第4話 山名祐豊
山名久通は大規模な改修が終わったばかりの生野城にいる山名祐豊を攻めるため、波賀山城へ街道を南下してきたところだった。
小さな山城ではあるが東に山一つ越えれば、生野の山の麓に出る格好の戦略拠点である。
山名祐豊の首と生野銀山を手に入れれば、分裂していた山名家を統合し因幡と但馬の両方を支配する事が出来る。歴史に残る名だたる合戦のように、一気に戦国の大大名へと駆け上がる戦いを前に山名久通は高揚していた。だが、決して奢っていた訳でも油断していた訳でもない。慎重に偵察を出し、気づかれぬよう軍を進める準備をし、決戦に備えていたのだ。しかし、彼にとって敵とは東の山の向こうにいるのである。
突如、街道の南から地鳴りを上げて迫る軍勢に成す術もなく、山の峠道に散らした兵を呼び集めるのも儘らなずに街道を北へ逃げかえらねばならなかった。
その当事者たちより、戦いに驚いていたのが山名祐豊であった。
居城の目と鼻の先で、自らのあずかり知らぬ軍勢同士の合戦がいきなり始まったのだ。驚かぬほうが無理があるが、驚き逃げ出そうとする領民を鎮め、城に兵を配置し戦の準備が整い始めた頃には、浦上家から遣わされた使者が到着していたのは、少なからず自身を冷笑せねばならなかった。
「お初にお目にかかります」
深々と頭を下げた使者は、まだ十代と思しき若者だった。それは、勝敗の分かりきった戦で手柄を欲して前に出るのではなく、山名祐豊を味方に引き入れられるかどうかが、かかっている重要な役割を引き受けた宇喜多直家だった。
大勝する合戦でも手柄を立てようと最前線に出れば人は死んでいく。いくつもの首があげられる中、大した価値もない名もなき武将にさえ我が身を顧みず殺到する兵士たちと競っても、無為に命を削るだけで功績は上げられない。いや、無為と言うなら、使者としての役割でも相手が言葉をどう受け取るかによって、無為に死ぬ。相手の意、次第で、意味も無く死ぬ。
前線に出るのと同じか、それ以上の覚悟で生野城へと向かった直家だったが、余りにもすんなりと城主である山名祐豊の前に通されて、いささか拍子抜けもしていた。
「浦上政宗の命を受け、長水山城にて山名久通の軍勢を破ったご報告に参りました」
「久通だと?……」
年若い使者の前で尊大な態度を取っていた山名祐豊に動揺が走った。
飛び上がりそうなほどの動揺も、周辺諸国からの圧迫や内紛からの分裂などで勢力を弱めたと言っても、源氏の流れを受け継ぐ名門・山名家の誇りが寸前のところで抑え込んでいた。
「それで、……久通は討ち取ったのか?」
「残念ながら、鳥取城へと逃亡しました」
肘置きを握りしめていた手が緩んだのは、長年争ってきた宿敵と言っても山名家の血縁の無事に安心したからであろうか。
「……では、何か? 勇んで報告に来た割には、首一つないのか?」
「もちろん、敵将であれば我々も首を取りましょうが、山名家のご身内同士の争いに他家の者が係るのは歓迎出来る事ではないでしょう」
「ならば、山名家の守護する因幡・但馬の国に、何の故あって軍を進めた? 征夷大将軍より任命された守護職に対して弓を引こうというのか!」
「たとえ朝廷から任命された権威があったとしても、我々は戦わなければなりませぬ」
「何だと! 貴様、守護代の浦上家ごときが国を預かる守護職を軽んずるか!」
「いえ、決して……ですが!
守護職を賜りながら、国を守らず明け渡そうとする輩とは戦わねばなりませぬ!
出雲の尼子晴久が周辺諸国へ侵攻してきた折、自ら先頭に立って戦うどころか、真っ先に配下となる意を示して国を明け渡そうとした者に守護を名乗る資格はない!
それ故に、浦上家は播磨守護・赤松晴政に反旗を翻し、因幡守護・山名久通を見過ごす訳にはいかなかったのです。
奴らの不義・不忠を見逃してはならないのです!」
山名祐豊が欲しているのは大義名分だ。
同じ山名の分家であり因幡守護職である山名久通をその手で討ち取る正当な理由が必要なのだ。守護職として強大な権威を持っている山名祐豊ではあったが、但馬の国を実質的に支配しているのは、太田垣氏、垣屋氏、八木氏、田結庄氏の山名四天王と呼ばれる守護代であった。
彼らの手前、領地を広げるなど勝手な理由で守護の首を取るのは、自分自身の首を差し出したに等しい行為だ。だが尼子侵攻に呼応した者を討伐するとなれば、因幡だけでなく播磨も再び山名家の支配下に入れる事が出来る。
「山名久通がなぜ、生野城の目と鼻の先まで進軍して来たかお分かりか? 秘かに赤松晴政と通じて、生野城を挟撃して山名祐豊様の首を取らんがため。われらはその情報をいち早く察知し、山名久通を襲撃した次第でございます」
戦う利もあり、大義もある。
「但馬を支配しようとする山名久通と、生野銀山を手中に収めようとする赤松晴政の思惑が一致したのです。最早一刻の猶予もございません。この機に赤松晴政を討たねば、直ぐにでも兵を立て直した山名久通の軍が戻って来ますぞ!」
これだけの条件を揃えれば、守護代の山名四天王に強い態度を示したい山名祐豊が、兵を動かそうとするのは明白だった。そうでなければ、大きな兵力を持つに至った守護代を束ねることなど出来ない。力を持った守護代を抑え国内の権力を取り戻そうと、野心を燃やしているのならば、動かないはずがないのだ。
「是非もなし、赤松の置塩城を攻め落とすぞ!」
「御意!」
平伏した直家の口元がしてやったりと歪んだのは若さゆえであったか。
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