第七章ー7:報いはいつだって、傷ついて進んでゆくこと

 僕の種が…と座り込んだままの遥媛公主に白龍公主が笑って声をかけている。


「……さて、遊戯は終いだ。思わぬ結末を有難う。……俺は天界へ戻るとするか」



「そいつ、死ぬよ」



 口惜しそうに遥媛公主が言い捨てた前で、光蘭帝が准麗が残した長剣を握りしめて立ち上がった。二人の華仙人がぎくりと肩を震わせる。


 光蘭帝は准麗と同じように長剣を構えて、涙を零しながら二人を怒鳴る。


「………遥媛公主、白龍公主……そなたたちはもはや用なしだ…羽衣を持ってさっさと消えろ…」

 聞いた事のない低い声で、光蘭帝は喘ぐ明琳を抱きしめ、また剣を突き出しながら、きっぱりと言い放った。


「今後この宮殿…いいや、この地上に現れようものなら、私が叩き切るぞ!」


 怖いねえ…と白龍公主が力が抜けて動けない遥媛公主の腕を引き、立ち上がらせた。


「放心してんのか? 散々策略しておいて、負ければこれか。結局女より男のが強い。俺は貰うべきものを貰って帰るとするか」


 よいしょ…と蝶華を抱き上げ、白龍公主はちらりと光蘭帝を見やった。


「こいつ、連れて行くぞ。天界には、こいつの好きな蓮華の園があるからな……それにこいつの羽衣を引きはがすのは天界でいいさ。羽衣代わりに抱いて俺は帰る」


 そんな会話を聞きながら、明琳は何度も突き抜けるような痛みで顔を顰め、光蘭帝に捕まって、それでも気丈に白龍公主に抱かれた蝶華を見る。


 蝶華の想いが通じたのかは分からない。

 それでも、一生懸命な想いはきっときっと相手に届くと信じているから。

 ――一緒に連れてってくれるって。良かったね…蝶華さま。



「准麗……どこだ・・・」



 遥媛公主の最期の呟きと、白龍公主の姿が視界から消えてゆく。栄華を誇り、燦々後宮を地獄に叩き落とした仙人が現れる事は二度とないだろう。


 光蘭帝はこぼれ始めた一つの砂を手で掬った。



 遥媛公主は最後まで残忍だった。・・・母を守っていた羽衣を引き剥がし、天に戻ってしまった。これは、母の遺灰だ。わかる。

 一握りの砂は手の中からこぼれ落ちていった。


「この宮殿も、きちんと弔うべきだな…明琳…こんな死に繋がる場所などもう要らぬ。宮殿に安置したままの母も、きちんと弔おう…」


 そして、冷たくなる明琳の身体を抱きあげ、光蘭帝は歩き出した。


 ――傷つけた報いが愛する人の死だなどと、私は認めない。決して。



 報いが死であるはずがない。



報いはいつだって、傷ついて進んでゆくことだ。



「だから私は謝らぬ。これから、一緒に傷ついて、血だらけで進んでゆく覚悟はある…逝くなどこの私が許さない。この光蘭帝飛翔が許さない!聞いているか、明琳、明琳! この無謀な私の小羊! そして、私はもう逃げぬよ!」


 温かい涙が頬を流れていく。あまりの熱さに心がねじ切れそうで、光蘭帝は動かない明琳を抱きしめて叫んだ。


「わたしは皇帝だ! だが一人では生きられぬ! だから、戻ってくるべきだ!」


 皇帝さまはちっとも話、聞いてくれません。


 いつだって話を聞かないのはそなただろうが。



 言えぬ言葉と共に、ぽたり、と動かない明琳に皇帝の涙が落ち、頬を滑って行った。


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