戦したのかもわからない彼らを信用するわけにもいかない。しかし、ここで確かめる術はなく、武器を収めはしたが距離を取って進むしかなかった。


「直家様、これ以上、へたに進むと同士討ちになるかもしれません」


「だが、ここで立ち止まっていても……。政秀の兵に拘わっている暇はない、今は進むぞ」


 だが先へ進もうにも、かなりの距離を走ってきたはずだが一向に前へと進んでいないように思えた。尾根に沿って上へ上へと曲輪を進んでいる筈なのに、いつの間にか元の位置に戻された気分だった。


「これでは……、どっちに進めばいいんだ……」


「天守の屋根に向かっているはずなのに、どういう事なんだ?」


 城に入った後でも要所要所で曲輪の瓦屋根の向こうに天守の瓦屋根が見えていた。それを目印に走ってきたが、それとの距離が少しも縮まっていないように思えて、独特の屋根飾りをもう一度見上げると、何となく違和感を感じる……。


「そうか! 天守を目指して進むから迷っていたんだ! 右側の小道を下れ!」


「しかし、下っては山頂には……?」


 周囲を警戒しながらでも、誰もが無意識に視界の端に入るその飾りを目印に走っていた。

 当然、目の前の敵により多くの注意を向けなばならず、その目印がどこにあるか考えもしなかった。


「無論、山頂に向かう」


「それなら、山頂に建つ天守を目指すべきでは?」


「そうだ、だが天守が建っているのは、ここの山頂ではない!」


「どういう事なのです?」


「山頂がうねっているんだ、説明は後だ、ついて来い!」


 山城はこぶのように連なった山頂をいくつも取り込んだ造りになっている。そして、その頂上部に造られた二の丸、三の丸を本丸と勘違いして、偽の頂上の周りで天守を探してぐるぐると回ってしまうのだ。

 平常心ならば迷いはしない道でも、物陰の敵を警戒しながら走り回る合戦では、迷っているとさえ気が付かない。

 だが落ち着いて考えれば造作もない。

 小さな勝手口のような木の門をくぐると、今までとは違った開けた場所に出た。


「ここが本丸か?」


 槍の柄を握りなおした途端に周囲で鬨の声が上がった。


「直家様、敵です!」


「隊列を組め!」


 咄嗟に槍を構え円陣を組む。

 開けた場所ではあるが起伏があり、さらに視界を塞ぐように建物の壁があって敵の姿は見えない。

 しかし敵を待ち構えている間に声はあちこちから聞こえ初め、そこかしこで武器のぶつかる戦いの音がしている。

 既に乱戦が始まっていたのだ。


「……出遅れたか。だが、先に進んで赤松晴政を捕らえねば」


「これでは、敵も味方もわかりません。ここで隊列を崩す訳には……」


「うむ、……仕方あるまい」


 曲輪の迷路を抜け本丸の近くまで攻め込んだ他の部隊も、乱戦に阻まれて簡単には先へ進めず時間を浪費していった。


(前に進むには、ここを切り抜けねば……。何か、何か策があるはずだ……)


 隊列を組んだまま乱戦を切り抜けようとするが、汗と泥と返り血にまみれて斬り合う兵士たちは、敵と味方の区別もつかずに目の前の敵に武器を振りかざしている。そこに固まった人数が進めば、一斉に襲い掛かって来るだけだった。


「聞けーい!」


 直家は近くの木箱へ駆け上がり、槍の石突きで水の入った大瓶をたたき割り、叫んだ。


「私は、浦上家の宇喜多直家。勝敗は既に決した! 城は落ちた、戦いは終わったのだ! 武器を捨てろ、今ある命を持って家に帰れ、抵抗する者は、斬る!」


 ぶつかり合う武器の音の間を直家の声が波のように伝わり、近くの兵士から順に武器を振るう手を止めさせて、あれほど激しく混乱した乱戦が収まっていく。

 一度、矛を収め相手をよく見れば、相手が同じ家中であったのに気が付き慌てて取り繕ったりしている。それに自分の隊がどこに居るのかさえ分からない者も居たりと、静かな不安が波を立て始めていた。


「今のうちに、本丸に攻め込むぞ」


 混乱が収まれば倒すべき赤松家の兵は殆んどいなく、残っていた兵も自分たちが囲まれていることに気づき次々に投降し始めたが、赤松晴政がいると思われた本丸御殿や天守は既にもぬけの殻になっていた。


「これは? どういう事だ? ……晴政はどこに行ったのだ?」


「直家様、こっちです!」


 建物の外から呼ぶ声が聞こえた。

 表に飛び出ると、長船が数人の兵士を連れて井戸を覗き込んでいるだけだった。


「そこに居るのか?」


「一足遅かったようです。この井戸の抜け道から、既に逃げ出した後のようです……。今から追いかけても追いつきはしないでしょう」


 攻め込んだ兵が複雑な山城の構造で迷っている間に、赤松晴政はのうのうと逃げおおせたのだった。


「……くっ。……そうか」


 命懸けで乱戦を突破してきた直家も落胆のため息を漏らすしかなく、将に見捨てられた城は、打ち捨てられた廃墟のように色あせて行き。兵士たちは勝者も敗者も肩を落として、山を下りて行くように見えた。

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