第六章:人の終わりに宿すものは

第六章ー1:現世と幽世の境目の恋

 こうして明琳は貴妃として、正規の夜を迎えることとなる。もう一人の貴妃の事件は半月で綺麗に消えようとしていた。


「今夜は寝ずにやり方を確かめる」


光蘭帝は言い切り、明琳をさっそく膝に抱き上げた。


「高さは悪くないな。出来なくはない」


「くすぐったいです」


「じっとしているんだ。……む、そなた、胸が膨らんだか?」


「御饅頭ですよ!」


 すっかり定着した胸の膨らみをもぎ取り、明琳は二つの饅頭を差し出したが、光蘭帝はじっと明琳を見つめて呟いている。


「そなたのささやかな饅頭も甘いのかと」

「もお、いやらしいことばっかり!」

「貴妃はそれが仕事だ」

「皇帝さまを嫌らしくさせるのが仕事ですか? わ、寒いんですけど!」

「大丈夫。和らげてから挿入する」


 挿入? 明琳は大きな瞳をぱっちりと開けたままで、光蘭帝が脱力した。


「目をギンギン開けたままにするな。怖いなら瞑っていろ」


 明琳は頷いて、またじっと光蘭帝を見つめた。丁寧な仕草で、肩から着物を降ろされ、小さな花びらをいくつも散らせて、また唇を離す。その横顔は男らしくもあり、誘う遊女のようにも見える。それに口づける度にふるると揺れる睫も、その微かに立てる爪も、すべてが明琳を悦ばせようと動くのだ。


「腕を回して」

「は、はい……え……」


 深く口づけを受けている間に、何重にも纏った袂を広げられ、帯を緩められる。


「髪型を戻したのか?」


 ふわり、と光蘭帝の手が二つ縛りにした羊の角を持ち上げた。



 ―――あんたはこっちの方が似合ってる。


 蝶華妃の言葉を思い出して、明琳は俯いた。灯りと火鉢の灯った室内は少しずつ、温かくなって来ている。


「蝶華さまが、わたしはこっちの方が似合うって」


「私と出逢った時も、この髪型だったな。本当に庭にヒツジが迷い込んでいるのかと思った。―――――明琳。足を少し開いて欲しい」


 びくん、と小羊が皇帝の囁きに涙目になった。が、構わず皇帝はその瞳を瞬かせる。


「そなたは小柄だから、もっと開いてくれぬと、いささかやりにくい」


「す、すみません…っ…」


「謝ることか。……まあいい、触るぞ」

「ん・・・」


 光蘭帝さまが、今、わたしの中に触れた……



明琳はそのあまりの衝撃で僅かに目を回してしまいそうになった。まるで自分の身体じゃないみたいに、火照って熱い。やがて光蘭帝はゆっくりと身体を推し進めて、明琳を優しく押し開いた。


 意識が飛んだ――……。



***

**********

*****



 ――こっちよ。明琳。


 きょろきょろと見回した。何て綺麗な場所だろう。池にたっぷりと満たされた水は真珠のように光り、宝玉が敷き詰められている。その池の前で、桃色の髪がゆっくりと揺れている。蝶華はいつもの衣装ではなく、白い雪のような皇極衣装を翻していた。


「蝶華さま!」


「いつまでさま、つけんのよ! まぁいいわ。光蘭帝、冷たいわね。忠告しようとしてんのに、魔、扱いするのよ? どう思う?」


「祟ってたんじゃなかったんだ」


「叩くわよ? ああも、時間がないの。明琳、よく聞いてね?…あんたはこれからもっともっと辛い目にあうけど、あんたの思った通りに行動していいの。後宮の仕来りなんか考えない、それがあんたでしょ?」


「ハイ」

「それとね」


 蝶華の髪は元のピンク色だが、もっと光沢を帯びて輝いていた。その腰には紅玉を繋げたような帯紐を巻き、その輝きは何故か白い太陽の光を跳ね返している。


 とても大きな、水晶に似た輝きの太陽だ。隣にはもう一つの太陽がある。星は半分沈んで、でもそれが美しくて、夜空と青空を半分に割ったように、空は絶えず輝いている。


 蝶華の後の池からは大きな宇宙樹が枝を広げており、時折宝石のような珠が池に落ち、ポン、と音を立て、転がって消える。


 ここはどこだろう…と考えて、明琳は辺りを見回したが、また蝶華の手が明琳の髪をぐしゃっとやった。



「お話はちゃんと聞きなさい! ここは現世と幽世の境目。光蘭帝さまの中にいた魔もここで生まれたもの。ここでなら、あんたに引き渡せると思って。その瞬間を待っていたのよ。本当は長居出来ないんだけど、公主さまの羽衣のせいねきっと」


 蝶華は言うと、ゆっくりと握りしめていた五指を開いて見せた。金色に光る小さな欠片がちょこんと乗っている。その中にはシュウシュウと音を立てた闇が噴出さんばかりに燃えている。


「光蘭帝さまから預かってた命の種。あんたにあげるわ」


 蝶華は云うと、ゆっくりと明琳に近づき、その唇をくいとこじ開けた。「ぽげっとしてるんじゃないわ」と言いながら、思ったよりも甘かったそれを口に含ませる。それはすぐに耀になって、体内に溶け入った。


「光蘭帝さまがずっとずっと大切に持っていた種よ」

「いいんですか? 飲んじゃいました」


「あたしが欲しい種は一つだけだもの。それはあんたにあげる。……ねえ、明琳。一つだけ教えてあげる。あたしね、実は白龍公主さまにはとっくに――」


***

**********

*****



 目を開けると、光蘭帝の潤んだ瞳とぶつかった。下腹を押さえてあたたかいものを胎内でとらえる。その感覚は、先ほど蝶華に貰った種の甘さだった。


「………………終わりはそなたが口づけをするのが習わしだが」


 混乱したまま、首を伸ばして、自分の衣装がほぼ無くなっていることに気が付いた。


「小柄だが、大層美味だった。そなたらしい身体だったぞ。元気で、弾力がある。その上ガンコでなかなかいう事を聞かない。それを従順にさせる愉悦すらあった。愛おしい時間だった」


「え、じゃあ……もしかして…」

 蝶華妃からわたしは種を受け取った。種と言うよりは、一つの宝玉を。あれは夢の中の事でこっちでは…。



 おなかの奥が暖かいのが分かる。それに何かが中にいる。


 蝶華の声が響いた。



 ――あたし、この瞬間を待っていたのよ。



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